『病院の花嫁~愛の選択~』<ノーマルエンド>~松宮ルート~

『病院の花嫁~愛の選択~』<ノーマルエンド>~松宮ルート~

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政治家への献金を始め、お義母さまが病院の資金を私的流用していたと知った惣一朗さんは

その証拠を手に警察へ行き、こう君の誤解を晴らしてくれた。

こう君は釈放されたが、代わりにお義母さまは逮捕され、鈴恵さんは事情聴取を受けている。

惣一朗さんは、私は妻、家族だと言ってくれた。

入院費用はもちろんオペ代も支払うと言い、立川病院への入院を勧めてくれた。

入院費用は、全て返金しようとこう君と相談している。

 

美咲
(惣一朗さんの優しさに、そこまで甘えられないもの……)

美咲
「ごめんなさい……私のせいで」

惣一朗
「誤解しないでくれ、君のためじゃない」

美咲
「惣一朗さん」

惣一朗
「自分のため、この病院のためにやったんだ」

 

どれほどの覚悟があって行ったのだろう。

自分の母親を告発したのだ。

 

美咲
(この人は立派だ。それなのに私は、夫であるこの人を裏切り、深く傷つけた)

美咲
「惣一朗さん……私」

 

次の言葉が出てこなかった。

全てを許し、受け入れてくれた惣一朗さんに対して、どう感謝の気持ちを示していいか分からない。

気まずい雰囲気を打ち消すように惣一朗さんが口を開いた。

 

惣一朗
「ようやく、この病院を背負う覚悟が出来たよ」

美咲
「惣一朗さんなら、お義父様に負けない立派な院長になれるわ」

 

本当に、心からそう思う。

 

惣一朗
「君と一緒に、歩んでいきたかったが……」

美咲
「……ごめんなさい」

惣一朗
「謝らなくていい、僕にも責任がある」

美咲
(惣一朗さんは悪くない。私があなたを愛せなかったから、妻になれなかったから……)

惣一朗
「焦ったんだ、君の気持ちを知ってたから、僕は色々と急ぎすぎた」

美咲
「私の、気持ち?」

惣一朗
「一目みて、君が彼のことを好きなのが分かったよ。だから……」

美咲
(やっぱり、私の気持ちに気付いていたのね……)

 

だとしたら、病院で私が松宮先生と仲良く話す姿は、惣一朗さんを不安にしたはず。

 

惣一朗
「君を、僕のものにしたかった。
夫婦という戸籍上の繋がりではなく、君の心を……」

 

惣一朗さんは、目を伏せて悲しげに語った。

 

惣一朗
「与えられることに慣れ過ぎて、どう気持ちを伝えていいか分からなかったんだ」

美咲
「私も、お義母さまや鈴恵さんの事を気にし過ぎて……まず、あなたと向かい合うべきだったのに……」

 

私達、お互いどこかで遠慮していたのかもしれない。

もっと早く話をしていれば……。

ふと気づくと、こう君が戸口に立っていた。

惣一朗さんは、私を病院に迎え入れてくれた上に、オペの執刀をこう君に任せてくれたのだ。

 

松宮
「そろそろ時間です」

惣一朗
「オペが終わるまで、外で待っていてもいいかな」

松宮
「もちろんです」

松宮
「立川先生、先生の寛大さに深く感謝いたします」

惣一朗
「僕は医師として、美咲を治せるのは君しかいない
そう判断しただけだ」

 

オペが終わったら、惣一朗さんと向き合って正直な気持ちを伝えよう。

彼の誠意に対して、私も誠実な態度を示そう。

それが、また惣一朗さんを傷つけることになってたとしても……。

自分の気持ちを偽ってはいけない。

また悲劇を生んでしまう気がするから……。

 

惣一朗
「美咲、がんばれ」

 

惣一朗さんの温かく優しい眼差しは、私の胸を切なく締めつけた。


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病室から手術室までの道のりは長かった。

婦長や看護師仲間、鈴木先生を始めとし、病院の先生方や職員が廊下に並び激励してくれた。

その中に、義父の姿もあった。

 

