『病院の花嫁~愛の選択~』<ハッピーエンド>~松宮ルート~(ページ2)

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美咲
「お義母さまが?」

 

惣一朗さんから聞いた話はにわかに信じがたかった。

お義母さまが、病院の資金を私的流用していたというのだ。

お義母さまも鈴恵さんも、確かに派手で金遣いが荒いけれど……。

 

美咲
「お義母さまは、立川病院を何より大切に思っていたはずよ」

惣一朗
「母は自分の力で病院を大きくしたと思い込んでいる。
そのおごりが、公私混同させたのだろう」

 

お義母さまが病院の資金を使い込んだ証拠を持ち、警察に説明に行くと惣一朗さんは語った。

 

惣一朗
「そうすれば、松宮先生の潔白が証明され、釈放されるだろう」

美咲
(裏切った私達を、そこまでして助けてくれるというの?)

惣一朗
「君の病状は深刻だ。オペができる医師は少ない。松宮先生が必要だ」

美咲
「でも、私のために病院が……お義母さまが……」

惣一朗
「これは僕のため、病院のため、そして、母のためだ、もちろん……」

美咲
「……」

惣一朗
「君のためだ……僕は、君に助かって欲しい」

 

私を真っ直ぐに見つめる惣一朗さんの視線を感じる。

惣一朗さんに対して申し訳ない気持ちからずっと節目がちに話していたが

顔をあげ、真っ直ぐ見つめて深く頭をさげた。

 

美咲
「惣一朗さん、感謝します。本当にありがとう」

惣一朗
「今まで、僕は君に無関心過ぎた。最後くらい、関わりたいんだ」

 

その言葉が、温かく胸に沁みた。


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惣一朗さんのお蔭でこう君は釈放され、代わりにお義母さまは逮捕された。

鈴恵さんは事情聴取を受けているらしい。

惣一朗さんと義父はこの件に一切関与していない事が認められ、
今まで通り病院に関わっていけると聞き、ホッとした。

だが、世間からのバッシングは相当なものだった。

今まで関わった患者さん達は変わらず支持してくれる。

地域での評判も良いので存続に問題はないようだが、
当分の間、報道陣がおしかけ、対応に追われることになるだろう。

 

惣一朗
「一緒に、帰らないか?」

 

私は惣一朗さんの妻。

一緒に帰るべきだけど……。

 

美咲
(もう一緒には、暮せない……)

 

惣一朗さんには深く感謝している。

でも、私は、こう君を愛している。

 

美咲
(もう自分の気持ちを偽ることは、できない)

惣一朗
「夫婦として、一緒にあの家に戻るという意味ではない。
それは叶わないのは分かっている」

 

マスコミが押し寄せ騒がしいが、設備が整い慣れた場所でオペをして療養する方がいいんじゃないのか。

 

松宮
「そこまで先生の厚意に甘えるわけには、それに……」

惣一朗
「それに?」

松宮
「理事長を、刺激してしまうのではないでしょうか……」

惣一朗
「確かに……」

 

惣一朗さんから聞かなくとも、お義母さまの様子は想像できた。

 

美咲
(きっと、私を恨んでいるはず……)

惣一朗
「今回のことで母は経営から退くことになった。
それは、君たちのせいだと思い込んでいる、逆恨みしているといっても過言じゃない」

 

惣一朗さんは、苦悶の表情を浮かべた。

 

松宮
「やはり、そうですか……」

惣一朗
「身の安全を考えると、あの診療所に戻らない方が賢明だ」

美咲
(そんな、あの場所に帰れないなんて……)

 

こう君と私は、困惑した表情で顔を見合わせた。

 

惣一朗
「母が何をしでかすか分からない」

松宮
「理事長のお怒りは、もっともです。何かありましたら、私が全て責任をとります」

惣一朗
「そうならないように、母を説得するよ、自分の過ちにも気付いて欲しいからね」

美咲
(お義母さまのあの性格を考えると、たとえ息子の惣一朗さんでも大変なはず)

