『密会・セレブと呼ばれた女―栄光と欲望の裏側―』<第8話>

『密会・セレブと呼ばれた女―栄光と欲望の裏側―』<第8話>

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パーティの途中で押しかけて来た女性が、玄関先で言い放った。

 

女性
「遥香さん! あなただけ逃げるなんて卑怯よ!」

 

鋭い視線を向ける相手を、遥香さんは平然と受け流す。

 

遥香
「失礼だけど、どちら様かしら?」

女性
「あれきり電話に出ないから、こうやって会いに来てあげたのよ」

遥香
「………っ」

 

その瞬間、遥香さんの顔に動揺が走る。

けれど動揺を見せたのは一瞬で、遥香さんはすぐに平静な横顔を取り戻していた。

 

遥香
「私はそんなこと、頼んだ覚えはないけど」

女性
「とぼけないで! 自分が何をしたか分かってるの?」

 

激昂する彼女の耳で、ティアドロップのイヤリングがキラリと光る。その頬は怒りのせいか赤く染まっていた。

 

紗希
(電話って何のことだろう?)

真野
「…………」

 

真野さんはその様子をじっと見つめている。

 

遥香
「一体何の話かしら。いきなり押しかけてきてどういうつもり?」

遥香
「そもそも取材なんか受けた覚えはないし、嘘をついて入り込んだのなら不法侵入よ」

遥香
「警察を呼ばれたくなかったら今すぐ出て行って」

女性
「警察でも何でも、呼びたければ呼びなさいよ」

女性
「そんなことして困るのはあなたの方じゃないの?」

真野
「…………」

紗希
(二人の間に一体何があったの?)

 

激しい剣幕で詰め寄る女性と、冷静を装っているような遥香さん。

そんな二人を、私と真野さんは固唾を飲んで見守るしかなかった。

 

女性
「これ以上、騒ぎを大きくしたくないなら、逃げないで真実を話して」

遥香
「あなたが何を言っているのか全然わからないわね」

遥香
「いい加減にしないと本当に警察を呼ぶわよ」

女性
「やれるもんならやってみなさいよ」

 

そう言ったきり、二人がじっと睨み合う。やがて女性は、口元に冷たい笑みを浮かべる。

 

女性
「あなたの考えがよくわかったわ。だけど、絶対にこのままじゃ済まさない」

女性
「これは警告よ。何でもお金で解決できると思わないで」

 

そう言い捨てると、彼女は玄関を出て行った。


真野
「…………」

遥香
「…………」

紗希
「え……と、あの……今の人は……」

 

誰も何も言わないので、仕方なく尋ねてみる。その瞬間、その場の緊張がふっとゆるんだ。

遥香さんがふうっと大きなため息をつく。

 

遥香
「何でもないの。ただの嫌がらせよ。よくあることだわ」

紗希
「よくあること……ですか」

遥香
「何もないのに、さも何かあるように見せかけてスキャンダルでもでっち上げようとしてるんじゃないかしら」

真野
「…………」

遥香
「ただ、今のことはここだけの話にしておいて。お客さんたちに余計な心配をかけたくないのよ」

 

ね? ときれいに微笑んで見せる遥香さんに小さくうなずいた。

 

真野
「トラブルのひとつやふたつ、誰にでもありますからね」

 

真野さんも微笑んで答える。

けれどその瞳の奥が笑っていないことに、私はその時気づいていた。

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リビングでは依然としてパーティが続いていた。さっきの騒ぎはここまで聞こえて来なかったらしい。

 

紗希
(だけど……一人だけ逃げるってどういう意味だろう?)

 

さっきのやり取りが気になって、つい遥香さんの姿を目で追ってしまう。

 

加々美
「雑誌の取材はもう終わったのか?」

遥香
「……え?」

 

加々美社長に声をかけられた瞬間、持っていたグラスが床に落ちる。

 

遥香
「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていて」

 

私はタオルを掴んで慌てて駆け寄った。

 

紗希
「大丈夫ですか?」

遥香
「ええ、ありがとう。すぐに着替えに行ってくるわ」

加々美
「気をつけろよ。お客様の服を汚したら大変だぞ」

真野
「…………」

加々美
「何かあったのか?」

遥香
「それは……。違うの、アポイントも取らないで、勝手に押しかけて来たのよ」

 

遥香さんは平静を装いながらも、やっぱり落ち着かない様子だった。

 

紗希
(動揺もするよね。さっきの人、すごい剣幕だったもの)


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汚れたタオルをランドリーに持って行こうとして廊下に出ると、真野さんが追って来た。

 

真野
「なあ、さっきのことどう思う?」

紗希
「どうって……」

真野
「さっきの女……あれがただの嫌がらせに見えたか?」

 

声をひそめた真野さんに聞かれて、私は……。

 

紗希
「嫌がらせとはちょっと違う気がする」

真野
「……へえ、どうしてそう思うんだよ」

紗希
「だって……嫌がらせなら、もっと他に方法があるはずでしょ?」

紗希
「それなのに、わざわざ家まで来るなんておかしいよ」

真野
「へえ、お前もなかなかやるじゃん。俺もそう思うぜ」

真野
「それに、遥香は明らかに動揺してる」

真野
「……ってことは、あの女の言ってることに何か心当たりがあるってことだ」

紗希
(……そっか、そうだよね。落ち着かないように見えたのは、私の気のせいじゃなかったんだ)

 

その時、どこからか私を呼ぶ声がする。

 

遥香の声
「吉岡さん、どこにいるの? ちょっといいかしら」

真野
「おっと、女主人がお呼びだ。行こうぜ」

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真野さんと連れ立ってリビングに戻る。

空いたグラスや汚れた食器を片付けているうちに、やがてパーティはお開きとなった。


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すべてのお客さんをお見送りすると、時刻は10時を回っていた。

 

真野
「ケータリングって、後片付けが楽でいいな」

 

空の容器をゴミ袋に放り込みながら真野さんがつぶやく。

 

紗希
「グラスや食器も食洗器に入れるだけだから、楽ちんだよ」

真野
「それなのに、なんであんなに汚せるんだろうな」

 

ゴミ屋敷の状態を思い出したのか、真野さんが顔をしかめている。

その時、リビングの方から言い争う声が聞こえてきた。

 

真野
「………?」

 

顔を見合わせて、そっとリビングを覗く。

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遥香
「今から出かけるって、どこへ行くつもり?」

加々美
「二次会だと言ったろう。自分の店を貸し切りにしたって、さっきの連中から連絡が来たんだ」

遥香
「嘘つかないで! またあの女のところへ行くつもりなんでしょう!?」

 

その声にハッと顔を見合わせる。

 

紗希
「今のって……」

真野
「加々美社長に女がいるってわけか。ますます面白くなってきたな」

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