『大正浪漫ラヴストーリー』<第12話> ~清人ルート~

『大正浪漫ラヴストーリー』<第12話> ~清人ルート~

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紀美子様の前に並べられたショールと切れ端。

小刻みに体を震わせた紀美子様が私を睨んだ。

 

紀美子
「そのショールがなによ。あたくし、明日も学校があるからくだらない話をするのなら部屋へ戻らせてもらうわ」

清人
「このショールはトメさんに直してもらおうとした物らしいな」

紀美子
「…………」

清人
「いつものお前なら、破れた物は捨てていただろう。だが、このショールはずいぶんと気に入っていたな?」

紀美子
「だ、だから何よ! そうよ、破れたからトメに直すよう言ったの」

清人
「どこで破れた?」

紀美子
「し、知らないわよ! 気がついたら破れていたの」

清人
「そうか。では破れた場所を教えてやろう」

 

若旦那様は切れ端を持ち上げながら紀美子様の眼前に差し出した。

 

清人
「母様が指輪をなくしたと言っていた場所だ」

紀美子
「っ……」

 

紀美子様がぎりっと唇を噛む。

 

清人
「それと、指輪を紀美子の部屋から見つけてもらった。トメさん」

トメ
「こちらでございます」

 

可愛らしい細工を施した木箱をトメさんが若旦那様へ手渡すと、紀美子様は狂ったようにテーブルへと思い切り手をついた。


清人
「今、全てを認めれば大事にしない。だが、まだシラを切るつもりならこちらとしても容赦はしない」

紀美子
「よ、容赦って……?」

 

どこか、紀美子様の声が震えているように聞こえた。

 

清人
「母様、父様、ひいては女学校にも相談させてもらう」

紀美子
「が、学校だけはっ!!」

清人
「ならば認めろ。そして、金輪際ハナさんに迷惑をかけないと誓え」

紀美子
「…………」

 

絶望した表情を浮かべたまま、紀美子様が私をうつろに見た。

 

紀美子
「……わかったわよ」

 

そうしてフラフラと立ち上がり、破れたショールを手に取る。

 

清人
「謝罪もまだだったな。あれほどに手荒な真似をしてそれで済むとでも思っているのか?」

紀美子
「……女中に謝るだなんて、死んだほうがマシだわ」

魂が抜けたようにそうこぼした紀美子様を、若旦那様が体を呈して引き止める。

 

清人
「謝罪しろ!!」

 

聞いたことがないほどに大きく、そうして厳しい若旦那様の声に私はビクっとした。

けれど、紀美子様には聞こえていないかのようにうつろな目のままその場に立ち尽くす。

 

清人
「謝罪をしろ、聞こえなかったのか」

 

次の言葉は、少しだけ柔らかさをふくんでいたけれど、やはり紀美子様は反応を見せなかった。

 

ハナ
「あの、もういいですから」

 

思わず若旦那様を止めに入ってしまうほど紀美子様の様子がおかしかった。

 

清人
「だが……」

ハナ
「……謝って頂いても、何も変わりませんから。傷は癒えることもありませんし小説もハンケチも戻りませんし」

清人
「…………」

 

歯がゆそうに若旦那様は視線を落とした。

 

紀美子
「……ハナにはもう関わらないわよ!」

 

