『病院の花嫁~愛の選択~』<ハッピーエンド>~惣一朗ルート~

『病院の花嫁~愛の選択~』<ハッピーエンド>~惣一朗ルート~

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明日は、臨時理事会。

お義母さまはこの頃、やっと起き上がれるようになったけれど……。

惣一朗さんが、院長の座から正式に退くことが決まったら、また寝込んでしまうかもしれない。

そんな弱々しい気配を漂わせていた。

 

義母
「惣一朗、私のせいでこんな事になってしまって」

惣一朗
「母さん、もう言わないでくれ。大学のつてを辿れば勤務先もすぐに決まる。
経営に携わるより、現場でバリバリ働く方が性にあってるよ」

 

惣一朗さんは、32歳。

消化器外科医として、まだこれから。

院長に就任してから、オペや診察の時間が少なくなった事を嘆いていた。

 

美咲
(現場に戻れるのを喜んでいるのはきっと本心だと思うけど…)

義母
「でも……何代も続いた病院が……」

惣一朗
「いいんだ、これで良かったんだ。今のスタッフがいれば、父さんの志は受けつがれる。それで十分じゃないか」

美咲
(惣一朗さん、吹っ切れた顔をしているけれど、病院を立ち去るのは寂しいはず……
数年過ごした私でもこんなに辛いんだから)

惣一朗
「父さんの精神が生きている病院が続いていく、それが大事なんだ」

 

惣一朗さんは、自分に言い聞かせるように呟いた。

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明日の事が気になって、その夜は中々、寝つけなかった。

 

惣一朗
「美咲、起きているかい?」

美咲
「惣一朗さん、眠れないの?」

惣一朗
「あぁ、明日が最後だと思うと…何だかね」

美咲
「そうね……」

惣一朗
「あ、別に、院長の職に未練があるわけじゃない」

美咲
「フフ…そうよね。
オペや診察に、もっと時間を費やしたいって言っていたものね」

惣一朗
「そうなんだ。僕はまだまだ経験不足だ」

惣一朗
「現場に携わって、消化器医としての道を極めたい。ただ、幼い頃から、あの病院を継ぐのが当たり前だと思っていたから……」

惣一朗
「当然やってくるはずの未来が無くなると、何だかおかしな気分だ」

 

私は、惣一朗さんの手を握りしめた。

 

惣一朗
「美咲……?」

 

自然と、ぽろぽろと涙がこぼれてくる。

 

惣一朗
「どうしたんだ、美咲、泣いたりして」

美咲
「悲しくって、寂しくって…でも、嬉しいの」

惣一朗
「えっ?」


立川家に嫁いでからの、怒涛の如く起こった出来事が、次々と甦ってきた。

結婚後の惣一朗さんの無関心な態度

義母と義姉の酷い仕打ち

実の父のように慕っていた義父の死

そして、政治家との癒着が発覚し、立川家が経営から退く事になってしまった借金問題

最初は手さぐりだったけれど、家族で協力して、乗り越えられた。

一気に様々な想いがこみ上げてきて、涙が止まらなくなった。

 

美咲
「お義父様の死を……悲しむ余裕がないくらい色んな事があったから…」

惣一朗
「本当に、そうだな」

美咲
「お義父様の死が、悲しい……
看護師としても立川家の嫁としても、病院を立ち去るのは、寂しい……
でもね、惣一朗さん」

惣一朗
「なんだい?」

美咲
「あなたがそんな風に、私に本音を語ってくれるのが嬉しいの」

惣一朗
「美咲……」

美咲
「本当の、夫婦になれた気がする」

 

惣一朗さんが、息苦しいくらいに私を強く抱きしめる。

惣一朗さんの匂いがする……

この匂いに包まれると安心して、何もかも委ねたくなる。

 

惣一朗
「嬉しいよ、君と心が通う日が来るなんて」

美咲
「惣一朗さん」

惣一朗
「強引に結婚を勧めたから、君が、本当に僕のものになってくれる日は来ないような気がしていたんだ」

惣一朗
「自信もなかったしね」

 

私こそ、最初は惣一朗さんが手の届かない存在だと思っていた。

こんな風に、分かり合える日がくるなんて…

 

美咲
「私の心も体も、あなただけのものです」

 

真っすぐ見つめ、嘘偽りない気持ちを囁くと

惣一朗さんは、激しく、やさしく私を抱いた。

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惣一朗
「こんなに早く退院できるなんて、松宮先生のお陰だぞ」

