『大正浪漫ラヴストーリー』 <第2話>

『大正浪漫ラヴストーリー』 <第2話>

第1話へ⇐

a0007_002451

ハナ
「あ、あのっ……!」

 

もごもごと、直哉さんの胸の中で声を上げると、頭上に柔らかな息がかかった。

 

直哉
「ハナちゃんが、あんまりにもいじらしくてさ。ついつい抱きしめちゃった。ごめん」

直哉
「……オレね、ハナちゃんみたいな子を守る活動してるんだ」

ハナ
「え……?」

直哉
「オレは、ハナちゃんの正義の味方だよ。あんたを守るサムライってとこかな?」

ハナ
「さむ……らい?」

直哉
「なーんて、時代錯誤だね。……あんたにとって、この上京がいい思い出になるといいんだけど」

ハナ
「……?」

直哉
「あ。ヤベ。あいつらまだ駅にいやがった。
しょうがない。逃げるしかないかな」

直哉
「じゃあね、ハナちゃん。また」

 

私を解放した直哉さんは、逃げると口にはしたものの悠長に口笛をふきながら人混みの中へと消えていった。

 

ハナ
(変な人……)

 

消え行く直哉さんの背中を見ながら、漠然と湧きでた感想。

私みたいな子を守る活動、なんて言っていたけれど……何者なんだろう?

 

ハナ
「いけないっ」

 

流れるように行き交う人々を避けながら、はっとして出口を見た。

すぐにお屋敷へと向かうように言われていたのに、汽車がついてから数十分、私は駅にとどまったまま。

 

ハナ
(急いでお屋敷へ向かわないと!)

 

焦ったまま出口へ向かえば、たくさんの人に肩がぶつかり、まるで下手な踊りでも踊っているかのように私は身を捩らせていた。


ハナ
「あっ、すみません!」

 

何度目だろう。
すれ違う人にぶつかっては謝る。
その繰り返しをして、出口へ走った。

 

ハナ
「あっ」

ハナ
(またぶつかっちゃった)

ハナ
「ご、ごめんなさい!」

チンピラ
「おい、ねーちゃん。人様にぶつかって頭下げるだけか?」

ハナ
「え?」

チンピラ
「ああ、痛ぇ、痛ぇ」

ハナ
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

チンピラ
「大丈夫に見えるか? 思いっきりぶつかってきやがって」

ハナ
「え……」

ハナ
(そんな……私、思いきりぶつかってなんて……)

チンピラ
「治療費払ってもらおうか!」

 

私がぶつかった人は、鬼のような形相を向けてくる。
思わず、その表情に背筋を凍らせた。

 

チンピラ
「おい、金出せよ」

ハナ
「お、お金はありませんっ……」

チンピラ
「治療費出せつってんだよ!」

 

ドスのきいたその声は、駅の構内に響いた。

誰もがその声に足を止め……そうして一度だけこちらをみて逃げるようにその場を去ってしまう。

 

チンピラ
「おい、聞いてんのか! 治療費出せよ!」

???
「いくらだ」

 

再び、怒鳴り散らす声が耳の奥まで届いた時だった。

私とその人の間に1人の男の人が立ちはだかる。

 

???
「いくら必要かと聞いている」

チンピラ
「あ……あんたは……」

???
「どう見ても上京したての娘に、治療費をせびるのは東都の男としてどうかと思うが?」

???
「さあ、言え。いくら必要だ。私がこの娘に代わって支払おう」

チンピラ
「い、いや……し、失礼しました!」

ハナ
「あ……」

 

途端に、その人は走りだしあっという間に人混みに消えた。

 

???
「タチの悪い男にからまれたようだな。大丈夫だったか?」

ハナ
「は、はい。あ、ありがとうございました!」

 

思い切り下げた頭。
そうして、ゆっくりと顔を上げそこに立つ男の人を見ると……。

なんとも例えようのない整った顔立ちが微笑み、私を優しく見ていてくれた。


上等な背広に身を包み、すらっと伸びた足。
先程の直哉さんとはまた違った東都の人間だ。

 

???
「さあ、あまり呆けているとまた人にぶつかるぞ?」

ハナ
「あ、そ、そうですね。あの、助けて頂いて本当にありがとうございました!
では、失礼します!」

 

