『病院の花嫁~愛の選択~』<第6話>~惣一朗ルート~

『病院の花嫁~愛の選択~』<第6話>~惣一朗ルート~

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惣一郎
「病院のことを思うからこそ言うんだ!」

 

この頃、毎晩のように芳恵と惣一郎さんは言い争いになる。

新設される小児難病センターに富裕層の子供を優先していれる件について、見直して欲しいと訴えると、

すでに、一部の患者から寄付金をもらっているから、見直しは無理だと芳恵が言いだした。

 

芳恵
「病院がここまで大きくなったんだから、仕方ないでしょ! 必要なことなのよ!」

惣一郎
「僕は、父さんの志を継ぎたい、患者は家族、寄り添う医療を忘れちゃいけない!」

芳恵
「きれい事だけじゃ、経営はできないの!」

惣一郎
「医療は、全ての人に平等であるべきだ!」

美咲
「鈴木先生も、お義父様の精神を忘れない病院でいればと帰ってきてくれたんです」

芳恵
「はいはい、手柄自慢ね。医師一人を呼び戻したくらいで偉そうに」

 

お父様が亡くなってから、お義母さまの心は益々頑なになっていった。

今や、私はもちろん惣一朗さんの声も届かない。

 

美咲
(どう話せば、分かってもらえるのかしら…)

 

その時、惣一郎さんの携帯が鳴った。
また、病院からの呼び出しだろう。

 

惣一郎
「わかった、すぐ向かう」

 

医師が減り、人手が足りなくて、以前より呼び出しが多くなっている。

病院でも、家でも辟易している惣一朗さんは、目に見えてやつれていた。

 

惣一郎
「急患だ、話は明日にしよう」

 

疲れ果てた顔で、惣一郎さんは出て行った。

 

美咲
(早くお義母さまと分かりあって、惣一郎さんを仕事に集中させてあげたい)

 

芳恵
「あの子、結婚してから変わったわ。私にはむかう事なんて無かったのに」

美咲
「惣一郎さんは、病院のことを思う一心で…」

美咲
「お願いです、惣一郎さんの話に耳を傾けてください」

芳恵
「他人のあなたに何が分かるっていうの!家の事にも病院の事にも口を出さないで頂戴!!」

美咲
「私も、この家の家族です!」

鈴恵
「相変わらずいい子ぶって騙されちゃだめよ、こんな女に」

芳恵
「鈴恵!?」

鈴恵
「うるさいお兄様は出て行ったみたいね。
やーねぇ仕事バカはこんな時までバタバタして」

美咲
「惣一郎さんは、急患の診察の為に病院です、今、人手が足りなくて」

鈴恵
「あ、そう、お母さま。私の取り分は用意してくれたんでしょ?」

芳恵
「相続の手続きが色々あって…それに、今、病院が大変なの。もう少しまってちょうだい」

鈴恵
「今週中って言ったはずよ!」

 

鈴恵さんの異様な剣幕に違和感を抱いた。


美咲
「鈴恵さん、どうしてそんな早急に必要なんですか?
お金に困っている訳ではないでしょう?」

美咲
「森村製薬から借りた5000万、家の金庫から持ち出した数百万、
宝石もお金に変えたら相当な額になったはずだわ」

鈴恵
「うるさい、あんたに関係ないでしょ!」

 

私に同調するのは口惜しそうだけど、お義母さまも口を開く。

 

芳恵
「そうよ、どうしてそんなに急ぐの?」

鈴恵
「今、必要なの、事業に必要なの!」

芳恵
「相手の男は全く出資していないんでしょう?
鈴恵、目を覚まして!」

鈴恵
「きいぃぃぃぃー!!!」

美咲
「やめて!!鈴恵さん!」

 

鈴恵さんは、恐ろしい形相で私の髪をひっぱり、叫びだした。

 

鈴恵
「お前が!!!お前が余計な事言うせいで!」

芳恵
「やめなさい!!!鈴恵!!」

 

芳恵が、鈴恵さんの手を振りほどいてくれたお蔭で助かった。

 

鈴恵
「ひどいわ!
お義母さま、私よりこの女が大事なのね!」

芳恵
「あなたが一番大事よ。だから、その男と別れなさい!その男の為に製薬会社を騙したんでしょ!?」

鈴恵
「……事業が始まったら、返すつもりでいたから騙してないわ!」

芳恵
「あなた、詐欺を働いたのよ!
そんな男といたらひどい目にあう、帰ってらっしゃい」

鈴恵
「話にならないわ!」

 

鈴恵さんは、壁を、バッグで殴りながら出て行った。

 

芳恵
「いい、あなたを庇ったわけじゃないから、いい気にならないで!」

 

