『大正浪漫ラヴストーリー』<第14話> ~直哉ルート~

『大正浪漫ラヴストーリー』<第14話> ~直哉ルート~

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直哉
「風刺活動には、金が必要なんだ」

 

やりきれないような表情で、直哉さんはため息を付いた。

 

直哉
「……今は、母親が父親の目を盗んで俺に援助をしてくれてる。この年で、親の金使って風刺活動だなんて情けないことだけどさ、金がなきゃ本当に何にもできないんだ」

ハナ
「では、お母様は風刺活動に理解を示してるんですか?」

直哉
「うちの母親もさ、裏の家の子供たちと仲よかったし……何よりも、嫁ぐ前は散々、華族にいじめられてたらしいからね。うちの母親、地方の米農家出身なんだけど東都に出てきた頃はずいぶんと嫌がらせされたみたいだよ、田舎者だって」

ハナ
「お母様も……そんな目に?」

直哉
「そ。でも、父親は波風立てたくないみたいでさ……そりゃそうだよね。客商売やってる家の息子がいい年にもなって定職につかないで風刺活動だなんてさ」

ハナ
「そうなんですね……」

直哉
「で、ずーっと父親に勘当をチラつかせられちゃって。そうなったら金が無いから活動も出来ないし……結局ね、普通に仕事して稼げる程度の額じゃどうにもならないんだよ。華族に虐げられてる人たちを救うには金がなきゃ。皮肉なもんだよね、所詮、金には金でしか対抗できないんだから」

 

自嘲気味に言った直哉さんは、本当に悲しそうな顔をしていて……。
何も出来ない自分が歯がゆかった。
きゅっと唇を噛んだまま直哉さんを見ると暗い瞳を落とし、重い溜息を落とす。

 

直哉
「……もう1つ、ハナちゃんに伝えなくちゃいけないことがあるんだ」

ハナ
「なんでしょうか……?」

 

不安気味に聞き直す。
だけど、きっと今から直哉さんが語るのは松乃宮の何かなのだと思う。
聞くのが少し、怖かった。


直哉
「俺は、ハナちゃんが松乃宮の女中だって知ったから近づいた」

ハナ
「……っ!」

直哉
「もちろん、貧しい田舎から出て東都で働く女の子たちを救いたいっていうのは本当だよ。その気持ちは嘘じゃない。でも、きっと松乃宮の女中じゃなければきっとそれ以上に介入することは無かった」

ハナ
「……やはり、直哉さんは松乃宮と何か関係があるんですね?」

直哉
「関係があるっていうか、まあ俺が一方的にかな。あっちは、俺のことなんて知らないだろうし」

ハナ
「何があったんですか?」

直哉
「……うん。恨んでも恨んでも、どうしたって許せないことが」

直哉
「……松乃宮紀美子。ハナちゃんをいじめてたあの女だよ」

ハナ
「紀美子様が……何か?」

直哉
「さっき話しただろう? 弟みたいに可愛がってた子が自殺したって」

ハナ
「ま、まさか紀美子様が濡れ衣を……!?」

直哉
「そう。あのお嬢様が大通りで買い物をしていた時にね、裏の家の子は偶然そこを通りかかったんだ。それで、あのお嬢様とぶつかったらしいんだよ。それからしばらくして、財布が無いってあの女が騒ぎ出して。裏の家の子がスったんだって。あの子は警官に追われて……そのまま行方不明。で、次の日の朝、川で帰らぬ人となって出てきたんだ」

ハナ
「……その子は、盗んでないんですよね?」

直哉
「もちろんだよ。だって、よく探したら財布はあったんだって言うんだから。その話、家に出入りしてる商人から聞いてさ……あの時、俺は誓った。松乃宮は必ず潰すって」

ハナ
「どうして、自殺なんて……」

直哉
「例え濡れ衣だろうがなんだろうが、華族に目をつけられたらそれで終わりなんだよ」

ハナ
「…………」

 

そうだった。そう。紀美子様はそういうお方だ。私が指輪を盗んだと決め付け、相当な乱暴を働いた。

 