そう吐き捨てるように言った紀美子様は食堂を走り去った。
テーブルの上には行き場を無くした指輪。

若旦那様はそれを手にすると深くため息を付いた。


清人
「これは私が母様に返しておこう。すまないな、ハナさん」

ハナ
「え?」

清人
「紀美子に謝罪させることが出来ずに」

ハナ
「いえ……私はもう大丈夫です。ありがとうございました。明日からはきちんとお勤めさせていただきます」

清人
「明日からだなどと言わないでほしい。ハナさんの気が休まるまでは……」

ハナ
「もう、じゅうぶんに休ませていただきましたから。トメさん、明日からよろしくお願いします」

トメ
「本当にいいんですか? 若旦那様がおっしゃるようにもう少し休んでいても大丈夫ですよ」

ハナ
「置いてもらっている以上は、働かなくてはなりませんから。お給金が減ってしまえば家族も困りますし」

清人
「……わかった。では明日からは私付きの女中として働いてもらおう」

トメ
「まあ、若旦那様の?」

清人
「その方がいいだろう。ハナさんにとっても紀美子にとっても」

トメ
「確かにそうでございますが……」

清人
「難しいことを頼むわけではないんだ。余った時間があれば紀美子の目に触れない程度の場所で働かせてやってほしい」

トメ
「かしこまりました」

清人
「では、私は部屋へ戻ろう。ハナさん、明日から頼んだぞ」

ハナ
「はい」

 

若旦那様は、静かに食堂を後にし、私もトメさんと共に離れへと戻った。


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それから数日は平穏無事な日々が続いた。若旦那様の計らいで紀美子様や奥様と顔を合わせることは少なくなり、私も仕事がしやすかった。

他の女中さんたちも、以前に比べて生き生きとし仕事をしているように思えた。

 

カヨ
「そろそろ、紀美子様が戻ってくるからさ、あっち掃除してきなよ」

ハナ
「あ、カヨさん。ありがとうございます」

カヨ
「に、しても良かったよ。こうやってまたハナと仕事出来るなんてさ。若旦那様のおかげで、仕事しやすくなったし」

ハナ
「食事のとき、紀美子様たちのご様子は?」

カヨ
「嫌がらせもなーんにもなし。無言で食べてさっさと部屋戻っちゃうし。今までの苦労が嘘みたい」

カヨ
「まあ、愛想もなにもないけどね。何かされるよりはマシってもん……?」

ハナ
「どうしたんですか?」

 

話途中に、カヨさんは首を傾げお屋敷の方を見た。

 

カヨ
「いや、なんかお屋敷の方が騒がしいんだけど……あ、ほら。みんなバタバタしてて」

ハナ
「本当だわ。何かあったんでしょうか?」

カヨ
「ちょっと見てくる」

 

私に竹箒を渡し、カヨさんが玄関へと走って行ってしまう。
確かに、遠目で見ても慌ただしさがわかる。

 

ハナ
(一体何があったのかしら……)

 

女中さんたちが慌ただしくお屋敷にはいったり出たり。そうしているうちにも上等な身のこなしをした男の人たちがお屋敷の中へと入っていく。

 

カヨ
「大変! ハナ、こっちへ来て!!」

ハナ
「え……?」

 

様子を見に行ったカヨさんが息を切らしながら戻ってくる。
ただならぬ雰囲気のままだ。

 

ハナ
(な、何があったの……!?)


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あの日、カヨさんに連れられ慌ててお屋敷へ戻った。
そこで聞いた、旦那様の訃報。

結局、一度も顔を合わせることをなかった旦那様は亡人となり棺のままお屋敷へと戻ってきた。

そうして慌ただしいままに通夜と葬儀の段取りがくまれ、私たち女中は慣れないことだらけで大忙しだった。

 

カヨ
「ハナ、そっちの掃除手伝って」

ハナ
「はい」

 

旦那様はなんでも、仕事先と偽っていた花街で亡くなられたらしい。

お金持ちは、命を失う時まで私たち貧乏人とは違うのだと改めて思った。
生まれる時も、死ぬ時も、お金持ちと貧乏人には差が出てしまうのだ。

 

カヨ
「に、しても大変みたいだね。遺産問題」

ハナ
「遺産問題……?」

カヨ
「そ。遺言が無かったみたいで、揉めてる」

 

そう言ったカヨさんが1階の突き当りにある客間へとうつった。
確かに、今日は朝から若旦那様を初め、奥様、紀美子様、そうして親戚の方々が集まっている。

てっきり、葬儀を終わった後に身内だけで旦那様を偲んでいるのかと思っていたが、そうではないらしい。

 