背を向ける芳恵の肩が、微かに揺れていた。

 

美咲
(お義母さま、泣いてるのね……)

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圭吾が、店の売り上げをパソコンで打ち込みながら呟く。

 

圭吾
「赤字かぁ」

鈴恵
「お店、そんなに大変なの?」

圭吾
「君が気にいってた物件。どうしても人に渡したくなくて、
貯金をはたいて購入したら、回転資金がつきて参ったな」

鈴恵
「別に、私はどこでも良かったのに……」

圭吾
「そうか、僕が先走りしたようだね、あの店舗の最上階、改装して僕らの新居にしたくて、喜んでもらえると思ったのに」

鈴恵
「すてき! うれしいわ!」

圭吾
「物件買うのが精一杯で機材を買う金が…困ったなぁ……
遺産はどうなった?」

鈴恵
「例の兄の嫁のせいで、まだもらえないの」

圭吾
「いずれ入るんだろ?」

鈴恵
「えぇ。もちろんよ!」

圭吾
「だったら、話は簡単だ。借りればいい、遺産が入れば返せばいいだろ?」

鈴恵
「そうね」

圭吾
「知り合いの金融機関に、連絡してみるよ」


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さびれたビルの一室、小さな金融機関の坂出金融に、圭吾に連れられた鈴恵が入って行くと、満面の笑みで、坂出が迎える。

 

坂出
「いらっしゃいませ、指定の口座に2億、振り込みます、こちらが借用書です」

鈴恵
「2億!? 最初に用意したお金もあるし、こんなに借りなくても」

圭吾
「機材揃えて、新居の改装して、家財道具も買うだろ?これくらい必要だよ」

鈴恵
「遺産いくらもらえるか分からないのよ」

圭吾
「大丈夫だって、あの病院の遺産だぞ」

鈴恵
「でも」

圭吾
「事業が始まれば、遺産あてにしなくてもすぐ返せるさ」

鈴恵
「そうね……」

 

鈴恵はためらいながら、判を押した。

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鈴恵さんのことで弱気になったのか、芳恵は惣一郎さんに説得され、
小児難病センターの事業計画を見直した。

その結果、富裕層の子供以外の患者を受け入れる為、病室の数を増やすことになった。

当然、建設費はかさむ。

加えて、医師不足を補う為に通常より高い賃金で呼び込もうと考えた芳恵が経費削減の為に事務員の給料を引き下げたが、これも改善し、人件費が大幅にアップ。

無欲だった義父の遺産は3億程で、運営費には到底足りない。

芳恵は、銀行に多額の借入をした。

これが、後に私達を窮地に追い込むことになるとは……。

誰も想像しなかった。

それから、三ヵ月後。

無事、建設が終わり、小児難病センターを新規設立、外国人向けの人間ドッグも始まった。

この新規事情は、マスコミに取り上げられ、瞬く間に患者が増えていった。

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休憩時間にロビーを通りかかると、会計を待つ人々で、溢れていた。

 

幼児
「お家に帰りたいー」

妊婦
「もう少しで終わるからね、お金払わないと帰れないでしょ」

幼児
「やぁだー。帰るー」

 

患者さんが増え待ち時間が、長くなっている。

妊婦さん、症状の重い患者さん、お年寄りには、特に負担だわ。

 

美咲
「お会計待つ間、お子さんみていますよ」

妊婦
「ありがとうございます」

美咲
「中庭にいますね、お外で遊ぼうか」

幼児
「うん」


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幼児
「わぁ、公園だ」

 

敷地内には、花や木々が生い茂り、まるで公園のよう。

こんな緑溢れる病院は、珍しい。

院長が病院を継いだ時、入院期間が長い患者さんの事を考え、
隣接した広い空地を買い取り中庭を作った。

必要ないと反対した人も多かったと聞く。

でも、この広い敷地のお蔭で小児難病センターや病室の増設もできた。

 

美咲
(お義父様の想いのつまった病院を、大事に守っていかなくちゃ)

幼児
「あ、とんぼ」

 

もともとあった小川を残したので、とんぼや蛙、自然が一杯ある。

 

美咲
「ほら、あっちにもいるよ」

幼児
「とんぼ、いっぱい!」

 

子供は可愛い。

私もいつか、惣一郎さんとの間に、こんな子が出来ると良いのに。

 

幼児
「あっちは何?」

美咲
「病気のお友達がいるの。良くなるまでは、あそこにいるのよ」

幼児
「ふぅん?みんな遊ばないの?」

美咲
「そうね…元気になるまでは遊べないわね」

幼児
「そっか…」

 