直哉
「……それで、君に近づいて松乃宮を探ろうと思ったんだけどさ、予想外のことが起きたんだ」

ハナ
「予想外?」

直哉
「そ。ハナちゃんすっごい健気で素直な子でさ……なんだか利用しようとしてた自分がバカらしく思えちゃって。街で会ったことあったでしょ、本当はあの時、色々聞き出したかったんだけどさ……ハナちゃん目の前にすると、利用しようなんて思えなくなっちゃって。まあ、でもあの時、あの女に会えたのは収穫だったよ」

ハナ
「あ……」

 

いつか、私が買い物をしに街へ出た時。
直哉さんと2人で入ろうとしたお店に、紀美子様がいたことがあった。


直哉
「聞いていた話と合致するほど、ヒドイ女だったね。あの日から、俺が松乃宮を潰す計画は着々と進んでいった。人脈を目一杯使って松乃宮の当主や、長男の会社を調べさせたんだ」

ハナ
「若旦那様の会社もですか?」

直哉
「そう。けどさ、長男の方の会社は不正とかそういうの全然なくて。その代わり、当主の会社からは不正がボロボロ出てきた。賄賂とかね。それを元に、どうにかしてやろうって思った時に、松乃宮から逃げ出したハナちゃんに会ったんだ。目を真っ赤にしたハナちゃんを見て……すぐにでもあの家を潰そうと思った。俺の大切な人を2人も傷つけた、松乃宮は天地がひっくり返ったって許せなかった」

ハナ
「大切な……人……?」

直哉
「そうだよ、ハナちゃんは俺の大切な人。なんて、利用しようとしてた俺が言うのもおかしいけどさ」

 

今まで、ずっと強張った表情をしていた直哉さんが一瞬だけ柔らかい表情になる。
だけど、再び難しい顔をして語り始めた。

 

直哉
「不正の証拠を持って、当主の会社に乗り込もうとした時ぐらいにさ、あのわがままお嬢様が手つけられないぐらいになって、女中が不満を抱えてるって話、掴んだんだ。だから……松乃宮から女中を奪ってやった」

ハナ
「え……? そう言えば……稲山家には他にも松乃宮の女中がいるってカヨさんが……」

直哉
「女中がいなくなってからの松乃宮はずいぶんと大変らしいって聞いて、胸がスーッとしたよ。でーもさ、ハナちゃんてばそれでも松乃宮のこと心配するんだもん、いい子すぎちゃうでしょ」

 

ふっと微笑んだ直哉さんがコツン、と私の額に手の甲を当てた。
なんだか、その行動がくすぐったくて、私の緊張の糸も解ける。

 

直哉
「……ハナちゃん見てると、自分の行動が正しいのかわからなくなっちゃうんだ。怒りに任せて松乃宮を潰そうとしてる自分が……松乃宮は、悪だけじゃないって、気が付かされてさ」

ハナ
「誰だって、悪だけじゃないです。でも、その逆もあると思うんです。全てが正しい人だって、この世にはいないと思いますよ」

直哉
「……いいこと言うね、ハナちゃん。その通りかも」

ハナ
「なんて言いましたけど……正直、紀美子様の行いは許せなくても当然かと」

直哉
「うん……そうだね。例えあの女のどんな素晴らしい話を聞いたとしたって許せないかな」

ハナ
「……でも、復讐をずっと胸に秘めていて直哉さんは辛くありませんか?」

直哉
「え……?」

ハナ
「直哉さんは、とても優しい人だと思うんです。優しいからこそ、松乃宮に復讐を誓ったと思うんですけど……そんな優しい人が、ずっと復讐のことを考えていては辛いんじゃないのかなって」

直哉
「……すごいね、ハナちゃん。それ、まさに今の俺の心情だよ。ハナちゃんと知り合ってさ、松乃宮が悪だけじゃないって知った。だから、松乃宮を潰すのはどうなんだろうって思う自分も居て……」

ハナ
「なら、復讐なんてバカなことやめましょうよ。そんなことをするぐらいなら、1人でも多くの華族に虐げられている庶民に手を差し伸べませんか? きっと、自殺をしたその子も、そう願っているはずです」

