『大正浪漫ラヴストーリー』<第11話> ~清人ルート~

『大正浪漫ラヴストーリー』<第11話> ~清人ルート~

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清人
「ハナさん!!」

ハナ
「若旦那様……?」

 

声の方を振り向けば、息を切らせた若旦那様の姿。

 

清人
「……すまない」

ハナ
「い、いえ……若旦那様に謝っていただくようなことは何もありません」

清人
「いや、紀美子を止められなかった私にも責任はある。本当に、すまない」

 

そう謝罪する若旦那様が頭を深々と下げた。

見るからに女中の姿をしている私に頭を下げる上等なスーツ姿の男の人。

それは、駅の中を忙しなく歩く人たちの足を止めていた。

 

ハナ
「若旦那様、ど、どうか頭をおあげください」

清人
「いや、ハナさんに許しをもらえるまでは頭をあげられない」

ハナ
「だ、だって許すも何も、若旦那様は謝るようなことしてないですから。
だから……その……」

清人
「……本当に、すまない」

 

やっと顔を上げた若旦那様は悲しそうな瞳のまま再び謝罪を口にした。

 

ハナ
「……私こそ、申し訳ございません。お屋敷を飛び出してしまったりなんかして」

ハナ
「これじゃあ、女中失格ですね……」

清人
「それを言うなら、紀美子が主失格だ」

ハナ
「え……?」

清人
「……戻ろう、ハナさん」

 

すっと若旦那様が手を差し出した。

 

ハナ
「……わかりました」

 

差し出された手に、そっと自身の手を重ねる。

と、若旦那様は私の手を優しく包んでくれる。


清人
「小さな手だ……。こんなにも小さな手で、ハナさんは今まで松乃宮に仕えてくれていたのか」

清人
「まるで、赤子の様だ」

ハナ
「あ、赤子って……」

清人
「はは、すまない。例えがおかしかったな。私たちは、この小さな手に甘えすぎていたのかもしれない」

ハナ
「え……?」

清人
「屋敷へ戻ったら、まずは紀美子に謝罪をさせる」

ハナ
「……しないと思います」

清人
「それでもさせる」

 

私の言葉を遮るように力強く若旦那様が言う。

 

清人
「本も、ハンケチも弁償させる」

ハナ
「べ、弁償なんていいです……あのハンケチじゃなきゃ、あの小説じゃなきゃ意味がないんですから……」

清人
「……そうか」

 

小さくこぼした若旦那様は私の手を引きながらゆっくりと歩き始めた。

 

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清人
「今日はどうか部屋でゆっくり休んでいてくれ。今後のことは、明日話しあおう」

ハナ
「…………」

 

私が戻ったお屋敷の玄関には、既にハンケチも小説もなかった。

何事も無かったかのように、綺麗に掃除されていたのだ。

 

ハナ
(捨てられちゃったのかな……)

 

悲しさを超越していたのか、涙も流れずに私は小さく笑った。

 

清人
「さあ、女中部屋へ」

ハナ
「……わかりました」

 

若旦那様の優しい手が、再び私の腕をつかむ。
そうして連れられるがままに部屋へと向かったのだった。


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あくる日のことだった。
朝を迎えるなり、私はトメさんに呼ばれた。

そうして、トメさんの部屋へと向かってみればそこには若旦那様の姿もあった。

 

清人
「ハナさんの今後について、きちんと話したいと思って」

ハナ
「……私、やはりこのままお勤めすることは出来ません」

清人
「そう早く結論を出すな」

ハナ
「……駄目なんです。怖いんです。眠ろうとしても、紀美子様が脳裏を過ぎり、まぶたを閉じることすらままならないんです」

清人
「…………」

 

若旦那様は、考えこむように深く息をついた。

 

トメ
「ハナの気持ちはわかります。ですが、今は若旦那様の話を聞いてちょうだい」

ハナ
「聞くだけです」

清人
「それでもいい」

 

こわばった表情のまま、若旦那様が言った。

 

清人
「今後の話の前に、知らせておきたいことがある」

ハナ
「なんでしょうか」

清人
「指輪の件についてだ」

ハナ
「っ……」

 

目を見開いた私は、思わず顔を上げ若旦那様を見てしまう。

 

