『密会・セレブと呼ばれた女―栄光と欲望の裏側―』<第5話>

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ひき逃げの犯人が自首をした。

その知らせを聞いてホッとしたのも束の間、逮捕されたという犯人は、その日、私たちが見かけた男だった。

 

紗希
「でも、どうやってこの写真を手に入れたの? まだニュースにもなってないのに」

 

記事のコピーを見つめながらつぶやくと、テーブルの向こうで真野さんが胸を張る。

 

真野
「バカにすんなよ。こう見えても、俺だってマスコミの人間だぜ?」

真野
「普段はゴシップばっかり狙っているが、こういう所にもちゃんとアンテナは張ってるさ。あ、いや……」

 

言ってしまってから照れたのか、新聞記事のコピーを手に取る。

 

真野
「……供述によると、多田悟志容疑者・36歳は、仕事の疲れからつい居眠りをしてしまい」

紗希
「青信号で横断中だった被害者、山口タキさん・77歳をはねて死亡させた疑い……か」

真野
「ああ、その記事自体はどこもおかしくないし、これで事件も解決なんだろうが……」

紗希
「……気になることでもあるの?」

真野
「加々美遥香と、この男の関係がちょっと気になってな」

真野
「スポンサーでもある旦那を怒らせてまで、パーティを抜け出したんだぜ?」

真野
「ふたりが特別な関係だったって考えるのが普通だろ?」

紗希
「付き合ってたのかな?」

真野
「正解。そう考えるのが自然だろうな」

 

真野さんがふっと笑顔を見せる。けれどその顔はすぐに真顔に戻った。


真野
「じゃあ、あのふたりはどうしてあそこで会っていたのか……」

紗希
「…………」

 

真野さんの言葉に、私はまた考え込んでしまう。

 

紗希
「もしかして、旦那さんに内緒でこっそり付き合ってて……」

紗希
「犯人が自首する前に一目会いたいって言って来た……とか」

真野
「その気持ちは分からなくもないけど……」

真野
「だが、そうなると加々美遥香は、あの時、多田悟志がひき逃げしたって知ってたのかって疑問が残る」

紗希
「でも、犯人が自首したってことは、この事件はもう解決でしょ?」

真野
「果たして本当にそうなのか……」

 

真野さんが、頭の上で腕を組む。

 

紗希
「どうしてそんなに気にするの?」

真野
「なんとなく……な。スッキリしねえんだ」

真野
「加々美遥香みたいな有名人が、どうしてあのタイミングで犯人と会っていたのか」

紗希
「ひき逃げしたことを知らなかったんじゃない?」

真野
「じゃあなんで、大事なイベントをすっぽかしてまで会ってたんだ?」

紗希
「それは……」

紗希
(彼をすごく愛していたから、すぐに会いたかった? ううん、違う。それじゃ理由にならない)

紗希
(会いたいだけなら、イベントが終わってから会えばいいんだもの)

真野
「……だろ? あの日、あの時間に会ってたってことは」

真野
「加々美遥香はひき逃げのことを知ってなきゃおかしいんだ」

真野
「だとすると逆のリスクが生じる。イベントを抜け出せば旦那に追及されるだろうし」

真野
「男との密会を目撃されるリスクもある。その相手がひき逃げ犯ならなおさらだ」

真野
「だけど、そのリスクを冒してまで、遥香はあの男と会った」

真野
「つまり、会わなきゃならない理由があったってことだ」

紗希
「会わなきゃいけない理由? それって……」

 

真野さんがため息で首を振る。

 

真野
「それがわからないからスッキリしねえんだよ」

真野
「だけど……これだけじゃ終わらないと思うぜ。俺の勘だけどな」


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それから数日後。私と真野さんは、昼下がりの高級住宅街を歩いていた。

 

紗希
「……やっぱり来たんだ」

真野
「当たり前だろ。加々美遥香の自宅に潜り込めるチャンスなんて、そうそうないからな」

真野
「それにこの前の件もある。だから今日は、お前のアシスタントをやってやるって言ってるんだ。感謝しろよ」

 

悪びれるふうもなく笑っている真野さんに、今日はなぜかホッとする。

意識しないようにしていても、やっぱり緊張していたらしい。

 

紗希
(一人で行くのも不安だったし、一緒なら心強い……かな)

紗希
「教えてくれた住所だと、確かこのへんなんだけど」

真野
「ここじゃないのか? KAGAMIって書いてあるぜ」

 

真野さんが足を止めたのは、高級住宅地に建つ大豪邸の前だった。

インターフォンを押しただけで、するすると門が開く。どこかにモニターカメラがあるらしい。

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門から続くガレージには、大きな外車が何台も並んでいた。

 

紗希
「わぁ、すごい! 車がいっぱい停まってる……!」

 

きれいに磨き上げられた車にため息をついていると、真野さんはガレージの車に近づいて首をかしげている。

 

紗希
「真野さん? 何してるの?」

真野
「いや、ちょっとな」

 

そう言うと、車の前輪あたりにかがみこむ。

 

真野
「お前はあの日、事故を起こした車を見たって言ったよな?」

紗希
「あ、うん」

 

真野さんはやっぱり事故のことが気になっているらしい。

 

真野
「ここにある車の中に、それっぽい車はないか?」

 

ずらりと並んだ車は外車ばかり。

 

紗希
(でも、あの日見たのは、もっと普通の車だった……)

紗希
「ないと思う。それに、容疑者は自分の車でひき逃げを起こしたんじゃなかった?」

 

あの後の報道によれば、多田悟志は自分の国産車で事故を起こしたと書いてあった。

新聞に載ったその記事は、驚くほど小さかったけれど。

 

真野
「ああ、まあな。まぁ、加々美遥香に近づけば、また何かわかるかも知れないか……」

 

独り言のようにつぶやくと、真野さんが立ち上がる。

 

真野
「それじゃ、行くとするか」


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緊張する指でインターフォンを押す。

 

紗希
「パーティのお手伝いに参りました、吉岡紗希です」

遥香の声
「……お待ちしてたわ。入ってちょうだい」

 

遥香さんの声に続いて、かちゃりとロックが解除される。

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恐る恐るドアを開け、広い玄関に足を踏み入れた。

 

紗希
(……え? 何これ……!?)

 

私の後から入って来た真野さんが立ち尽くすのがわかった。

 

真野
「おい、マジかよ。ウソだろ……」

 

そう言ったきり絶句する真野さんと、目の前の光景を茫然と見つめた。

人気モデルと実業家が暮らす広い屋敷。

そこには、驚愕の光景が広がっていた―――。

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