神妙な顔つきで、彩さんはグラスの氷を揺らしながら話し始めた。
「旦那がね……不倫してるの」
ドクンと胸が打たれた。
彩さんのその告白を聞いたとき、私は一体どんな顔をしていたんだろう。
「……出張っていうのはね、不倫旅行のことなんだ。先週も、今週も行っちゃった」
グラスの中で揺れていた氷が、ゆっくりとその動きを止めた。
「どうして、不倫なんてするのかな……私が、いけないのかな」
「そんなっ! 彩さんが悪いなんて……! 不倫する旦那さんの方に問題が……」
言いかけるけれど、徐々に声が小さくなってしまう。
浜本さんが既婚者だとは決まっていないけれど、私だって知らず知らずのうちに不倫
をしている可能性がある。
(奥さんのことなんて考えたことなかった……)
手に、嫌な汗をかいた。
「ああ、いきなり会ってこんな話なんかしちゃって……ごめんね。言葉に困るわよね」
「い、いえ……彩さん、辛くないんですか?」
「そりゃ辛いわよ。でも、きっと家庭に満足してれば外の女になんて目を向けないんじ
ゃないかしら」
「……例えそうでも、許しちゃいけないと思うんです」
「涼ちゃんにも言われてるの。相手を調べて徹底的に追い込めって……でも、私そんな
自信がないの」
「どういうことですか?」
「不倫相手を見るのがコワイのよ。きっと私より若くてキレイな子でしょうし」
「彩さんよりキレイな人なんて、そう簡単に見つからないと思いますけど……」
「あら、ふふ。ありがとう」
私の言葉に、彩さんは僅かな笑顔を見せてくれた。
(私、何言ってるんだろう……浜本さんのこと、きちんと確認してないのに不倫を全否
定して……)
自分が当事者である可能性が拭い切れない今、彩さんに対してかける言葉は絵空事だ
。
「結婚を前にしてる真央ちゃんに言うことじゃなかったわね。ごめんなさい」
「け、結婚!?」
「涼ちゃんとするんでしょ?」
「え! あ……」
(そっか、私は今涼介の彼女なんだ!)
思いがけない不倫の話でそんなことをすっかり忘れていた私は引きつった笑顔を浮か
べた。
「涼ちゃんは、絶対そんなことしないわ。私が悩んでるのも知ってるし」
「あーでも、涼介ってモテるんですよ」
「ふふ、学生の頃からそうなのよ。でも本人はシャイだから、浮いた話の一つもなくて
」
(シャイ……? どこが……)
私が首をかしげていると、店員さんがオーダーした料理を運んできた。
「よし、仕切り直し。ゴハン食べて食器の話でもしましょ」
「ですね!」
いつの間にか、彩さんの表情に笑顔が戻っていた。