惣一朗
「母もいつの日かきっと理解してくれするはずだ。家族だから……」

美咲
「惣一朗さんの想いは、きっと伝わるはずです」

 

惣一朗さんは、これを機に鈴恵さんを1人立ちさせたいと語った。

その方法を義父と模索していると。

家族の絆が深くなったような気がすると晴れやかな笑顔で語った。

そして、健康保険証と離婚届を私のベッドの上に置いた。

 

惣一朗
「無事にオペが終わって退院したら、出してきなさい」

美咲
「惣一朗さん……」

松宮
「立川先生、本当にありがとうございます」

 

愛する人と生きていける喜び、私を愛してくれた夫への申し訳なさが、胸にうずまく。

惣一朗さんの温情に、こう君も私も語りつくせない感謝の気持ちを述べているうちに、涙が溢れて止まらなくなった。

 

美咲
「惣一朗さん、本当にありがとう……ごめんなさい」


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あの穏やかな時間を過ごせた島、診療所にはもう戻れない。

そう思うと、無性に寂しい。

 

美咲
「退院しても、島に戻れないのね……私達でとり上げた赤ちゃんの成長も見られない」

松宮
「元気になることだけを考えろ。難しいオペだ。看護師の君なら分かるだろう?」

美咲
「どんなに難しいオペでも大丈夫!だって私には、あなたがついているから」

 

こう君に、とびっきりの笑顔をむけた。

 

美咲
(無理して笑っているんじゃない。本当に信頼しているから、心から笑えるの)

松宮
「絶対に治してみせる!俺を信じろ!」

美咲
「大丈夫、信じているわ、少しも怖くない」

 

こう君は私を強く抱きしめ、自分に誓うように呟いた。

 

松宮
「絶対に、治す」

 

私はこう君の胸に顔をうずめ、うなずいた。

 

松宮
「ご両親に連絡しなくて、本当にいいのか?」

 

こう君から、何度も父や母に連絡しようと言われているがそのたびに断った。

 

美咲
(これ以上、両親に心配をかけたくない……)

美咲
「退院したら、真っ先に両親に会いに行って謝るわ」

松宮
「あぁ、二人のことを認めてもらおう」

 

私が自分自身で見つけた幸せを、両親に祝福してもらいたい……。

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美咲のオペが始まった。

5ALAと呼ばれる蛍光物質は、腫瘍にだけ反応して光る。

これを利用することにより、摘出率が上り、正常な部分との判断もつきやすい。

美咲の脳の表面は広範囲に渡って光り、脳幹付近にも及んでいた。

 

井村
「思った以上に病巣が広範囲だな」

松宮
「しかも、こんな深部まで……」

井村
「これ以上、取り除くのは危険だ」

松宮
「取り残せば、失明、歩行困難の恐れがある」

井村
「一歩間違えば、呼吸をとめることになるぞ…
イチかバチかの賭けに出て、大事な人を失うことになってもいいのか!?」

松宮
「大事な人だからこそ、約束を守るんです」

井村
「約束?」

松宮
「約束したんです、絶対に治すって!」

 

浩太は深呼吸して、再びレーザーメスを入れた。

額を、汗がつたう。

 

井村
「よし、いけそうだ、慎重に」


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目覚めると、真っ白な世界が目の前に広がっていた。

頭がぼんやりする。

 

美咲
(ここは……?)

 

自分がどこにいるか分からず、真っ白な世界を見つめていると――。

 

美咲
「こう君?」

 

真っ白な世界に、涙ぐんだこう君が現れ、私を覗き込んでいる。

 

美咲
(こう君、泣いてる……あぁ、そうか…。真っ白なのは、病室の天井……?)

