『病院の花嫁~愛の選択~』<第4話>~惣一朗ルート~

『病院の花嫁~愛の選択~』<第4話>~惣一朗ルート~

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電話の向こうから、惣一朗さんの声がする。

いつも冷静な惣一朗さんのこんな慌てた声は聞いたことがない。

 

惣一朗
『美咲、どこにいるんだ!?美咲、返事しろ!』

美咲
「……」

惣一朗
『美咲、帰ってこい』

 

あの家に私の居場所はない……。

帰ったら、また同じことの繰り返し。

どこも行くあてはないけれど、あの家には戻らない、戻れない。

だって、私は家族じゃない。

家政婦の次は泥棒扱い。

そんな場所に帰れるわけない…!

胸の内の想いを全てぶつけてみても、惣一朗さんはきっとこう言う。

「そんなの気にするな」って……。

携帯を耳から遠ざけ、切ろうとした瞬間、土砂降りの雨にもかかわらず惣一朗さんの叫び声が聞こえた。

 

惣一朗
『美咲、たのむ、切るなっ!切らないでくれっ!!』

美咲
「……惣一朗さん」

惣一朗
『美咲、聞いてくれ。家宝の宝石はあったんだ。母と妹の勘違いだったんだ!だから、帰って来い!』

美咲
「勘違い……?」

惣一朗
『あぁ、そうだよ』

美咲
「勘違いですむ問題なの?お母様もお姉様も私の話は何一つ聞いてくれず…泥棒呼ばわりされたわ」

惣一朗
『母も妹も美咲に謝りたいと言っている。帰っておいで』

美咲
「お母様とお姉さまと上手くやっていく自信がないの……」

 

優しい惣一朗さんの声に、知らず知らずの内に涙が溢れてくる。

 

惣一朗
『僕に何でも相談してくれ』

美咲
「だって、何を言っても…惣一朗さんは、気にするなって」

惣一朗
『すまない…これからは君の話を聞く。
母と姉が今回のような事をしたら、君を守る、信じて欲しい』

美咲
「本当に、信じていいの?」

惣一朗
『僕は変わる、約束するよ』

 

電話の向こうの惣一朗さんは、嗚咽をこぼす私を必死に宥めようとしている。

その焦る声音が、私の心を段々冷静にした。

惣一朗さんの言葉を、もう一度だけ、信じてみよう。

 

美咲
「……今から、帰ります」

 

そう言ってから、抱きかかえていたテニスボールと松宮先生の写真が入った箱を思い出す。

これを見られたら、私達の関係を誤解されてしまう。

惣一朗さんは変わると約束してくれた。

私も約束を守ろう。

家でも、病院でも、惣一朗さんの支えになると、両親の前で誓って、結婚を決めた。

その覚悟が足りなかったのかもしれない。

箱を開けて、テニスボールと松宮先生の写真を見つめた。

 

美咲
「さようなら……」

 

本当に、本当にさようなら……。

惣一朗さんと入籍した日、松宮先生に会って立ち去る背中に
「さようなら、ずっと好きでした」
と呟いた。

あの時、想いを決別したつもりだったけど……。

病院で松宮先生の姿をいつも探してた、少しでも話せるように近くにいた。

 

美咲
「私は、立川美咲なの」

 

惣一朗さんの妻として、生きていく。

橋の上から、箱を手放す。

雨で水かさが増し流れが急になった川の中に、あっという間に見えなくなってしまった。

松宮先生への想いも、全て流してしまおう。

私は、声をあげて泣いた。


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美咲
(やっぱり、怖い…)

 

この扉を開けたら、地獄のような日々がまた始まる……。

扉に伸ばした手が震えている。

どうしても開けることが出来ず、手を引っ込めようとした瞬間、

惣一朗さんが飛び出してきて、強く抱きしめた。

 

惣一朗
「美咲!」

美咲
「惣一朗さん……」

 

全身の力が抜けていく、惣一朗さんの声がどんどん遠くなっていく……。

 