幼いなりに、何かを察知したのだろう。

その子はしばらく、小児病棟を見つめていた。

あの病棟には、手術不可能とさじを投げられ、他の病院から回ってきた子供も多い。

一人でも多く元気になって、家庭に、学校に帰っていくのが私達の願いだ。

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芳恵
「また取材申し込まれたのよ。何色のスーツがいいかしら」

 

雑誌を数冊並べ、誇らしげに芳恵は語る。

松宮先生が、難易度の高い脳腫瘍に成功した記事。

鈴木先生が、小児がんで高い実績をあげている記事。

地域の救命医療にも力を注ぐと語る芳恵の記事がテーブルに並ぶ。

 

美咲
「お義母さまは、華やかな色がお似合いなので、オレンジなんてどうでしょう」

芳恵
「一応、参考にするわ」

 

この頃、食事の時間の会話が和やかで、楽しい。

 

惣一郎
「マスコミを利用するのは感心しないけど、注目されたお蔭で、職員が増えて、ほっとしたな」

芳恵
「海外セレブ向けの人間ドックも好評だし、先行き明るいわよ」

美咲
「でも、どの課も以前より患者数が増えて、待ち時間が長くなったのは気がかりです」

惣一郎
「こっちも以前にも増して忙しい。職員の増員を検討できないか?待ち時間の軽減にもなる」

芳恵
「人件費ってバカにならないのよ」

美咲
「重病の患者さん、お年寄りや、妊婦さんには、長い待ち時間は負担だと思うんです」

芳恵
「そうねぇ、検討してみるわ」

鈴恵
「お義母さま、助けて……」

 

か細い声が聞こえ、リビングの入口を見ると鈴恵さんが立っていた。


芳恵
「鈴恵!」

 

三ヵ月ぶりに見る鈴恵さん、酷くやつれている。

横にいるガラの悪そうな男が…

 

美咲
(まさか、鈴恵さんの婚約者?)

鈴恵
「お義母さま、今すぐ私の分の遺産をちょうだい」

芳恵
「鈴恵、どうしたっていうの?!」

借金取り
「お宅の娘さんが、うちから金借りて、返さへんのですわ」

芳恵
「お金を借りたですって!」

借金取り
「借用書です、きっちり署名してはりますやろ」

惣一郎
「2億!」

鈴恵
「私の遺産あるでしょ、それで払うから」

惣一郎
「お前の分はあるが、2億には到底届かない」

 

鈴恵さんの取り分に少し上乗せして1億渡すと聞いたけど、もう1億必要なんて……。

 

借金取り
「金利ってもんを、忘れとりまへんか」

芳恵
「金利をあわせて…幾らなの?」

借金取り
「2億8千万」

美咲
「3ヵ月で8千万の金利?無茶苦茶だわ!!」

惣一郎
「そんなバカな!」

借金取り
「同意書に金利の説明がキチンと書いてありまっせ。ほら、娘さんのサイン」

鈴恵
「私はここに名前をって言われて、文書は読んでないの…!
何も知らなかったのよ…!!」

借金取り
「娘さん終始こんなんで、話しにならへんのですわ」

惣一郎
「出る所にでたら、こんな金利、通用するわけない」

借金取り
「困るのはあんさん方でっせ。
大病院のお嬢さんがわしらみたいな連中と付き合いがあった、と世間に知れたら」

芳恵
「分かりました、数日中に用意します」

 

その言葉を聞くと、借金取りは帰っていった。

 

芳恵
「一緒にいる男は何をしているの!」

鈴恵
「彼を責めないで…お金をつくる為に知人を回っているの」

芳恵
「あてにならない、騙されているのよ!」

鈴恵
「借金取りが来た時、あの人、殴られたのよ!
彼を、助けたいの」

 

鈴恵さんは、泣き崩れた。

 

美咲
(まだ、その人のことを信じているのね……)

 

私達が止めるのを振り切り、鈴恵さんは男のもとへ帰っていった。


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ガラの悪そうな男達がロビーにいると連絡を受け駆けつけると、昨日の借金取りの姿があった。

まさか、病院まで借金の催促にくるなんて。

 

ヤクザ
「おら、おら、邪魔だじいさん!」

美咲
「やめてください!患者さんが怯えています!」

芳恵
「何事なの!」

 

騒ぎを聞きつけ、芳恵もやってきた。

 

芳恵
「数日中に用意すると言ったじゃないですか!お引き取りください!」

借金取り
「念には念をいいますやろ?五日後に回収しに来ます。
ほな、さいなら」

美咲
「病院に来るのはやめてください」

芳恵
「そうよ、家に来てちょうだい」

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惣一郎さんと私は、病院の勤務を終えると、融資のお願いをする為、銀行へ向かった。

 