直哉
「……そう、なのかな?」

ハナ
「ええ。もし、私がその子だったら復讐なんかに時間を割かないでほしいです。もっと、自分のために時間を使ってほしいです」

直哉
「自分のための……時間?」

ハナ
「そうですよ。直哉さんにはやるべきことがたくさんあるじゃないですか。きっと、この東都には華族に虐げられている庶民がたくさんいます。その人たちに手を差し伸べられるのは直哉さんしかいませんよ」

直哉
「ハナちゃん……ありがとう。なんだか、胸のつかえが取れたみたいだよ」

ハナ
「そ、そんなお礼なんて……」

直哉
「……明日からは復讐のためじゃなくて、苦しんでる思いしてる人たちのために動くよ」

ハナ
「直哉さん……はい、その方がいいと思います」

直哉
「ま、そのためには金が必要なんだけどね」

 

苦笑しながら言う直哉さん。
確かにその通りで、お金はそう簡単に手に入る物でもなくて。


ハナ
「あの、もしかして直哉さんが私に払ってくれるお金も、お母様からの援助なんですか?」

直哉
「ううん。小説の売上」

ハナ
「あ、そうなんですね」

直哉
「小説の売上もここ最近は上がってるんだ。それってさ、この時代に不満をいだいてる人が多いってこと。きっと、俺が思ってる以上に、ハナちゃんが思ってる以上に、理不尽に虐げられている人が多いんだと思う」

ハナ
「……本当に、真の平等を手に入れられる世が来るんでしょうか」

直哉
「こさせるんだよ。俺たちの力で」

ハナ
「俺……たち?」

直哉
「俺と、ハナちゃん」

ハナ
「わ、私ですか?」

直哉
「そ。ハナちゃんだって平等な世を待ってるんでしょ?」

ハナ
「そ、そりゃ、平等な世になればと思いますけど、私はそんな活動なんて……学も無いですし、お役に立てません」

直哉
「たってるよ?」

ハナ
「え?」

直哉
「ハナちゃん、役に立ってるよ。ハナちゃんが作ってくれたご飯食べると元気でるし、ハナちゃんが家にいてくれるから、安心して俺は外で活動できる。ハナちゃんは俺の原動力なんだから……」

 

直哉さんが真剣な目で私を見つめた。
どこまでも澄んでいるその瞳を見つめれば、自然と胸が高鳴ってしまう。


直哉
「ハナちゃん、俺を許してくれる? 利用してたこと……」

ハナ
「もちろんですよ」

直哉
「本当に?」

ハナ
「ふふ、そんな怪訝そうな聞き方やめてください」

ハナ
「むしろ、利用されてよかったかなってすら思えます。だからこそ、直哉さんと知り合えたわけで」

直哉
「あーっもう! ハナちゃんホントにいい子過ぎる!!」

 

直哉さんが、ガバっと私に抱きついた。
あまりの衝撃に、私の体は崩れ……まるで直哉さんが私を押し倒したような状態になった。
2人して、慣れないその態勢にしばし硬直してしまう。

 

直哉
「……口付けして、いい?」

ハナ
「直哉……さん?」

直哉
「ごめん、するね」

ハナ
「……っ!!」

 

そっと瞳を閉じた直哉さんの顔がゆっくりと近づいて、そうしてそのまま唇が重なった。

 

直哉
「……ハナちゃんの唇って、ハナちゃんそのものって感じがする。柔らかくて、温かくて。可愛らしい桜色で」

 

直哉さんが私の唇に指をなぞりながら言うのだけれど……私の頭はそれどころじゃなくて、直哉さんの言葉が入ってこない。
私の唇が……直哉さんの唇に触れた。
その事実だけが頭を埋め尽くしていた。

 

直哉
「はぁ、今……こんなことしてる場合じゃないのに。ごめんね。今は、何よりも実家のことを考えないと」

ハナ
「勘当……のことですよね」

直哉
「そう。実家に帰れば風刺活動は大々的に出来ないし、だけど勘当されれば風刺活動する資金が無くなってしまう」

ハナ
「……どちらにしても、今までのようには出来なくなってしまうんですよね」

直哉
「うん、そうだね……ほんと、どうしよう」

 

ため息を付きながら、直哉さんはそのまま私にと覆いかぶさった。
私は自然と、そんな直哉さんを受け入れ、その背中に腕を回した。
大丈夫、あなたは1人じゃない。
そんなことを思いながら。
 

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