義父
「惣一朗の父としても、この病院の院長としても、君の行いは許せない」

惣一朗
「父さん、もういいじゃないか」

美咲
「申し訳ありません、お父様……」

義父
「もうその呼び名はやめなさい」

美咲
「……はい」

 

義父の言い分は当然だ、もっと責められたっていい。

私が家を出たのをきっかけに、お義母さまの不正を暴くこちになり、立川病院は経営の危機に陥っている。

お義母さまは、経営から退くことになり、現在、新体制での経営を模索中だ。

院長の人徳と、院長も惣一朗さんも不正に一切関与していない点を考慮され

二人は病院を去らずに済むようだが、世間の風当たりは当分の間、強いだろう。

 

義父
「君は良い嫁ではなかった。だが、素晴らしい看護師だ」

美咲
「院長……」

義父
「私も、いい義父、夫ではなかった。妻や娘のせいで君が辛い立場にあるのを知りながら…
その内どうにかなると楽観していた。
それは、病院の経営に関しても同じだ。私が見過ごしてたばかりに、事態を悪化させてしまった」

美咲
(私のせいで、お義母さまが逮捕されることになったのに許してくれるというの?)

 

ずっと尊敬していた院長の温かな言葉に、涙が溢れてきた。

 

義父
「お互い、償わなければいけない身の上だ。
真っ直ぐ自分の信じる道を歩んでいこう」

美咲
「はい……ありがとうございます」


「美咲」

美咲
「お母さん……お父さん」

 

私が立川病院に入院してから、母は何度も見舞いに来てくれた。

だが、父は一度も顔を見せてくれなかったのに……。

父は、怒ったような困ったような顔で立っていた。

この病院と縁が切れることを、父は相当怒っているはずだ。

 


「美咲、お前には色々、言いたいことがある」

美咲
「はい」


「だから、元気な姿で帰ってきなさい、話はそれからだ」

 

最後は声を詰まらせて、父は私の手を握った。

温かく大きな掌が、私に勇気を与えてくれた。

私は、絶対に元気な姿でかえってくる。

私が迷惑をかけた人傷つけた人
これまで関わった人これから出会う人

全てに感謝の気持ちを示し生きていきたい。

 

美咲
(大丈夫、私にはあの人がついているから……きっと、大丈夫)


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手術室の扉が閉まると、こう君が私を強く優しく抱きしめた。

 

松宮
「絶対に助ける、俺を信じろ」

美咲
「信じているわ」

 

私達は、熱く長い口づけを交わした。

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麻酔が効いてきた。意識がもうろうとする。

 

美咲
(周囲の人に感謝の気持ちを伝えたい……恩返しをしたい…
私は、絶対に生きる。愛する人のために、裏切ってしまった夫のために…生きなきゃ……)

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目覚めると、病室のベッドにいた。

 

美咲
(無事、手術が成功したんだわ)

 

でも、誰もいない……。

不安になり、辺りを見回すと、窓際に女の人が立っていた。

 

美咲
「お母さん?」

女の人
「なれなれしく呼ぶな」

美咲
(この声……まさか)

 

窓際の女の人は、お義母さまだった。

振り返り、包丁を手に不気味に笑っている。

 

お義母さま
「お前のせいで!」

美咲
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

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美咲
「きゃぁぁぁぁーーー!!」

 

目覚めると、真っ白い天井。

周囲を、母、父、惣一朗さん、院長、そして、こう君が私を取り囲み、見つめていた。

 

惣一朗
「大丈夫か? 美咲」

松宮
「脈が若干速いな」

 

私の状態を診る、こう君が呟いた。

 

美咲
「怖い、夢を、みたから……」

惣一朗
「麻酔から中々冷めないから、心配したよ」

 