鈴恵
「分かってるわよ。感謝しているわ」

 

鈴恵さんの回復は早く、後遺症の心配もないので、今日の午後に退院する事が決まった。

惣一朗さんが出席する新院長選出の臨時理事会が終わるのを待って、帰宅する予定だ。

 

松宮
「後遺症の心配は無さそうですが、しばらく安静にしてください。
何か心配な点があれば、いつでも連絡ください」

美咲
「ありがとうございます」

惣一朗
「そろそろ、時間だ、行かないと」

 

笑顔の裏には、様々な想いを抱えているであろう惣一朗さんを、会議室まで見送ることにした。


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お互いの足取りは、重かった。

 

美咲
「惣一朗さん、勤務先の病院は決めたの?」

惣一朗
「母校の大学病院にお世話になるか、消化器学会で親しくなった先生の紹介の病院に行くか、迷っているんだ」

美咲
「どちらに決まっても、私は応援するから」

惣一朗
「ありがとう、行ってくるよ。あ、美咲」

美咲
「なあに?」

惣一朗
「勤務医の道の他、自分で開業も考えているんだ……」

美咲
「開業?」

惣一朗
「こんな事があった後だから、世間の風辺りは強い。
君に、苦労かけるかもしれないが」

美咲
「そんな心配しないで?自分の信じる道を進んでいって。
私はあなたについて行きますから」

 

惣一朗さんの表情から不安や迷いが消え、清々しい顏になった。

会議室の扉を開き、中に入っていく惣一朗さんの背中に呟いた。

 

美咲
「頑張って」

 

今なら、私の母の気持ちが分かる。

 

美咲
(お母さん、お父さんのことが、好きなんだわ。
だから、どんな事があっても尽くしてついていくのね……)

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うな垂れる鈴恵を、松宮がなぐさめている。

 

鈴恵
「私のせいで、こんな事に……」

松宮
「鈴恵さんのせいではないです。そんな風に自分を責めちゃいけない」

鈴恵
「でも……私が、バカな男にひっかからなかったら…」

松宮
「いい勉強だったと思えばいい」

鈴恵
「随分と高い勉強料だったけど」

 

鈴恵と松宮は、軽く笑いあう。

 

鈴恵
「……私、本気で好きだった。松宮先生の事も好きだったけど…
こんな感覚、初めて。あの人の為なら何でもする、そう思ったの」

松宮
「結果はどうであれ、そんな風に人を愛することができたのは幸せだと思います」

鈴恵
「一緒に、いられなくても?」

松宮
「えぇ、その人が、幸せそうに笑っていたら……僕も幸せな気分になります」

鈴恵
「……私は、到底そんな気分になれそうにないわ」

松宮
「大丈夫、時間が解決してくれます」


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鈴恵さんと松宮先生が、神妙な顔で話していた。

美咲
「理事会は二時間程で終わります。退院準備の為に、荷物まとめますね」

鈴恵
「あなたは、いいわね」

美咲
「えっ?」

鈴恵
「色々な人から愛されて……」

美咲
「鈴恵さん……?」

鈴恵
「人に優しく接したいと思っても、私は可愛げがないし、ひねくれてるし、出来ないの」

松宮
「もっと素直になってみたら、いいんじゃないかな」

鈴恵
「素直に?」

松宮
「自分が何かを人にしてあげたい。そう思う気持ちを、素直に表現したらいい」

鈴恵
「……私は、お兄様をこの病院で働かせてあげたい」

美咲
「鈴恵さん……」

鈴恵
「ずっと、幼い頃からお兄様は、この病院で働くのを夢みていたの」

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10歳の惣一朗と7歳の鈴恵が、トンボを追いかけて遊ぶ。

 

鈴恵
「お兄ちゃん、あっちにいっぱい」

 

駆け出した鈴恵が、石につまずき転んで泣き出す。

 

鈴恵
「うわぁぁーーん、痛い、痛いよー」

惣一朗
「鈴恵! 大丈夫か?」

 

鈴恵の膝小僧は擦りむけ、血が滲んでいた。

 

鈴恵
「スカートに血がついちゃう!」

 

川で膝を洗おうとした鈴恵を、惣一朗が止めた。

 

惣一朗
「だめだ、キレイに見えても川の水には、バクテリアや雑菌がひそんでいるんだ。
病院までおんぶしてやるから、泣くな」

鈴恵
「うん」

 

