『密会・セレブと呼ばれた女―栄光と欲望の裏側―』<第2話>

『密会・セレブと呼ばれた女―栄光と欲望の裏側―』<第2話>

weding_hikae

控室を訪ねていた私たちの前で、遥香さんの携帯が鳴った。

 

遥香
「……大事な仕事の話なの。ひとりにしていただけないかしら」

 

静かだけれど、強い口調。私は取り出した名刺を置いて部屋を出る。

6th_ship_rouka

廊下に出たとたん、真野さんがつぶやいた。

 

真野
「さっきのあれ……何かありそうだな」

紗希
「どういうこと?」

真野
「あれは、仕事の電話じゃねえな。たぶんプライベート……で、おそらく相手は男だ」

紗希
「旦那さんじゃないの?」

真野
「なんで旦那なんだよ。旦那なら『仕事の話』なんてごまかす必要ないだろ?」

紗希
(あ、そうか)

真野
「それに仕事の相手なら、大体『おつかれさまです』とか『お世話になっております』とか言うよな」

紗希
「あ……」

真野
「だけどさっきは……」

遥香
「……ごめんなさい。今ちょっと……後でかけ直すわ」

6th_ship_rouka

紗希
「……普通の言葉遣いだった」

真野
「ってことはつまり……どういうことだ?」

 

真野さんが私を見つめて意味深に笑う。

 

紗希
(じゃあやっぱり……)

 

納得しながらも、真野さんの観察眼の鋭さに内心、舌を巻いていた。

その時、講演後のパーティ開始を告げる放送が流れ始める。

 

紗希
「いけない、行かなくちゃ」

 

私は、真野さんと一緒にパーティ会場へと向かった。


weding_hirouen

イベントホール内に設けられたパーティ会場には、たくさんの女性が集まっていた。

スタンバイしていた女性スタッフと一緒にチケットを確認する。

 

真野
「講演会と合わせて1万5千円!? ディナーショー並の料金だな」

 

隅に控えていた真野さんが、いつの間にか私の隣で手元を覗き込んでいる。

 

紗希
「加々美遥香を近くで見られると思ったら……出しちゃう気持ちもわかる気がするな」

 

会場の中を見渡すと、テーブルに着いたお客さんたちはみんな、どこかそわそわと落ち着かない。

 

司会
「それでは、加々美遥香と過ごす午後のひととき……みなさん、拍手でお迎えください!」

 

司会の声に、会場に拍手がわき起こる。会場前方に作られたステージに、加々美遥香が現れた。

 

遥香
「みなさん、今日はお越しいただいてありがとうございました」

遥香
「短い時間ではありますが、どうぞごゆっくりおくつろぎ下さい」

 

遥香さんは一言、挨拶をしただけでステージを降りてしまう。

 

紗希
(……え、それだけ?)

紗希
(一緒にお茶を飲んだり、テーブルを回ったりするかと思っていたのに……)

 

それは参加者たちも同じだったようで、会場の中にざわめきが広がった。

 

真野
「ま、そりゃそうだよな。あれだけの金額でこの内容じゃ文句も言いたくなる」

 

すっかり私のアシスタントという顔をした真野さんが肩をすくめる。

 

紗希
「遥香さん、どこへ行っちゃったんだろう」

真野
「ちょっと探してみるか」

 

いつの間にか姿を消していた遥香さんを追って会場を出る。


6th_ship_rouka

すると関係者以外、立ち入り禁止のバックヤードで、遥香さんが旦那さんと向き合っているのが見えた。

 

加々美
「……予定では一緒に歓談して、サプライズで記念撮影をするはずだろう?」

遥香
「気分が悪いの。講演はちゃんと終わらせたし、挨拶だってしたわ」

加々美
「主役がいなくてパーティはどうなる」

遥香
「本当に気分が悪いのよ。今日はもう帰らせて」

 

声を押し殺してはいるけれど、ふたりが口論する声が伝わってきた。

 

真野
「さっき、控室で見た時……」

紗希
「……え?」

真野
「彼女、そんなに気分が悪いように見えたか?」

 

ひそめた声でふいに尋ねられて、私は……。

 

紗希
「確かに顔色は悪かったみたいだけど」

真野
「それは、あの妙な電話のせいじゃないか?」

紗希
「でも、それで予定を変更するってことは……やっぱり何かあるのかな」

真野
「……あんたもやっとわかったみたいだな」

 

からかうような口調。けれどどこか満足そうに真野さんが笑った。

私たちが小声で話している間にも、言い争う声は大きくなっていく。


加々美
「そんな勝手なことが許されると思ってるのか!?」

遥香
「大体、今回の講演もパーティも、あなたのブランドを盛り上げるためでしょう?」

遥香
「私は私の役目をもう果たしたはずよ。あとはあなたにお任せするわ」

紗希
(え……本当に帰っちゃうの?)

 

固いヒールの音を響かせて、遥香さんが去って行く。

 

紗希
「まだお客さんが残ってるのに……大丈夫なのかな」

 

心配になった私とは裏腹に、真野さんが楽しそうにつぶやく。

 

真野
「ますます面白くなってきたな。あの夫婦にもやっぱり何かありそうだ」

紗希
「もう、さっきからそんなことばっかり!」

真野
「これが俺の仕事だって言ったろ。ところでお前の仕事はもう終わりか?」

紗希
「……え? うん、パーティの受付を終わらせたら今日は終了って言われたけど」

 

会場に残っていたのは、加々美遥香をもう少し見ていたかったから。

そう考えると、高いお金を出して集まったお客さんたちと、結局は同じ気持ちだったのかもしれない。

 

真野
「お前の仕事が終わりなら、ちょっと付き合えよ。行こうぜ」

紗希
「行くってどこへ?」

真野
「この感じなら、まず関係者専用の出口かな。ほら、いいから早く!」

 

腕を掴まれて歩き出す。

 

紗希
「もしかして、彼女の後を追うってこと?」

真野
「自分だって加々美遥香の遥花の素顔に興味シンシンって顔してるぜ」

jimusyo_mae_yuu

真野さんに腕を取られたまま外に出る。

関係者専用の出口は、外からはわかりづらい場所にあった。

 

真野
「おい見ろよ、やっぱり思った通りだ」

紗希
(……え?)

 

真野さんが指さした先には、深く帽子をかぶり、サングラスで顔を隠した加々美遥香の姿があった。

 

真野
「あれはどう見たって、誰かを待ってるって感じだろ」