まだ頭がぼんやりしている。

さっきの夢があまりに生々しくて、動悸がとまらないけれど、

周囲の人が私に微笑む姿を見て、やっと理解できた。

 

美咲
(手術、成功したんだわ)

惣一朗
「松宮先生のお蔭で無事、成功したよ」

松宮
「おかえり、美咲」

 

こう君と私が微笑みあうのを見て、惣一朗さんは、そっと病室をあとにした。

それから三週間――

何事もなく時は過ぎた。

リハビリのかいあって、通常の日常生活に支障がないほどに回復していた。

 

松宮
「心配していた後遺症もなさそうだ。ほんと安心したよ」

美咲
「私は最初から安心していたわ。だって名医がついているんですもの」

 

顔を見合わせ、明るく笑いあう。

こんなちょっとしたことが、尊く愛おしい。

 

松宮
「今日は特別なお客さんがいるんだ」

美咲
「特別なお客さま?」

智子
「久しぶり」

美咲
「智子さん!」

 

あの温かな港町で出会った智子さんと卓也君が、病室に入ってきた。


智子
「あんたのご主人に聞いてね」

美咲
「惣一朗さんに?」

智子
「私の嘘に感謝するって、わざわざ言いにきたんよ……」

美咲
「嘘?」

 

私達が去った後、お義母さまと惣一朗さんが探ねて来て行き先を聞かれたと、智子さんは話始めた。

南の方に行くと私から聞いた智子さんは、私達を守るために、逆方向の北の方へ向かったと嘘をついたと教えてくれた。

そのお蔭で、半年近く穏やかな日々が送れたと知り、私とこう君は、智子さんに感謝の気持ちを述べた。

 

智子
「旦那さんに、感謝した方がいいよ」

 

その通りだ。

私の胸には、惣一朗さんに語りつくせない感謝の気持ち、尊敬の念が溢れている。

 

智子
「どんな事情があるか知らないけど、旦那さん、ええ人よ」

美咲
「うん……わかっているわ」

 

今回のことがなかったら惣一朗さんの素晴らしさに気付けなかったかもしれない。

気付いたからこそ、別れを告げるのが辛かった。

 

智子
「美咲さんと離れていた半年、自分を見つめなおす貴重な時間だったって。
私のお蔭で、冷静になれる時間がもてたって言うてたよ」

美咲
「惣一朗さん、そんな事……」

智子
「やっぱり、いい女にはいい男が寄ってくるんだね。私も、女磨きしないと」

 

智子さんは明るく笑った。

卓也君は、こう君に笑顔を向ける。

 

卓也
「助けてくれてありがとう!俺、大きくなったら、医者になる!」

智子
「急にこんな事言いだしてねぇ。成績も上がって嬉しいけど、お金が……
今まで以上にバリバリ働かないとね」

卓也
「俺、バイトするよ」

松宮
「奨学金制度もあります。困ったことがあれば何でも相談してください、出来る限り力になります」

智子
「ありがとう」

松宮
「卓也君、夢や希望があると人は強くなれる。
強く願い、努力すればきっと叶うんだ、がんばれ」

卓也
「はい!」

 

智子さんと卓也君は、笑顔で去っていった。

二人がいなくなった病室で、こう君は私の手を握り語った。

 

松宮
「立川先生への償いは、僕も一緒に」

 

惣一朗さんの優しさに、どんな償いをすれば許されるのだろう……。

私は、答えをだせずにいた。


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昼食をとり、暫しまどろんでいると、人の気配で目が覚めた。

 

芳恵
「お前のことは、絶対に許せない、この女狐、疫病神」

美咲
(恨みのこもったこの低い声……お義母さま?)