銀行員
「ご贔屓にしていただいてる立川様には、まことに申し訳にくいのですが、これ以上の融資は……
惣一郎様には、数ヵ月前に2000万貸したばかりですし」

 

そうだった、鈴恵さんが森村製薬から借りたお金を返す為に、2000万借りたばかりだったわ。

 

 

美咲
「では、私が借ります」

惣一郎
「美咲……」

銀行員
「失礼ですが、こちらは」

惣一郎
「私の妻です」

銀行員
「病院の建設費にかなりの金額を追加で融資しておりまして、
総額10億程に」

美咲
「10億……そんなに」

銀行員
「ご存じなかったですか?
ですから、一族の方にこれ以上の融資は」

 

思えば、経営は理事長のお義母さまが全て取り仕切っている。

私達は、知らな過ぎた……。

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家に帰って、銀行に貸し渋られた事を、芳恵に話した。

 

惣一郎
「10億も借りていたなんて」

芳恵
「あなた方の意見を取り入れたから、こんな事になったのよ!」

 

小児難病センターの病室の増加に、そんなに建設費がかかっていたなんて……。

 

惣一郎
「今更そんな事言わないでくれ。明日も仕事だ、今夜は休もう」

美咲
「また仕事帰りに数軒、銀行を回って融資をお願いしてみます」

芳恵
「そう、今日は疲れたわ。先に休むわ」

惣一郎
「僕も、先に休むよ」

美咲
「おやすみなさい、後片付けをして私も休みます」

 

貸してくれる銀行は見つかるはず。

経営も順調だし、きっと大丈夫……。


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それから、2日後、あの借金取りがやってきた日の写真付きで、

『立川病院、富裕層との癒着。金にまみれた黒い経営、それを証明する豪華な病室』
の見出しで、週刊誌に記事がのった。

 

芳恵
「なんてことなの…」

 

どこからもれたの?

小児難病センターの富裕層の子供を優先的に入院させたと、記事に書いてある。

 

惣一郎
「あの日の写真、まさか、記者が患者で来ていたってことか?」

美咲
「そんな」

 

明日は、借金取りがやってくる。

早くこの問題を片付けないと、病院が大変なことになる。

あちこちの銀行を回り、1億借りることができた。

鈴恵さんの遺産を合わせて2億。

あと、8千万足りない。

 

美咲
「借金取りに渡すお金、あと8千万足りません」

惣一郎
「仕方ない、ある分だけ渡そう」

美咲
「私の給料なんて微々たるものですが払い終わるまでいりません」

惣一郎
「俺もだ、三人の給料を月々渡すと交渉しよう」

芳恵
「そうね、それで納得してもらうしかないわね」

惣一郎
「今が大事な時期だ。母さん、病院の金には手をつけるな」

芳恵
「分かってるわよ」

 

惣一郎さんも私も、経営のことはよく分からない。

お義母さまの言葉を、信じるしかなかった。

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午前中、診療時間で最も患者が多い時間に、借金取りはやって来た。

 

借金取り
「ふざけんな、我!きっちり耳揃えんかい!」

美咲
「家に来る約束じゃないですか」

芳恵
「お願いだから、帰ってちょうだい!」

 

その時、フラッシュが――。

 

記者A
「はってたかいがあったな。まさか、闇金で借りるとは、バカなことを」

美咲
「やめてください、撮らないで」

 

今度は、どんな記事を書くつもりなの?

最近まで、うちの医療を誉める記事を書いていたのに……。

診療には、関係ないじゃない!

この騒ぎに怯えた患者さん達が、続々と帰っていく。

「ヤクザと繋がってたのね…」

立ち去る患者さんが呟いた言葉が、胸をしめつける。

その日の夕方、追い打ちをかける出来事が……。

多数の職員が、辞表を提出してきた。

加えて、病院の周辺に横づけされた何台もの黒塗りの車をみて、芳恵は倒れてしまった。

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ベッドで眠る芳恵が、ようやく目覚めた。

 

美咲
「お義母さま、大丈夫ですか?」

芳恵
「あの人達は?」

惣一郎
「用意した分を渡し帰ってもらった」

美咲
「毎週、500万払う約束で納得してもらいました」

 

こんなその場しのぎ、払っていけるはずないわ……。

お父さんに頼んでみたけど、1円も貸せないと言われた。

ひどいわ、立川家のお蔭で会社は持ち直したというのに……。

 

松宮
「一体、何が起こっているんですか?」

 

松宮先生、鈴木先生、婦長、他にも、古くからいる医師や看護師が多数いた。

 

鈴木
「我々は味方です、どんな事が起きてもこの病院に残ります」

 

惣一郎さんと私は、顔を見合わせ、今、起こっている出来事をその場にいる皆に伝えることにした。
 

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