「ごめんなさい、遅くなっちゃった」
レストランのドアをカランと鳴らしながら入ってきた彩さんは困ったような笑顔を見
せた。
「私から誘ったのにね」
「いえ、大丈夫ですよ」
「それにしても、真央ちゃんが居てくれてよかった。なんだか、今日は一人で居るのが
嫌だったから……」
彩さんは視線を伏せながら語尾が掻き消えるぐらい小さな声で言い、メニューを手に
した。
「もう決めた?」
「まだです。このお店って何がオススメですか?」
「そうねぇ、パスタかな。って言っても、私もここ来るの久しぶりなの。昔はよくここ
でデートしてたんだけどね」
「旦那さんとですか?」
「そ、結婚する前だけどね」
旦那さんの話になったとたん、笑顔なのにどこか悲しそうに見えて……。
(電話口の涼介もそうだったけど、もしかして彩さんと旦那さんて上手くいってないの
かな?)
そんな下世話な考えが浮かんでしまう。
「あ、えっと、パスタがオススメなんですよね。じゃあ……あ、これにします。黒胡椒
カルボナーラ」
「……!」
メニューのそこを指すと、目を見開いたまま彩さんの視線を感じた。
「あの、どうかしましたか……?」
「う、ううん。主人と同じの頼むから驚いちゃって。あの人、ここくるといつもそれで
」
「そうなんですか。黒胡椒好きなんですよ」
と言っても、元から好きだったわけじゃなくて……浜本さんが黒胡椒とか辛い物が好
きで一緒に食事してるちに味の好みがうつってしまっただけなんだけど。
(……今日は浜本さんのこと考えるのやめよう)
ただでさえ、涼介の彼女を演じていなきゃいけないのだからなるべく余計なことは考
えたくない。
「今日は涼ちゃんとデートじゃなかったの?」
「はい。昨日残業だったみたいで」
これは事実。私が帰社する時間になってもデスクから離れることはなかった。
(特に急ぎの仕事なんて無いのに、何やってたんだろう?)
「そっかー涼ちゃんも仕事忙しいのね」
「彩さんの旦那さんも、お忙しそうですね。今日も、出張なんですよね?」
「……そうね」
小さな笑みを見せた彩さんは僅かにだけど唇を噛み締めた。
「真央ちゃん……あの、弟の彼女に言うようなことじゃないと思うんだけど……聞いて
くれる?」
まるで懇願するような瞳。
その表情だけで、これからただならぬことを聞かされる予感がした。
「わ、私でよければ聞きますよ」
「そう、ありがとう。実はね……」
↑こちらのタイトルの目次は此方へ
↑その他のタイトルは此方へ