松宮
「約束、守ったよ。病巣は全て取り除いた」

 

麻酔から覚めたばかりの、ぼんやりした私の思考がやっと理解した。

 

美咲
(オペが終わった。私、助かったんだ)

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坂下
「おぉ、ずいぶん回復したね」

 

午後のリハビリが終わり、病室に戻って仮眠をとったが、動き足りない私は廊下を往復し歩いていた。

 

美咲
「体が動くのが何だかうれしくて」

坂下
「自分が病気になると、健康のありがたみを感じるね」

美咲
「はい」

 

本当にその通り、重病を経験して実感した。

命の危機を感じた人間しか分からない不安や絶望。

それを少しでも取り除くように、患者さんに接していきたい。

また、どこかで看護師として働ける。

この喜びを与えてくれたのはこう君、惣一朗さんだ。

 

坂下
「経過も順調だし来週には退院できそうだ、島に戻るよ」

美咲
「すいません……
私達が帰れなくなって、先生のお手伝いが出来なくて……」

 

次の行き先を、こう君は考えているようだけれど、なかなか決まらない様子だ。

 

坂下
「健康さえ取り戻せれば、まだまだ現役!
見舞いに来た島の連中は、君たちの事を随分気に入っててわしが帰るとがっかりするかもしれんな、ははは」

 

坂下先生の豪快な笑い声を聞くと、元気が湧いてくる。

 

坂下
「いつでも遊びに来なさい。みんなで待ってるから」

美咲
「はい」

 

坂下先生に笑顔で一礼して、病室に向かって歩き出した。

井村先生が、真剣な表情でこう君に話しかけている。

二人は、私に気付いていない。

気になって会話に耳を澄ませた。

 

井村
「過疎地医療に埋もれるなんてもったいないです」

松宮
「埋もれるつもりはないです。好きで進む道です」

井村
「まだお若い、色々なオペを経験した上で、医師の育成に力を注ぐべきです。
それからでも遅くない」

松宮
「私の変わりなんて、いくらでもいます」

井村
「いません!」

 

井村先生の剣幕に、こう君は真剣に耳を傾けた。

 

井村
「脳外科の分野は、オペが出来るか出来ないかで明暗を分ける。
リスクの高いオペに臨む医師は少ない。あなたのオペを見れば下が育つはずです。第一線から退くべきではない」

松宮
「そう言って頂けて光栄です。でも……」

井村
「立川病院とのしがらみですか?」

松宮
「それは……」

井村
「だったら、海外という手もあります」

松宮
「海外……」

 

こう君の腕を、このまま眠らせてはいけない。


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松宮
「山と海、どっちがいい?俺たちが住む診療所」

美咲
「私は……海外」

松宮
「美咲?」

美咲
「ごめんなさい、井村先生との会話、聞いてしまったの」

松宮
「でも、大病を患った後だし」

美咲
「大丈夫、私の傍には名医がいるから。過疎地医療は本当にやりたかった事だと思うわ」

松宮
「そうだよ、好きで進む道だ」

美咲
「でも、その前にやり残した事あるでしょ?あなたに、悔いは残させたくない」

松宮
「美咲……」

美咲
「それに……」

松宮
「それに?」

美咲
「私は、こう君がいたから助かった。私のような病を抱える人は大勢いる。
その人達を救って欲しいの、ねぇ、私と約束して。患者をその家族を救うって」

松宮
「わかった、約束するよ」

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やつれた顔で雑誌を読む芳恵。

開いたページには、アメリカの有名病院で活躍する日本人脳外科医、松宮浩太の記事が載っていた。

 

惣一朗
「松宮先生、大活躍だな。俺も負けないように頑張らないと」

芳恵
「こんな男、あなたの方が上に決まってるでしょ」

惣一朗
「困難なオペに挑む姿勢は素晴らしいよ。
俺も諦めずにオペに挑むが迷う時もある、リスクは避けたい。
でも、その記事を読んで、迷いは禁物、リスクを恐れては患者を救えないと学んだよ」

芳恵
「惣一朗、あなた変わったわね」

惣一朗
「そうかな?」

 

美咲が去った後の患者の反応から、惣一朗は人を思いやる大切さを学んだ。

今では、院長と変わらない程患者からの信頼は厚い。

 

芳恵
「私も、変わらないとね……」

惣一朗
「母さん」

 

惣一朗は、芳恵の顔を見て嬉しそうに微笑んだ。

 

芳恵
「鈴恵も、頑張っているし」

 