あまりにも素敵な見目に瞳を囚われてしまっていた。

けれど、駅でこれ以上の時間を食うわけにもならない。

早く、お屋敷へ向かわなくてはならないのだから。

もう一度だけ頭を下げた私は、出口へ向かって走りだした。

 

???
「あ。待て」

ハナ
「へ?」

 

ふいに走りだした手をつかまれ、思わず体制を崩してしまう。

 

???
「何か落ちたぞ。地図か……?」

ハナ
「あっ! 大変。この地図無くしちゃったらお屋敷にいけないところだった……」

???
「お屋敷……ああ、この松乃宮の屋敷へ?」

ハナ
「はい! 今日からそのお屋敷でお世話になるんです」

???
「……なるほど。ならば連れて行こう」

ハナ
「え?」

???
「私は清人。君は?」

ハナ
「あ、えっと、夏井ハナです」

清人
「ハナさん、か。よし、行こう」

ハナ
「はい。お願いします。えーっと、出口はあっちですよね」

???
「この屋敷へ行くには、あの出口ではない。こちらだ」

ハナ
「え? わ、出口他にもあるんですね……」

 

慣れたように男の人が人混みをすり抜けていく。

私はその背中を見失わないように小走りで追いかけた。

 

ハナ
(お屋敷まで……案内してくれるの?)


a0001_000228

清人
「あまりよそ見をしていては、迷子になるぞ」

ハナ
「あ、す、すみません」

 

どうにか駅を抜けた私。

そんな私を待っていたのは田んぼでも畑でもなくて……大きく立派な建物ばかりの景色だった。

清人さんは、私に歩幅を合わせてくれていくのか。道行く人よりわずかに遅い足取りで歩いてくれる。

 

清人
「駅までは1人できたのか?」

ハナ
「い、いえ。お仕事を紹介してくださった方と一緒だったのですが所用があるみたいで、1人でお屋敷へ行くように言われました」

清人
「駅では迷っていたのか?」

ハナ
「迷っていたというか……追われてる人をかくまっていました」

清人
「追われてる人……?」

ハナ
「はい。とても人相の悪い人たちに。それで、その人と少し話をしていて……
急いでお屋敷へ行かないとなのに」

ハナ
「……どうしよう、お屋敷の人たち怒ってるかな。お屋敷についた途端、解雇……とか?」

清人
「そんなことはないだろう」

ハナ
「だといいんですけど……」

 

東都の人間は、直哉さんや清人さんのように田舎者に優しい人もいれば、その逆もあって……。

お屋敷へ向かう一歩がどんどん重たくなってしまう。

 

清人
「屋敷勤めの経験は?」

ハナ
「初めてなんです。村を出るのも初めてで……不安だらけなんです。けど……私が稼がないと家族が食べていけないですからね」

清人
「……そう言った事情で上京する娘は、本当に多いことだな」

ハナ
「そうですね……」

 

乗ってきた汽車の中には、私と似たような境遇を持つ女の人がたくさん見られた。

泣いている人もいれば、不機嫌そうに車窓を眺めている人もいて。

 

清人
「ハナさんの家族は多いのか?」

ハナ
「えっと、父と母と……あと、妹が2人に弟が1人です」

清人
「学生か?」

ハナ
「はい。でも、学校にはいけていないんです」

ハナ
「私もだったんですけど……畑の手伝いをしなくちゃいけなくて学校なんて行ってられませんから」

ハナ
「それに、学校はお金かかりますからね。
私が東都でお仕事して妹たちを学校に通わせられればいいんですけど……」

清人
「そうか。妹たちはきっとハナさんに感謝するだろうな」

 

清人さんがやわらかな笑みを浮かべ私を見た。
思わず、その視線に胸が高鳴ってしまう。

素敵な笑顔だ。
気品のあるその笑みにドキドキとしながら歩みを進める。

 

清人
「ああ、あの屋敷だ」

 

しばらく歩くと、清人さんは大きくそびえる建物を指さした。

周囲の建物とは比べ物にならないほどに立派な西洋風の屋根が見える。

a0007_002003

ハナ
「わぁ! すごいお屋敷!」

清人
「大げさな反応だな?」

ハナ
「す、すみません。で、でもあんな立派なお屋敷見たの初めてで……」

清人
「どうだ? やっていけそうか?」

ハナ
「ど、どうでしょうね……でも、やるしかないですから」

 

