『密会・セレブと呼ばれた女―栄光と欲望の裏側―』<第10話>

『密会・セレブと呼ばれた女―栄光と欲望の裏側―』<第10話>

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パーティのお手伝いが終わった夜。お屋敷からの帰り道で、食事に誘われた。

 

真野
「あんただって腹減ってるだろ? メシ、食いに行こうぜ」

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そう言って連れて来られたのは、いかにも庶民的な居酒屋……。

というよりも、ガード下の飲み屋さんに近い焼き鳥屋だった。

カウンターの隅にテレビが置かれ、店主が見るともなしに眺めている。

 

紗希
「ここ……?」

真野
「なんでだよ?」

 

逆に聞き返されてとまどってしまう。

 

紗希
「こういうお店って、普段なじみがないから」

 

とまどいながら答えると、ああ、そうかと初めて気づいたようにうなずいた。

 

真野
「だよな。女同士じゃこんな店には来ないか」

真野
「この店、安い割にけっこう旨いんだ。おごってやるよ」

 

慣れた様子で席に着き、メニューを開く。そんな真野さんに私は……。

 

紗希
「いいの? ありがとう」

 

素直にお礼を言うと、真野さんがおかしそうに笑う。

 

真野
「お前さぁ、ちょっとは遠慮とかしないわけ?」

紗希
「……え」

真野
「ま、いいや。そういう素直なとこも、別に嫌いじゃないから」

紗希
(……え?)

 

深い意味はないとはわかっているけれど、ドキッと胸が鳴った。


紗希
「けっこう堅実なんだね」

真野
「あ? 何がだよ」

紗希
「バイト代が入ったって喜んでたから……」

真野
「もっと高そうな店に行くと思ったか?」

紗希
「うん、まあ……ね」

 

ここまで来て気取っても仕方がないと、素直にうなずく。

するとビールのジョッキを傾けながら、真野さんがおかしそうに笑った。

 

真野
「俺は普通の人間だからな。金のありがたみはわかってるつもりだ」

紗希
「……え?」

真野
「たとえばこの店で1本90円の焼き鳥が、他の店で900円だったとするだろ」

紗希
「……うん」

真野
「じゃあ値段が10倍だったら、10倍うまいのかって考える」

真野
「物の値段は評判や環境で変わるけど、その価値を決めるのは自分ってことだ」

 

話すうちに、お料理が運ばれてくる。焼き鳥はこんがりと香ばしく、見た瞬間に空腹を覚えた。

 

真野
「食えよ。絶対うまいから」

紗希
「うん……あ、おいしい」

 

真野さんの言う通り、皮はぱりぱりで中身はふっくらとやわらかくて

今まで食べたことがないほどおいしかった。

その時、店の天井から吊るされた裸電球がチカチカと点滅したかと思うと、あたりがふっと暗くなった。

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真野
「ん? 何だ、停電か?」

 

非常灯の明かりだけが頼りの薄暗い店内。外を走る車の音がやけに大きく聞こえる。

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けれどそれも一瞬で、店内の照明はすぐに復活した。

 

真野
「停電なんて珍しいな」

紗希
「びっくりしたー……。けど、すぐに復旧してよかったね」

 

ホッとしながら顔を見合わせていると、真野さんがぽつりと口を開く。


真野
「あんたさっき、俺のことをパパラッチって言ったけど……」

紗希
「あ……」

真野
「セレブカップルのイメージが崩れてショックなんだろ。ジャーナリストの目をごまかせると思うなよ」

紗希
「誰がジャーナリストよ。ゴシップ狙いのパパラッチじゃない」

 

腹立ちまぎれに、つい口走ってしまったことを思い出す。真野さんが自嘲気味につぶやいた。

 

真野
「あれはけっこう効いたな。事実だから言い返すこともできないし」

紗希
「ごめんなさい」

真野
「いいんだ、本当のことだからな。だけど、俺はいつも疑問に思ってることがあるんだ」

紗希
「……え?」

真野
「たとえば誰かのスキャンダルを追ったとする」

真野
「その相手が政治家で、ネタが汚職や談合なら立派な仕事だと言われて」

真野
「相手が芸能人ならパパラッチだ。相手は同じ人間なのに、何が違うんだろう」

真野
「……何だ俺、あんたにこんなこと……。酔ってんのかな」

 

真野さんなりの価値。仕事への姿勢。そんなものが垣間見えた気がして声をかけることができない。

 

紗希
(真野さんは真野さんなりに、真剣に仕事に取り組んでるんだ)

 

なんとなく意外な気がしながらも、その日の夕食を終えた。

 

紗希
(もうこれで真野さんと会うこともないのかな。ちょっと名残惜しい気もするけど……)

 

そう思いながらも、ともかくパーティの手伝いが無事に終わったとホッとする。

それから数時間後、衝撃的な報せが私を襲うことになるとも知らずに―――。


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翌朝、自分の部屋で目覚めた私は、いつもの習慣でリモコンのスイッチを入れた。

朝の情報番組。そのニュースのコーナーだった。

『今日未明、鉄道の線路上で女性の遺体が発見された事件で……』

『死亡した女性は会社員の多田真由美さん、26歳……』

『現場の状況から、女性は何らかの理由で高架から転落したものとみられ……』

 

紗希
「……え?」

 

見るともなしに見ていた画面に、目が吸い寄せられる。

 

紗希
「あの人……遥香さんのパーティに押しかけて来た……」

 

画面に映し出されていたのは、まぎれもなく昨日、出会った女性だった。

顔写真の下には『多田真由美さん(26)』とテロップがつけられている。

 

紗希
(あの人が、線路に転落……?)

 

その瞬間、ドキドキと胸が鳴り始める。

RRRRRRR………!!!!!

突然鳴り出した電話の音に、ビクッと心臓が震える。

 

真野
「……俺だ。朝のニュース見たか?」

 

真野さんの声も心なしかうわずっている。

 

紗希
「多田真由美……多田って……」

真野
「まさか、あの多田と何か関係があるのか?」

 

多田……。その名前を最近、聞いた気がする。誰だっけ……。 混乱した頭で必死に考える。

 

真野
「……あのひき逃げ事件で自首した犯人。あいつと同じ名前だよな」

紗希
(そうだ。名前は確か、多田悟志って……)

真野
「ただの偶然か? いや、こんな偶然あるはずない……」

 

電話の向こうで真野さんが黙り込む。

私も、画面から彼女の顔が消えた後も、声を出すことすらできなかった。

 

紗希
(そんな……さっき会ったばかりのあの人が亡くなるなんて……!)

紗希
(……ゆうべ、あれから何があったの!?)

⇒次回更新をお待ちください

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