突然かかってきた電話に、佐倉さんが驚いた声を上げた。
佐倉
「……ひき逃げの犯人が捕まった?」
紗希
(あの時の犯人が見つかったの? 本当に?)
心の中でもやもやしていたものが、少し軽くなった気がして、じっと佐倉さんを見つめる。
佐倉
「……わかりました。吉岡さんには私から伝えておきます。ご連絡ありがとうございました」
佐倉さんは、電話を切ると改めて私に向き直る。
佐倉
「あの時の犯人、捕まったそうです」
佐倉
「まだマスコミには未発表らしいですが、多田という男が自首してきた、って」
紗希
「自首、ですか」
佐倉
「まあ、最近の捜査技術はすごいですし、逃げ切れないと思ったんじゃないですか」
紗希
(……だよね。ほんのちょっとの塗料からでも、車種が特定できるって聞いたことあるし)
佐倉
「これでもう、警察に話を聞かれることもないでしょうし、ともかくよかったですね」
佐倉さんと頷き合って、カフェの前で別れた。
これでもう、私とあのひき逃げ事件は何の関係もなくなる。
そう思いながら家に帰った私を待っていたのは―――。
瀧山刑事
「……ずいぶん遅かったな。やっと帰って来たか」
紗希
(この人……あの時の刑事さん!?)
瀧山刑事
「あんまり遅くまでフラフラしてると危ないぞ。最近は変な事件も多いからな」
紗希
「刑事さんが一体、何の用ですか?」
瀧山刑事
「この前起きたひき逃げ事件のことを、きちんと伝えようと思ってな」
瀧山刑事
「あの事件の犯人が今日、自首してきたんだ」
紗希
「その話なら事務所の担当の方から聞きました」
瀧山刑事
「そうか。それなら話は早い」
瀧山刑事
「あんなことに巻き込まれて大変だっただろうが、これで一件落着だ」
紗希
「もしかして、そのためにずっと待ってたんですか?」
瀧山刑事
「ああ。刑事として、関係者にはきちんと話をすることにしている」
紗希
(もっと乱暴で怖いイメージだったけど……)
見た目に反して、人情味のある刑事さんなのかもしれないと、少し印象を変えた時……。
瀧山刑事
「……で、まあ、捜査に協力してくれたお礼にメシでもどうだ」
紗希
「……はい、ありがとうございます。……え?」
紗希
(今、もしかして、メシでもって言った?)
不意に告げられた一言に、私は……。
紗希
「今からですか?」
瀧山刑事
「あ、いや……今からでも、都合のいい時でもかまわない」
紗希
(それなら、私も夕食はまだだし……)
じゃあ今から、と言いかけた時、バッグの中で携帯が鳴った。
見ると、電話は真野さんからだった。
紗希
(どうしたんだろう?)
不思議に思いながら電話に出る。
真野
「ああ、紗希か? 真野だけど」
電話の向こうから、興奮した声がする。
真野
「ひき逃げの犯人が自首してきたって、知ってるか?」
紗希
「うん、さっき連絡があって……」
紗希
「それに今、刑事さんからも話を聞いたけど」
真野
「じゃあ、その犯人の多田って男の顔を見たか?」
紗希
(……相手の顔?)
紗希
「顔は見てない。だってマスコミには未発表なんでしょ?」
真野
「……ああ、そうだったな」
真野さんは電話の向こうで、まだニュースになってないのか……とつぶやく。
真野
「じゃあ今からちょっと出て来いよ。話がある」
紗希
「今から? どうして?」
真野
「その多田って男がさ……あいつなんだよ」
真野さんの言葉が気になって、深夜のレストランで待ち合わせをした。
真野
「急に呼び出して悪かったな。だけど、この話はあんたにしかできないからな」
やって来た真野さんはどこか落ち着かない様子で席に着く。
真野
「俺が電話した時、刑事が来てたって?」
紗希
「……うん。第一発見者だからって、ちゃんと知らせに来てくれたみたい」
真野
「まさかとは思うが、刑事には何も言ってないだろうな?」
紗希
(………?)
さりげなくあたりを伺う様子に、不穏な気配を感じる。
紗希
「言ってない、けど……自首してきたっていう犯人がどうかしたの?」
真野
「これ、明日の朝刊に出るはずの記事だ」
そう言いながら、新聞記事のコピーを差し出す。
紗希
(え、この人……!)
そこに写っていたのは、パーティを抜け出した遥花さんを車に乗せて走り去った男によく似ていた。
真野
「それから、こっちも見てみろ」
大きく引き伸ばした写真は、遥香さんがちょうど車に乗り込む瞬間のものだ。
中からドアを開けている運転手。そして、新聞記事のモノクロコピー。
どちらも画質は悪いけれど、映っている人物の顔はほとんど同じように見えた。
真野
「な? 似てるだろ? おそらく同一人物だ」
紗希
「じゃあ、イベント会場で私たちが見たあの人が……」
真野
「ああ。あの後で警察に自首したってことだ」