貧困の辛さは、私もよく知っている。
私が働くことで、少しでも生活が楽になるのなら……。

どんなことがあろうとも東都で仕事をしなければならない。

 

ハナ
「清人さんは……お屋敷見ても驚かないんですね」

ハナ
「って……当たり前か。東都にはお屋敷がたくさんありますものね」

 

それに、清人さんの着ている物は私たちのような人間では到底手が出せないような代物だ。

つぎはぎだらけの着物を身にまとうような生活はしていないのだろう。

 

ハナ
「……」

清人
「どうした?」

 

歩くに連れ、近づくお屋敷を前にすると自然と言葉数が少なくなってきてしまう。

不安と期待が入り混じり、その足はとうとう止まってしまった。

 

ハナ
「今更……緊張してきてしまったんです」

清人
「何も、そう構えることはない」

ハナ
「お仕事の内容はおおざっぱに教えていただいたんですけど……出来るかどうか」

ハナ
「きっと、村とは何もかもが違うでしょうし……」

清人
「だとしてもだ、まだ屋敷にすら到着していないのに構えたって仕方がないだろう?」

ハナ
「そ、それはそうですけど……。お掃除や食事の用意と聞いていたけれど……」

ハナ
「私の家より何倍も拾いお屋敷の掃除なんてどうすればいいのか……」

清人
「習えばいい。女中は君だけではないのだから」

ハナ
「そ、そうですよね……あれだけ大きなお屋敷なんだもの。たくさんの女中さんがいるんですよね」

清人
「だから、もっと肩の力を抜くべきだ」

 

清人さんの言葉が、頭をすり抜けていく。
今の私には、目の前にそびえるお屋敷が全てだ。

今日から、私はここで寝起きし、このお屋敷のために身を捧げる。

夜寝る時も、朝起きた時も、父さんも母さんもいない。
妹や弟だって。

昼間、外に出たって隣のオバサンやおじいさんに会うこともない。

私……本当にやっていけるの?

こんなにたくさん建物があって、知らない人だらけのこの場所で……。


清人
「ハナさん?」

ハナ
「……考えれば考える程、怖くなってしまって。お屋敷へ、行かないといけないのに足が動かないんです」

清人
「怖い? 何がだ?」

ハナ
「これからの生活です」

清人
「おのずと、慣れていくしかないな。何事も、慣れだ」

ハナ
「そう……ですよね」

 

清人さんの言葉はもっともだった。

それに、不安がっていたって、怖がっていたって村へ戻ることは出来ないんだ。

 

ハナ
「清人さん、私……頑張りますね」

清人
「どうした? 先程とは一変した表情だな」

ハナ
「考えるの、やめたんです。私は家族のために東都で働くって決めたから」

ハナ
「うん、頑張るんだ。私、頑張るから!!」

 

空を見上げて叫んだ。
北に暮らす、家族たちに届くように。

 

清人
「はは、君はなかなかおもしろい人間だ」

ハナ
「こうでもして気合い入れなきゃ、ダメな気がして」

 

そうして私は負の感情を振り払うようにお屋敷へ向かい足を踏み出した。

あと数歩。あと数歩で、私はあのお屋敷に……。

 

清人
「……着いたな」

ハナ
「はい。ありがとうございました。おかげで、迷わずに来られました」

清人
「それはよかった。さあ、行こう」

ハナ
「え? あ、あの、ここからは1人で大丈夫です」

 

お屋敷の前で一度止めた足を、清人さんは再び動かした。
なんの躊躇もなく、敷地内へと進んで行く。

 

ハナ
「き、清人さんてば! も、もう大丈夫ですって。まずいですよ、勝手に足を踏み入れたりしたら」

清人
「勝手に……?」

 

おもむろに足を止めた清人さんが、くるりと私に振り向いた。

 

清人
「ハナさんはおもしろいことを言うな」

ハナ
「え?」

清人
「自分の家に、勝手に入って何が悪い?」

ハナ
「自分の……家?」

ハナ
(ってことは……もしかして……)

ハナ
「清人さんて、松乃宮家のお方だったんですか!?」

清人
「ああ、その通り。ようこそ、松乃宮の屋敷へ。夏井ハナさん」

 

にっこりと微笑んだ清人さんが、改めて私を見たのだった。
 

⇒第3話へ

banner
↑こちらのタイトルの目次は此方へ
banner
↑その他のタイトルは此方へ