惣一朗
「美咲、おいっ、美咲!しっかりしろ!」

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惣一朗さんと芳恵の怒鳴り声で目覚めると、私は寝室のベッドに横たわり、腕には点滴がついていた。

 

芳恵
「あの女狐の演技よ!」

惣一朗
「演技なわけないだろ!39度も熱があるんだぞ!」

芳恵
「何か隠したのは確かよ!」

惣一朗
「二人ですごい剣幕で責めたんだろ?逃げ出して当然だ!」

 

ドアの向こうの喧騒に耳をすましていると、隣から穏やかな声がした。

 

義父
「ずっと、あの調子だ。
惣一朗が、母親にあんな風に言うのを初めて見た。余程、美咲さんが大事なんだな」

 

ベッド脇で、義父が静かに微笑んでいる。

 

美咲
「お義父様……私」

義父
「熱が高い、ゆっくり休むといい。婦長には数日休むと伝えておいた」

美咲
「すいません、ご迷惑をおかけました」

義父
「謝ることはない。悪いのは家内と鈴恵だ」

美咲
「……」

義父
「我が家には優秀なドクターが二人もいる、すぐ良くなるよ」

美咲
「はい」

義父
「だが、義父として、夫としてはいたらなかったようだ、辛い思いさせたね」

美咲
「お義父様……」

義父
「あの二人が辛くあたっていたのは何となく気付いていたんだ……
その内、君の良さに気づくと思っていたが」

美咲
「……」

義父
「甘かったようだ」

美咲
「……」

義父
「これからは、惣一朗も私も、君の力になるよ」

 

義父の言葉が胸に沁みる。

この人がいれば、頑張っていけるかもしれない。

バァーーンと勢いよくドアが開いて、芳恵と惣一朗さんが入ってきた。

 

芳恵
「美咲さん……」

美咲
「……はい」

 

唇を噛みしめ、にらみつける芳恵の顔が恐ろしくて、身が竦む。

 

芳恵
「早合点して……悪かったわね」

美咲
「私も……家を飛び出して、迷惑かけました」

芳恵
「謝ったわよ、もういいでしょ!」

 

怒鳴りつけるように言うと、芳恵は出て行った。

 

惣一朗
「鈴恵は出かけていて…。帰ってきたら、謝らせるよ」

美咲
「もう、いいの」

惣一朗
「でも」

美咲
「惣一朗さんが私の気持ちに寄り添ってくれた、それだけで十分です」

惣一朗
「美咲……」

義父
「新婚さんの部屋には、私はお邪魔のようだね」

 

義父は、おどけたように言うと、ウインクして出て行った。

大病院の院長とは思えない気さくな人柄。

この人の義理の娘になった事は、光栄で喜ばしい。

 

惣一朗
「美咲、帰ってきてくれて、ありがとう」

 

初めてデートした日、あの海辺で、惣一朗さんの誠実さと優しさを確かに感じた。

それに、久しぶりに触れた気がする。


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鈴恵がカクテルを一気飲みすると、圭悟が肩を抱いて慰める。

 