 

お義母さまの手が、私の首に伸びてくる。

 

美咲
「また、夢?」

お義母さま
「夢? それはこっちの台詞だわ! 全部、夢ならいいのにと何度思ったことか!!!」

 

首に伸びた手に、力がこもる。

 

美咲
「ううっ……
やめて、くだ、さい……苦しい」

お義母さま
「お前のせいで全て失ったんだ!」

 

手を払おうとするが、力は入らず意識が遠のいていく。

 

松宮
「やめろ!」

 

こう君が、お義母さまを引き離してくれた。

 

美咲
「げほっ、げほっ……げほっ」

芳恵
「離せ! お前がこんな女にそそのかされたから!」

松宮
「落ち着いてください!」

 

騒ぎを聞きつけたお義父さまと惣一朗さんも、部屋に駆け込んできた。

 

義父
「やめなさい! 芳恵!」

芳恵
「偉そうに!だれのお蔭でこの病院が大きくなったと思ってるの!」

義父
「確かにお前のお陰で、病院はここまで大きくなり発展した。
しかし、初心を忘れ、道を踏み外した代償は大きい!いい加減気付きなさい!」

芳恵
「うるさい!この病院は私のものよ!出て行け!」

惣一朗
「出て行くのはあなたの方だ!」

お義母さま
「惣一朗まで何を言うの?この女が憎くないの!」

惣一朗
「彼女は、僕の病院の患者です。あなたは、部外者だ!出て行ってください!」

芳恵
「あなたまで私を責めるの…?全部、お前のせいだ!」

 

恐ろしい形相で私に掴みかかろうとするお義母さまを、惣一朗さんが抱きかかえて止めた。

 

惣一朗
「母さん、これ以上、失望させないでくれ……」

芳恵
「私は悪くない!悪いのは、この女よ!!まだこんな女のことを…!」

惣一朗
「僕は医師です。医師として言います、患者を傷つける者を許すゆわけにいかない!」

 

お義母さまは、その場に泣き崩れた。


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退院が決まった朝。

こう君と今後の相談をしていると、惣一朗さんが入ってきた。

 

惣一朗
「これ、退院祝いだ」

 

惣一朗さんは、離婚届をベッドの上に置いた。

 

美咲
「惣一朗さん……」

惣一朗
「あとは君の分を書くだけ。今、病院も家も大変だから、君が出してきてくれ」

 

お義母さまは錯乱状態が続き、入院したと聞いた。

鈴恵さんは、お義父さまの勧めで、経営を学ぶために専門学校に通いだし、バイトも始めたらしい。

でも、すぐに辞めてしまい職を転々としていると聞いた。

浪費になれた鈴恵さんが、普通の感覚を取り戻すために、根気強く取り組むつもりだと

だから長生きしないとそうお義父さまは語っているという。

 

惣一朗
「身近な人間の治療ができなければ、医師とは言えない」

 

その表情が、どこか希望に満ちていたのがせめてもの救いだった。

 

松宮
「ありがとうございます……」

 

こう君は、惣一朗さんに深く頭を下げ、肩を震わせていた。

 

松宮
「立川先生、お元気で。本当にありがとうございます」

 

惣一朗さんは、こう君と握手を交わし、出て行った。

 

美咲
(お互い、新たな人生を生きるのね……)

松宮
「立川先生の気持ちに報いるよう、真っ直ぐ、生きていこう」

 

私は、大きくうなずいた。

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美咲
「島が、見えてきたわ」

松宮
「あぁ、何だか懐かしいな」

 

二か月ぶりに帰る、やっと見つけた私たちの安住の地。

あの家に戻ったら、まずやらなければいけないことがある。

それは、家の改築。

卓也君が住む部屋を準備するのだ。

母子家庭の智子さんに、卓也君の塾代は負担だ。

こう君と相談し医学部入学までの間うちで預かることになった。

こう君が家庭教師となり、学費も一部負担させてもらう。

晴れて医師となった日から卓也君が返済する約束で。

 

松宮
「絶対に、国立医学部、現役合格させるぞ!」

 

こう君は、明るい笑顔を私に向けた。

愛する人と共に歩める人生は、素晴らしい。

幸福に満ちている。

すべての人に感謝の気持ちをこめ、私達は誰かのために生きたい。

そう思った。

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