鈴恵は、事務職全般を学ぶ専門学校はさぼりがちでバイトも続かないものの

小児病棟に頻繁に訪れ、子供たちにピアノを弾き教え本の読み聞かせをしていた。

 

惣一朗
「いつ癇癪おこして、子供に当り散らすかひやひやしていたが…よくやっているよ」

芳恵
「あの子、子供みたいな所があるから、気が合うんじゃない」

鈴恵
「ただいまー」

芳恵
「噂をしていたら、帰ってきたわ」

鈴恵
「専門学校辞めてきたわ」

惣一朗
「父さんがっかりするぞ」

鈴恵
「私、保育士と教員免許とる!その為に大学にいくわ!!」

芳恵
「保育士と教員免許?」

鈴恵
「資格をとって、病院の子供達の世話をして勉強を教えるの」

 

芳恵の目に、涙が光った。

心から自分も変わろうと思った。

 

芳恵
「癪だけど、あの女に会って私達、変われたのかもしれないわ……」


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3年ぶりの日本。

私達は、真っ先にあの島に向かった。

フェリーから降りると、島民人たちがみんな揃って迎えてくれた。

 

坂下
「おかえり!」

松宮
「お久しぶりです、先生」

坂下
「おやおや、家族が増えていたんだね」

 

私達は、顔を見合わせて、微笑んだ。

アメリカに渡って、1年目。

私は妊娠し女の子を出産した。

私達から1字ずつとって『美浩(みひろ)』と名付けた。

やっと、よちよち歩きを始めたばかり。

よろめく美浩に手をさしのべると3歳くらいの女の子が元気に駆けてきて、美浩の手を繋いだ。

 

美咲
(もしかして、この子……)

久美
「大きくなったでしょ」

 

私達夫婦がとり上げたあの時の赤ちゃんだ。

 

久美
「祐希って名づけたの」

松宮
「祐希ちゃん、久しぶり。おじさんがとり上げたんだぞ、大きくなったな」

 

こう君は、笑顔で祐希ちゃんを抱き上げる。

 

久美
「あっという間よ、こうなるの」

 

そう、子供の成長は早い。

昨日はできなかったことが出来たり、髪の毛が濃くなって、歯が生えたり……。

その一瞬、一瞬に深い喜びを感じる。

私もこんな風に両親に育まれ、大人になったんだ。

 

美咲
(お母さんたちに、美浩に会ってもらいたい)

 

退院後、真っ先に両親のもとを訪れたが会ってくれず、私達は渡米した。

アメリカで経験したことを活かすため、こう君は母校の大学病院に復帰が決まっている。

この島に数日滞在した後、実家へ行くことを両親に手紙で告げたが返事はない。

手紙はもう一通書いた。

北陸の港町で出会った智子さんだ。

智子さんとは何度も手紙やメールでやり取りをしている。

こう君が命を救ったことがきっかけで、次男の卓也君が医師を目指し頑張っているそうだ。

こう君は、出来る限り力になりたい、卓也君の夢を叶える手伝いをしたいと二人との再会を楽しみにしている。

 

美咲
「お父さんとお母さん、会ってくれるかな?」

松宮
「許してくれるまで、俺は何度でも通うよ」

 

こう君がそう言ったとき、背後から懐かしい声が聞こえた。

 


「その必要はないよ」

美咲
(この声? まさか)

 

港に集まる島民の後方から、父と母が現れた。

 


「あなたの子なのね…美咲の小さい頃にそっくり」

 

母は涙ぐみ、美浩を抱き上げた。

 


「そうか? 美咲の子供の頃よりも可愛いぞ」

美咲
「もう、お父さんたら……ひさしぶりなのに」

 

あとの言葉は、涙声で続かなくなった。

 

美咲
(私、本当に幸せ……)

 

私に、幸せな道を歩めるように力を注いでくれた惣一朗さん

立川家の人々が幸せでありますように……。

私が出会ったこれまでの人
これから出会う人

すべてに幸せが訪れますように……。

目の前に広がる温かな笑顔をみて、心からそう願った。

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