カヨ
「本来ならさ、嫡男の若旦那様が相続するのが筋なんだろうけど、これだけの財産を抱える松乃宮の家は親戚も黙っているわけにはいかないみたいで」

ハナ
「そうなの……」

ハナ
(若旦那様……大丈夫かしら、旦那様を亡くされたばかりでそんな遺産問題に巻き込まれるなんて)

紀美子
「それじゃあおかしいわよ!」

 

掃除をしている最中だった。
客間から玄関まで届くほどに大きな紀美子様の声が聞こえたのだ。

 

カヨ
「まーたあのワガママ娘が何かわめいてるね」

カヨ
「ちょっと聞いてこようっと。ハナもおいでよ」

 

ハナ
「掃除がありますし」

カヨ
「真面目だね。こんなおもしろいことめったにないのに」

 

カヨさんはそのまま客間へと向かってしまった。

人が亡くなっているのに、楽しんでいる素振りを見せるのは不謹慎だ。

けれど……きっと……女中さんたちにそうさせてしまうのは今までの奥様たち自身のせいだろう。

 

ハナ
(今頃、どんな話をしてるんだろう……若旦那様が心配)


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その日の夜だった。
若旦那様に言われ部屋へとお水を持っていく。
と、疲弊しきった若旦那様が長椅子に座ったまま額を抑えていた。

 

ハナ
「お水でございます」

清人
「……すまないな」

 

そう力なく言うと一口水を飲む。

 

清人
「…………」

ハナ
「若旦那様、お疲れのようですから今日はお早めにお休みください」

清人
「いや、まだ休めないんだ。これから父様の財産を整理をしなければならない」

ハナ
(そう言えば……遺産相続の話はどうなってしまったんだろう)

 

若旦那様の疲弊具合を見れば、話はまとまらなかったように思える。

 

清人
「……ああ、すまない。ハナさんはもう戻ってかまわない。今日はご苦労だった。また、明日頼む」

ハナ
「えっと……あの……」

ハナ
(そんなこと言われても、こんな状態の若旦那様を1人にしておくわけには……)

清人
「そんな顔をしないでくれ。いつかはこうなることぐらい、予測していた」

ハナ
「え……?」

清人
「まさか、こんなに早い段階でなるとは思わなかったが」

ハナ
「若旦那様……」

清人
「さ、ハナさんは離れへ戻ってくれ。他の女中たちも、もう戻っている時間だろう」

 

若旦那様は微笑みで疲労を隠そうとしていた。けれど、それが余計辛そうに見えてしまう。

 

 

ハナ
「あの、何かお手伝いを……。私に手伝わせてください」

清人
「ハナさん……ふ、ありがとう」

 

そう言った若旦那様が長椅子をポンと叩いた。

 

清人
「ハナさん、こちらへ」

ハナ
「え?」

清人
「ここに、座ってくれないか?」

ハナ
「え、えっと、若旦那様の隣に……ですか?」

清人
「ああ、少しだけでいいから」

 

言われたままに若旦那様の隣に座ると、ふいに若旦那様の肩が私へとかかった。

 

清人
「……少しだけ、こうさせていてくれ」

ハナ
「わ、若旦那様のお気がすむまで……」

清人
「……私には、ハナさんがいてくれるな」

ハナ
「どうしたんですか? 若旦那様」

清人
「いや、1人じゃないと実感しただけだ」

ハナ
「若旦那様……はい。1人じゃありません。若旦那様は私がお辛いときそばにいてくれましたから」

清人
「君が?」

ハナ
「ええ、火傷の手当てをしてくださいました」

清人
「……ああ、そんなこともあったな」

ハナ
「だから、私はこれからもずっと若旦那様にお仕えしたいと思っています」

清人
「ずっと……か。それはもう無理かもしれない」

ハナ
「え?」

清人
「君を女中にしておけるのは、もう長くないかもしれない」

 

私から肩を離した若旦那様は、そう言った。

 

ハナ
(若旦那様の言葉……ど、どういうこと?)
 

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