思った通りだ、という真野さんの言葉にハッとして目を凝らす。
見ると、深く帽子をかぶり、サングラスで顔を隠した加々美遥香の姿があった。
真野
「相手の顔が撮れれば、高く売れるかもしれないな」
物陰に隠れて様子を伺いながら、腰に巻いていたバッグからカメラを取り出す。
……と、同時に、1台の乗用車が彼女の前に滑り込んできた。
停まった車のドアが、内側から開く。
紗希
(男の人……?)
真野
「………!」
遥香さんが人目をはばかるようにして車の助手席に乗り込む。
カメラをかまえた真野さんがすかさずシャッターを切る。
カメラのシャッター音がたてつづけに響いた。
紗希
(旦那さんを残して他の人の車に? それにさっきの電話の様子も気になるし……)
何だかいやな胸騒ぎがする。
目の前で起きていることが信じられなくて、茫然と走り去る車を見送った。
真野
「んー……ちょっと相手の男の顔が見づらいけど、まぁいいか」
その場に不釣り合いな、のほほんとした声がする。
真野
「加々美遥香の自宅でやるっていうパーティに潜り込めば、また何か撮れるだろ」
紗希
「真野さん、もしかしてそれが目的で、あんなにあっさり快諾したの?」
真野
「当たり前だろ。他に何があるんだよ」
紗希
「…………」
真野
「電話の件も気になるが、旦那との間もぎくしゃくしてるみたいだし、他の男もいる」
真野
「こんなにいろいろ出てくるとは思わなかったな」
紗希
「…………」
真野
「せっかく自宅に招待してもらったんだ。そんなチャンス、絶対に逃すわけにいかないだろ」
真野
「ここまで来たら、必ずシッポをつかんで、どデカいスクープをモノにしてやるからな」
がぜん乗り気になっている真野さんを、私はため息をつきたい気持ちで眺めていた。
真野さんと別れた帰り道。私は派遣の事務所に連絡を入れた。
紗希
「実は、今日の講演主から直接仕事を頼まれてしまいまして」
紗希
「自宅でやるパーティのお手伝いをしてほしいって言われたんですけど」
佐倉
「パーティのお手伝い、ですか……」
遥香さんから依頼されたことを伝えると、電話の向こうから佐倉さんの困った声がした。
佐倉
「今日のクライアントは、確かジュエリー・カガミでしたよね」
佐倉
「ただ、会社を通すとなると、契約書なんかがいろいろ必要になるんです」
紗希
(あ、そうか……)
紗希
「どうしたらいいでしょうか」
すると佐倉さんは、かすかに声を低くする。
佐倉
「今からどこかで会えますか?」
紗希
「……え?」
佐倉
「会社の中ではちょっと……話しづらいことなので……」
承諾して電話を切った後、事務所から少し離れた場所にあるカフェで待ち合わせをした。
佐倉
「わざわざ来てもらってすみません」
紗希
「いえ、こちらこそ……」
互いに頭を下げてから、向かい合わせに座る。
佐倉
「……さっきもお話しましたけど、会社を通すとなるといろいろ手続きが必要なんです」
佐倉
「私が先方にご挨拶に行くのは構わないんですが」
佐倉
「個人的なお手伝いとしてお話されたのなら、会社は関係ないですし」
紗希
(そうだよね。そんなに大げさにする必要もないと思うし)
紗希
「じゃあ、どうしたら……」
佐倉
「吉岡さんが個人的に請けたお話ですから、僕は聞かなかったことにします。ただ……」
佐倉
「見ず知らずのお宅にお邪魔するなんて、吉岡さん一人で大丈夫ですか?」
心配そうに聞かれて、私は……。
紗希
「真野さんがいるので大丈夫だと思います」
佐倉
「……真野さん?」
驚いた顔で聞き返されて、返事に迷う。
紗希
(どうしよう、私……つい……)
紗希
「ええと、真野さんっていうのは……今日、会場で一緒になった関係者の方で……」
紗希
「その人も一緒にお手伝いに行くと思うんです」
苦しいけれど、嘘はついていない。
佐倉
「そうですか。誰かが一緒なら安心ですが……何かあったらいつでも連絡して下さいね」
話すうちに、佐倉さんがふと思い出したようにつぶやく。
佐倉
「その様子なら、この前のことは大丈夫みたいですね」
紗希
「……え?」
聞き返してから思い出す。
紗希
(そっか、この前の交通事故のこと……)
佐倉
「……すみません。忘れかけていたのに、思い出させてしまったみたいですね」
紗希
「いえ、大丈夫です」
佐倉
「本当ですか? 吉岡さんは一人で頑張るところがあるから……」
紗希
(……え?)
佐倉
「この前のお仕事でも一度も電話が来ませんでしたので」
紗希
「それは……とくに問題がなかったからで……」
佐倉
「それが本当ならいいんですが、無理しているんじゃないかとたまに心配になります」
佐倉
「困ったことがあったら、何でも話してください。あ……僕でよかったら、ですが……」
佐倉
「文句でも不満でも、何でも言ってくれてかまいませんから」
熱心な口調に不思議な気持ちになる。
紗希
(ただの派遣会社の担当者だと思ってたけど……)
紗希
(仕事以外でもこんなふうに言ってくれるなんて、佐倉さんってすごくいい人なのかも)
紗希
「ありがとうございます。でも大丈夫です」
紗希
「無理もしていませんし、仕事をしていた方が気も紛れますから」
心配そうな佐倉さんに、微笑みで答えた。
佐倉
「そうですか。それならいいんですが……じゃあ何か召し上がって行きますか?」
佐倉
「ここのケーキ、けっこうおいしいそうですよ」
改めて、席に腰を落ち着けた佐倉さんがメニューを取り上げる。
その時、佐倉さんのポケットで携帯が鳴った。
佐倉
「すみません、ちょっと失礼します」
一言、断ってから小声で電話に出る。
佐倉
「はい……キャリア・ワークスの……ああ、あの時の刑事さんですか」
佐倉
「……えっ? それは本当ですか!?」
紗希
(刑事さんって、あの事件の!?)
急に大きくなった声に、ビクッと体をすくませる。
店中の視線が集まる中で、佐倉さんがホッとしたように告げた。
佐倉
「ひき逃げの犯人が捕まった……?」