鈴恵
「ほんとムカつく女なの!大人しそうな顔して計算高いのよ。
誰にでもいい顔して、皆に好かれるように振るまって」

圭悟
「鈴恵さんと真逆だね、だから合わないんだよ」

鈴恵
「どうせ、私は……」

圭悟
「違うよ、一見派手で勝気だけど、実は寂しがり屋で一途、だろ?」

鈴恵
「そう、結構私、一途なの!ねぇ、どうしてそんなに私のことが分かるの?」

圭悟
「それは……
君のことが好きだから……」

鈴恵
「圭悟さん……」

圭悟
「鈴恵さん、君となら人生のパートナーになれそうだ」

鈴恵
「人生のパートナー……それって、まさか?」

圭悟
「出会ってばかりでこんな事いうのは軽いかな?
鈴恵さん、結婚してほしい。君には運命を感じるんだ」

鈴恵
「私も…私もよ!
一目見た時から運命感じていたの!」

圭悟
「僕たち幸せになれそうだね」

鈴恵
「えぇ」

圭悟
「そうそう、この前話した一緒にやる事業、良い店舗が見つかったんだ。
これが事業計画書なんだけど、ざっと見積もって1億必要だな」

鈴恵
「1億!?」

圭悟
「取りあえず5000万あれば、店舗借り上げ金や機材の購入費は早急に用意しないと」

鈴恵
「5000万なら…用意できるかも」

圭悟
「ITの次に手を出した飲食店の売上が思うように伸びなくてね。
これ以上借入が出来ないばっかりに、君に負担をかけて悪いね」

鈴恵
「いいの、そんなの気にしないで」

圭悟
「この事業が上手くいけば、店内改装し、シェフも入れ替えそっちも上手くいくよ」

鈴恵
「大丈夫、私に任せて」

圭悟
「僕たちの幸せに、乾杯」

鈴恵
「乾杯」

 

圭悟がニヤリと不敵な笑みを浮かべたのに、舞い上がる鈴恵は気付かない。


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人の気配に目覚めると、時計は午前10時を回っていた。

 

美咲
「いけない、こんな時間!」

 

飛び起きようとした私の肩を、惣一朗さんが、そっと押してベッドに寝かせる。

 

惣一朗
「気にしなくていい、病人なんだから」

 

惣一朗さんが、手で熱を測る。

 

惣一朗
「まだ、微熱がある……」

美咲
「惣一朗さん、お仕事は?」

惣一朗
「今日は午後からの勤務だから、帰りは遅い。夕方には父が帰るから鈴恵や母さんが君に何かしないか、気にしてくれるはずだよ」

美咲
「はい」

惣一朗
「美咲、病棟勤務に戻りたいかい?」

美咲
「……はい」

惣一朗
「分かった、君を信じるよ」

 

こんなに穏やかな朝は、この家に来て初めてかもしれない。

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鈴恵
「お母様、この前言っていた事業資金なんだけど、1億必要なの」

 

書類に目を通していた芳恵が、驚いて鈴恵を見る。

 

芳恵
「1億!」

鈴恵
「無理なら5000万でいいわ」

芳恵
「いくらなんでもそんな大金、これまでだって、あなたに幾ら融通してきたか。
ねぇ、一度その人に会わせてちょうだい」

鈴恵
「忙しい人で、なかなか時間がとれなくて」

芳恵
「学生時代のお友達?女子高の同級生?
それとも、音大時代かしら?」

鈴恵
「私の、婚約者よ」

芳恵
「婚約者!?」

鈴恵
「事業の準備がひと段落したら、挨拶に来たいって言ってるの。
盛大な披露宴を開いてね」

芳恵
「こんな事言いたくないけど……あなた、騙さているんじゃあ」

鈴恵
「ひどいわ! お母様!」

芳恵
「その方とお会いしてお話してみないことにはお金は渡せません」

鈴恵
「私が幸せになる邪魔をするの!?」

芳恵
「鈴恵の幸せを願うから言ってるのよ」

鈴恵
「やっぱり、お母様は私よりお兄様が大事なのね!!」

芳恵
「二人とも大事に決まってるでしょ!」

鈴恵
「だったら、態度で示して!5000万ちょうだいよ!」

芳恵
「鈴恵、落ち着きましょ」

鈴恵
「やっと手に入れた私の幸せを邪魔するなんて!
お母様なんて、大嫌いよ!」

 

芳恵を突き飛ばし、鈴恵が出ていく。

 

芳恵
「鈴恵!」


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庭に出て散歩をしていると、義父が帰ってきた。

 