清人
「トメさん、例の物を」

トメ
「ええ、こちらに」


そう言ったトメさんが出したのは紀美子様のショール。
そして、植え込みに落ちていた切れ端。

 

清人
「このショールは一昨日の夜、紀美子が破れたと言いトメさんに直すよう渡した物だ」

ハナ
「え?」

清人
「そうして、この切れ端は……この破けた部分と一致する」

 

言いながら、若旦那様はショールと切れ端をピタリとくっつける。
するとそこには、牡丹の花が完成されたのだ。

 

清人
「一昨日、紀美子はあの植え込みの近くにいた。母様が指輪を落としたその日に、その場所にいたんだ」

ハナ
「あの植え込みの……あっ」

清人
「どうした?」

ハナ
「一昨日の夜、あの植え込みの付近で何か物音を聞きました。暗くてよく見えなかったけれど……」

トメ
「物音を?何時ぐらいのことですか?」

ハナ
「消灯時間頃です」

トメ
「……その時間に何故あなたが外に出ていたのかは今は聞きません。けれど、そうね……紀美子様がこのショールを持ってきたのは消灯時間のすぐ後」

清人
「と、なると紀美子はあの日の夜、指輪を落としていた場所にいた可能性がある」

清人
「……大方、指輪を探していたのだろう」

 

呆れたように若旦那様が言った。

 

ハナ
「ど、どうしてですか?」

清人
「ハナさんに対する嫌がらせをするためだ。指輪を盗んだ濡れ衣を着せる」

ハナ
「それでは、指輪は……?」

清人
「紀美子の部屋にある可能性が高い」

トメ
「紀美子様が学校へ向かれたら、それとなく部屋を探してみます」

清人
「ああ、頼んだ」

 

若旦那様とトメさんのやりとりが、とても心強く思えた。

けれど、すぐに不安が私を襲う。

 

ハナ
「もし、指輪が見つからなければ……」

清人
「見つかる。指輪は紀美子が必ず持っている。しかし、女学校へ持って行って落としでもしたら大問題だ。部屋へ隠してあるだろう」

 

確証のないような言い方だったけれど、若旦那様の瞳を見る限り、部屋に指輪があると信じて疑わない様子だった。


トメ
「そろそろ朝食の支度をしなければなりませんね。ハナはここで、今後のことを若旦那様と話していてください」

ハナ
「え……?」

トメ
「指輪が見つかるまで、あなたは離れにいらっしゃい」

ハナ
「は、はい……」

 

普段は厳しいトメさんの柔らかな口調に調子が狂ってしまう。

 

トメ
「それでは、若旦那様、後のことは頼みましたよ」

清人
「ああ」

 

パタリとふすまが閉まると、若旦那様が改めて私を見た。

 

清人
「ハナさん、今後は私付きの女中になってほしい」

ハナ
「そう言えば……以前もそんなことをおっしゃっていましたよね」

清人
「屋敷のことは、もうしなくてかまわない。今後は私の身の回りの世話だけをしてほしい」

清人
「朝、起こしに来てくれ。仕事へ行くときは見送ってくれ。私が仕事をしている間は部屋の掃除をしてくれ」

ハナ
「……けど、それでは今までの仕事量からしたら少なすぎます」

ハナ
「それに、紀美子様のいらだちは余計に募るでしょう。そうしたら、今まで以上にひどい仕打ちをすると思います」

清人
「そうさせないためにも、指輪を見つけ紀美子を黙らせる」

ハナ
「……そう、うまくことが運ぶでしょうか」

清人
「運ばせる」

 

私の瞳をじっと見つめ、断言する若旦那様。

 

ハナ
「けれど、紀美子様だけではありません。若旦那様を前にこのようなことを言うのは気が引けますが……」

清人
「母様もだろう。もちろん、母様の言動にも目を光らせる」

清人
「……こんなこと、あってはならないんだ。屋敷に尽くしてくれる人間に対して、こんなこと」

 

悔しそうに唇を噛んだ若旦那様。
私は思わず顔を覗きこんでしまう。

 

