『密会・セレブと呼ばれた女―栄光と欲望の裏側―』<第9話>

『密会・セレブと呼ばれた女―栄光と欲望の裏側―』<第9話>

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パーティの片づけをしていた私たちの耳に、言い争う声が聞こえてきた。

 

遥香
「嘘つかないで! またあの女のところへ行くつもりなんでしょう!?」

真野
「加々美社長に女がいるってわけか。ますます面白くなってきたな」

 

真野さんがニヤリと笑う。

 

紗希
「……本当なのかな」

真野
「金持ちの夫に愛人がいるなんて、そんなのよくある話だろ」

紗希
(だけどこんな夫婦ゲンカを目の前で見るなんて……)

 

しかもその相手は、女性なら誰もが憧れる、幸せな結婚をしていると言われていたふたりなのだ。

 

真野
「あ、もしかしてあんた、けっこうショック受けてる……みたいだな」

紗希
「そんなことないよ」

真野
「嘘。あのふたりに憧れてたのに、って顔に書いてある。ジャーナリストの目をごまかせると思うなよ」

紗希
「誰がジャーナリストよ。ゴシップ狙いのパパラッチじゃない」

 

心の中を言い当てられて、腹立ちまぎれに言い返した。

 

真野
「まあ……そうだな」

 

軽いため息のような声。言い返してくる様子もない。

 

紗希
(いけない……あんなこと言うつもりじゃなかったのに……)

 

その間もリビングからは言い争う声が聞こえてくる。

 

遥香
「あなたの誕生日だからパーティも開いたし、私だっていろいろ気を使ったのよ」

加々美
「お前には何不自由のない生活をさせているはずだ。それくらい当然だろう」

遥香
「私のことを何だと思ってるの!?」

加々美
「不満があるなら出て行け。俺が何をしようと、口出しされる覚えはない!」

 

声を荒げた加々美社長は、遥香さんを振り切って出て行った。音を立ててドアが閉まる。

 

真野
「何不自由のない生活をさせてる……か。金持ちらしい言い草だな」

 

真野さんが皮肉な笑いを浮かべる。

 

真野
「あんたが抱いてたイメージの実像なんて、所詮こんなもんだ」

紗希
「…………」

 

当たっているだけに何も言い返せない。急に疲れを感じて、座り込みそうになった。

とにかく片づけに集中することにする。

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紗希
「あのう……」

 

片づけの途中で、遥香さんに声をかける。

遥香さんはぐったりとソファに座ったまま、グラスを傾けていた。

 

紗希
「ゴミはどこへ出しておけばいいでしょうか」

遥香
「そんなの、そのへんまとめておけばいいわ」

紗希
「でも、そのままにしておくわけにも……」

遥香
「いいって言ってるでしょう!」

 

誰もいない部屋で、遥香さんは苛立ちを隠そうともしない。

 

遥香
「そんなことよりタクシーを呼んでくれない? キッチンの電話のところに番号があるから」

 

私たちのやり取りが聞こえたのか、真野さんが顔を出す。

 

真野
「タクシーって、どこかへお出かけですか?」

遥香
「飲みに行くのよ。決まってるじゃない」

紗希
(え? 旦那さんもいないのに遥香さんまで?)

真野
「でも、まだ片づけが終わっていなくて……」

紗希
「どなたもいらっしゃらない家に、私たちだけというわけにもいきませんし」

遥香
「そんなことどうでもいいわよ。タクシーを呼んだら、あなたたちももう帰っていいわ」

真野
「…………」

 

真野さんとそっと目配せを交わす。いいって言うなら、いいんじゃないか。その目がそう言っていた。

 

真野
「わかりました。じゃあ……」

 

電話をかけるとタクシーはすぐに到着した。

 

遥香
「今日はお疲れさま。じゃあこれ、あなたたちのギャラ」

遥香
「この前の分も入ってるから、領収書……はいいわ、面倒だから」

 

酔った様子で封筒を差し出すと、遥香さんはタクシーに乗って出かけて行った。

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それから数分後、私たちは加々美の屋敷を出た。

 

真野
「うわ、すげえな。10万も入ってるぞ」

真野
「2人で割っても5万……1日2万5千円か。悪くなかったな」

紗希
「それはそうだけど……」

 

たった2日の間に、私が抱いていた加々美遥香のイメージは、みごとに崩れ去っていた。

 

紗希
「真野さんの言う通りだったね」

真野
「……あ?」

紗希
「みんなが憧れるセレブカップル。そんなの全部嘘だった」

紗希
「あんなふたりに憧れてたなんて、何だかバカみたいだな」

真野
「なんだよ、そんなに落ち込むことか?」

 

隣を歩きながら真野さんが顔を覗き込んでくる。

 

真野
「あのゴミの山を見た時はさすがに引いたけどな」

真野
「イメージと中身が違うとか、外に女がいるとか……そんなの珍しくもないだろ」

紗希
「それはそうなんだけど。家の中も夫婦の関係も荒んでるなって思って」

真野
「幸せなセレブなんて嘘ばっかりってことだ。でもまぁいいんじゃねえの、俺たち庶民だし」

 

真野さんがどうでもいいようにつぶやいて笑ってみせる。

 

真野
「だから言ったろ、俺は加々美遥香よりあんたのほうが好みだって。いい加減に信じろよ」

 

いきなりドキッとするようなことを言われて、私は……。

 

紗希
「からかわないでよ」

真野
「俺は最初から本気だって。いい加減に信じろって言ってるだろ?」

 

そう言っているそばから目元が笑っている。

 

紗希
(どこまで本気なんだか……)

 

私は半分呆れながら、心の中でため息をついていた。

 

真野
「でも、あんたみたいのがタイプっていうのはホント」

真野
「とりあえず裏表はなさそうだし、普通の感覚って大事だよな」

 

本気か冗談かわからない口調で真野さんが笑う。

 

真野
「とりあえずバイト代も入ったことだし、これからちょっと付き合わないか?」

紗希
「……え?」

真野
「あんただって腹減ってるだろ。メシ、食いに行こうぜ」

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