鈴恵を背負い、惣一朗が歩き出す。

 

惣一朗
「もうすぐ、着くからな」

鈴恵
「病院に着いたら、お兄ちゃん手当して」

惣一朗
「看護師さんがいるだろ」

鈴恵
「やだ、お兄ちゃんがいい!
学校で転んだ時、保健の先生が消毒てくれたけど、痛かった。お兄ちゃんの方が上手だったよ」

惣一朗
「はは、しょうがないな、やってやるよ」

鈴恵
「お兄ちゃん、大きくなったら、お医者さんになるんでしょ?」

惣一朗
「当たり前だろ?」

鈴恵
「いいなー、お兄ちゃん、頭いいから……鈴恵は、なりたくてもなれない」

惣一朗
「鈴恵は、医者になりたいのか?」

鈴恵
「別に、なりたくない」

惣一朗
「だったらいいじゃないか。鈴恵は、なりたいものになればいい。
僕は、医者になりたいからなるんだ。大きくなって、お父さんと一緒に働くんだ!」


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鈴恵さんの微笑ましい昔話は、心を和ませたが、惣一朗さんの気持ちを考えると、切なくなった。

 

鈴恵
「お兄ちゃんを、この病院から去らせたくない……」

美咲
「私も同じ気持ちです……でも、どうしたら」

 

私と鈴恵さんが俯いていたら、松宮先生が思いついたように言った。

 

松宮
「声を、あげよう」

美咲
「声?」

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上塚新理事長は、母校の大学病院で外科部長を務める後輩の医師を院長に推薦した。

津川常務は、長年、立川病院に勤務し、高い実績と知名度を誇る小児外科部長の鈴木医師を推した。

 

津川常務
「立川病院は、今が大事な時期。だからこそ、内情を知る人間に任せた方がいい」

上塚理事長
「世間を騒がせる事件を起こしたんだ。他から人を招き、新しい風を取り入れたとアピールした方がいい」

津川常務
「それは、経営でのこと。うちの勤務医は、優秀な医師ばかりだ!」

 

両者は一歩もひかず白熱した議論を展開し、
多数決の結果、新院長には鈴木医師が決まった。

 

惣一朗
「鈴木先生が、院長なら安心です」

鈴木
「私には荷が重いですが、全力でこの病院を支えていきます」

津川常務
「惣一朗君、君がこの病院を去るのは残念だが、鈴木院長と共に守っていくよ。
この頃、お父さんに似てきたね。医師らしい顏になってきた」

惣一朗
「ありがとうございます」

臨時理事会が終わり、会議室の扉が開くと
そこには驚くべき光景が――。

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松宮先生と各診療科の医師達、婦長を筆頭に看護師達

そして、入院患者さんに鈴恵さんと私。

ずらりと並ぶ人々をみて、会議室にいる一同は唖然となっている。

 

惣一朗
「一体……」

松宮
「立川先生、医師として、この病院に残ってください」

婦長
「惣一朗先生は、この病院に必要な人です」

清二
「若先生、俺はあんたに命を助けられた。あんたは流石、あの院長の息子、いい医者だ」

 

静脈瘤破裂で、大量の吐血をし、生死の境を彷徨った清二さんは惣一朗さんのオペで一命を取りとめた。

 

惣一朗
「清二さん……」

津川常務
「理事長、うちは医師不足だ。特に、消化器外科」

上塚理事長
「いや、しかし…ッ」

鈴木
「私からもお願いします。惣一朗先生はうちの病院に必要な医師です」

津川常務
「現場が、患者が、彼を求めているんですよ」

一同
「お願いします!理事長、お願いします!!」

 

騒ぎに集まってきた患者さんたちも、惣一朗さんが病院を去るかも知れないと聞いて、一緒に理事長に嘆願してくれた。

増えていく人々に、参ってしまった上塚理事長は、惣一朗さんが医師としてこの病院に勤務することを渋々承諾した。


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美咲
(こんな風に、穏やかに三人で歩ける日が来るなんて……)

 

鈴恵さんの希望で、車は使わず、病院からの道のりを三人で歩いた。

 

鈴恵
「外の空気っておいしい……生きてて、良かった」

 

惣一朗さんも、同じように思ったのだろう。

鈴恵さんを見つめ、大きく肯いた。

 