ハナ
「若旦那様のその思いがあれば……また、お勤めする勇気が持てるかもしれません」

清人
「本当か? これからも、この屋敷にいてくれるんだな?」

ハナ
「もちろんです!」

清人
「そう意気込んだ返事をされてしまっては、私も頑張らなくてはな」

清人
「よし、では私も仕事へ向かう準備をしよう」

ハナ
「あ、お見送りを……」

清人
「無理に屋敷へ出ることはない。紀美子もまだいる時間だ」

ハナ
「そ、そうですよね」

清人
「ここで、見送ってくれ」

ハナ
「はい。では、行ってらっしゃいませ」

清人
「ああ、行ってくる」

 

若旦那様は穏やかな表情で、部屋を出て行った。

私も、そのまま女中部屋へと戻ったのだった。


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そうしてその日の夜。
再びトメさんの部屋を訪れるとそこにも若旦那様がいた。

2人の表情からは指輪が見つかったのかどうかが読み取れない。

 

トメ
「これを」

 

私が座ると、トメさんは丁寧に包まれた布をゆっくりとめくる。

そうして中からは、指輪が出てきたのだ。

 

清人
「間違いないな」

トメ
「ええ、これは奥様の指輪です」

 

2人の言葉が頭の中に入るのに時間がかかった。

様々な感情が邪魔をして、言葉を受け入れられる隙間が無かったのだ。

見つかってよかった、安心した。
やっぱり紀美子様の仕業だったんだ。悔しい。

自分の中では処理できないほどにたくさんの感情が渦巻き、気持ちを声に出せない。

と、若旦那様はおもむろに指輪を手にし立ち上がった。

 

清人
「トメさん、ショールを持ってくれ。紀美子のところへ行く」

トメ
「かしこまりました」

清人
「話をつけてくる」

 

トメさんもショールを手にし、立ち上がる。

 

ハナ
「ま、待ってください。私も、連れて行ってください」

 

咄嗟について出た言葉に自分でも驚きを隠せない。
紀美子様は、今一番会いたくない人のはず。

それなのに、事の行く末をこの目でしっかりと見届けたい気持ちがどこかにあった。

 

清人
「やめたほうがいい。紀美子はまた、ハナさんを汚い言葉で傷つけるだろう」

ハナ
「それでも、私も行きたいです」

清人
「だが……」

トメ
「若旦那様、私からもお願いします。ハナはこの指輪の件に深く関わっています。決着をつけるとしたらその場にハナがいるのは不自然なことではありませんよ」

清人
「……それは、確かに。わかった、ハナさんも来てくれ。だが、くれぐれも私から離れないように」

清人
「紀美子は何をしでかすか私にも理解不能だ」

ハナ
「わかりました」

 

しっかりと頷き、母屋へと私たちは歩みだした。


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紀美子
「なんなの、こんな時間に呼び出して」

 

トメさんに呼ばれた紀美子様は不機嫌なまま食堂へと入ってくる。

そうして、品の欠片もないほどに、ドカっと椅子に座ったかと思えば私を見て表情を固まらせる。

 

紀美子
「ど、どうしてあなたが……? で、出て行ったんじゃないの……?」

清人
「私が連れ戻した」

紀美子
「ああ、たぶらかされた女を連れ戻したの」

 

変わること無い、嫌な笑みを浮かべると、若旦那様は嘲笑い紀美子様の真横に立った。

 

清人
「母様の指輪だが……紀美子は行方を本当に知らないんだな?」

紀美子
「何よ、今になってそんなこと。知らないわよ。昨日だって探しても見つからなかったんでしょう?」

清人
「本当に、知らないんだな?」

紀美子
「だから何よ。同じことを何度も聞かないで!」

 

不機嫌そのものの紀美子様が、ついには立ち上がり、テーブルをバンっと強く両手で叩く。

 

清人
「そうか。そうだな、問い詰めたところで紀美子が本当のことを言うとは思えない」

紀美子
「何が言いたいの?」

 

ジロリと若旦那様を睨みつける紀美子様。負け時と若旦那様もきつく紀美子様を見る。

 

清人
「トメ、あれを」

トメ
「はい、こちらに」

 

トメさんがショールを若旦那様へと手渡すと、一瞬、紀美子様の表情が引きつったかのように見えた。

 

紀美子
「そ、そのショールがなんなの?」

声を震わせながら、紀美子様が尋ねると若旦那様は無言のまま切れ端をショールの隣へと置いた。
 

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