美咲
「鈴恵さんがいてくれたから私達は病院を去らずにすんだんです」

惣一朗
「鈴恵が?」

鈴恵
「やだ、大げさね」

美咲
「鈴恵さんが、惣一朗さんを病院から去らせたくないって言ってくれて」

鈴恵
「それは、松宮先生が声をあげようと言って、皆を集めたからよ…」

惣一朗
「みんなに感謝だな」

 

晴れ渡った空に、夕焼けが美しい。

この空のように、どこまでも今の平和で穏やかな日常が続いていく。

そう確信した。

 

惣一朗
「そうだ、夕食外で食べようか。母さんも呼んで、ずっと家に閉じこもりっぱなしだしな」

美咲
「お義母様、惣一朗さんが病院に残ること知ったら、喜ぶわ」

鈴恵
「じゃあ、私が連絡するわ」

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惣一朗さんが、勤務医として病院に残ることを伝えると、義母は泣いて喜んだ。

 

義母
「病院に残れたなら、あなたの実力でいつか院長の座に就けるわ」

惣一朗
「母さん、僕はそういう事に拘ってないんだ」

惣一朗
「経営には全く興味がない。患者と触れ合って、多くの命を救いたい。ずっとそう思ってる」

 

お義母さんは何か言いたげだったけれど、惣一朗さんの目がキラキラと楽しそうで

本当にこの人は医療が好きなんだと伝わってくる。

きっとお義母さまにも伝わったのだろう。

それ以上、病院経営の話しは出てこなかった。

 

美咲
(最初は、患者さんへの接し方が冷たい気がしていたけれど……
惣一朗さんは根っからの医師だもの)

美咲
(患者さんと近くなればこれからドンドン変わるはずだわ)

美咲


(それにしても……)

美味しそうなお寿司を目の前にしているのに、手を付けられないでいた。

 

惣一朗
「どうした、美咲、食欲がないな」

美咲
「ごめんなさい…何だか食欲がなくて、だるくて」

惣一朗
「風邪のひき始めかもしれないな。
帰ったら、早めに休むといい」

美咲
「えぇ」

美咲
(風邪じゃなさそうだけど……)

 

今月の生理が三週間遅れている事に気付いた。

 

美咲
(ひょっとして……)


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寝室に入ると、惣一朗さんはベッドに入っていた。

 

美咲
「あのね、惣一朗さん」

惣一朗
「うん、なんだい?」

 

惣一朗さんは、目を瞑ったまま答える。

 

美咲
(惣一朗さん、疲れているのね……明日にしようかしら……でも、早く伝えたい)

美咲
「今月の生理が遅れてて、まさかと思って検査薬で、今チェックしたの」

惣一朗
「美咲!」

 

惣一朗さんは、飛び起きて私を見つめた。

 

美咲
「妊娠しているみたい……」

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美咲
「まだ、病院にいってないので、確実ではないんです……」

 

ぬか喜びさせてはいけないから、病院で検査してからにしようと言ったのに

翌日の朝食で、惣一朗さんは、早速、義母と鈴恵さんに伝えた。

 

惣一朗
「市販の検査薬の精度は、100%に近いんだ。間違いない!」

義母
「まぁ、男の子かしら!女の子かしら!楽しみね」

鈴恵
「女の子がいいわ!私がピアノを教えてあげる」

惣一朗
「お前、子供嫌いだろ」

鈴恵
「あら、自分の姪は可愛いわよ?絶対かわいがるわ」

義母
「やっぱり、男の子よ。お父さんのように医師になってもらわないとね」

鈴恵
「あらお母様、おしつけるのはよくないわ。
たまたまお兄様は好きでなったみたいだけど、自分の好きな道に進ませてあげなくちゃ」

 

珍しく義母と鈴恵さんの意見がわれている。

そんな姿を見て、思わず吹きだしてしまった。

 

惣一朗
「おいおい、めでたい報告の場で喧嘩はやめてくれ」

 

家族それぞれの想いや愛情が、私のお腹に芽生えた小さな命を包んでいる。

 

美咲
(フフ…こんなに愛されて生まれてくるなんて、あなたは幸せ者よ?)

 

まだ見ぬわが子に語りかける。

色んな事があったけれど、きっと幸せになるための試練だったんだと今なら思える。

こうやって、命や絆、人の想いは繋がっていくのだ。

温かな喜びを感じ、私はそっと優しくお腹を撫でた。

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