美咲
「お義父様、おかえりなさい」

義父
「美咲さん、起き上がって大丈夫かい?」

美咲
「はい、熱も下がったし大丈夫です」

義父
「花が好きな芳恵の為に、この庭を作ったんだが…。
この頃はそれを見る時間もないようだ」

美咲
「お義母さま、いつも忙しくしていますものね」

義父
「私が頼りないばっかりに」

美咲
「そんな事ありません!
幾つかの病院で働きましたが、院長のように患者の事を一番に考える医師はいません!」

義父
「だが、病院が大きくなる度にそれが疎かになっていく気がして不安なんだよ…
芳恵も、初心を忘れている気がしてね……」

美咲
「初心?」

義父
「芳恵は、診療所もない貧しい農村で育って、
普通なら助かる病気や怪我で早くに両親を亡くしたんだ」

美咲
「そうだったんですか……」

義父
「弟は生まれつき難病を患っていたが、町医者が気付かなくて、随分苦しんで亡くなったようだよ」

美咲
(だから、小児医療に力を入れているのね。正直、お金儲けしか考えていないと思っていたけど……
お義母さまなりの立派な信念があったんだわ)

美咲
「苦労されたんですね」

義父
「私は三男で気楽に勤務医をやっていたが、兄達が次々と亡くなり、病院を引き継ぐ事になってね。
だが、経営の事は何も分からない、秘書だった芳恵に随分と励まされ、ここまでやってこれたんだ」

 

お義母さまの力がなかったら、立川総合病院は今のように充実した医療が行えなかったのかもしれない。

そう思うと、お義母さまに対して恐れしかなかった私の胸に、別な感情が灯った。

 

義父
「一人でも多くの人を救いたい、想いは一緒だったはずが……
いつからか、すれ違っていった気がする」

 

義父の思わぬ告白を聞いていると、鈴恵さんが帰ってきた。

 

鈴恵
「あら、あんた、まだいたの」

義父
「鈴恵、美咲さんに謝りなさい」

鈴恵
「この女が悪いのよ。あの時、何隠したのよ!」

美咲
「あれは……祖母の形見で」

鈴恵
「ふんっ、しらじらしい嘘言っちゃって」

義父
「鈴恵、やめないか」

鈴恵
「お父様に大事な話があるの、あんたは邪魔、どっか行って」

義父
「美咲さんはうちの家族だ!ここにいてもらう」

美咲
「お父様……」

 

家族……。

家族という言葉が、温かく胸にしみた。

時間はかかるかもしれないけど、鈴恵さんやお母様とだって、いつか家族に……。

 

鈴恵
「チッ、ムカつく」

義父
「鈴恵、舌打ちなんてみっともない。嫁に行けないぞ」

鈴恵
「ふんっ、行けるわよー私、結婚するんだから!
その人と共同経営の事業をする為に5000万必要なの。
お父様用意してちょうだい、たまには私の役に立ってよ」

義父
「そんな大金、簡単に渡せる訳ないだろ」

鈴恵
「お兄様は5000万、この女の家に払って結婚したじゃない!私が結婚する時にも同じ額くれたっていいでしょ!?」

美咲
「5000万は融資です。会社が軌道に乗ったので、少しずつ返済させてもらってます」

鈴恵
「うるさい!5000万でうちに買われたくせに!」

美咲
「そんな言い方…」

義父
「みっともないこと言うんじゃない!」

 

ピシャリ!

いつも穏やかなお父様が、鈴恵さんの頬を打った。

その瞳は悲しみに満ちているのに、鈴恵さんは気付かない。

 

義父
「目を覚ましなさい!
その男は、お前の金が目当てなんだよ!」

 

鈴恵さんは、花を引き抜き、花壇を踏み荒した。

 

鈴恵
「キィィィィーーー!!!
かわいい娘が幸せを掴もうとしているのに!
父親も母親も祝福しないなんて!こんな家めちゃくちゃになればいい!!」

美咲
「やめて、鈴恵さん!」

 

激しく泣きわめく鈴恵さんをみて、本当にその人を愛しているんだと

それだけは、強く感じた。


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その日の夕食は、お義父様とお義母さまそして私の三人だけだった。

 

義父
「鈴恵は、悪い男に騙されているんだ。帰ってきたら、家から出さず説得しよう」

芳恵
「頼りないあなたにそんな事できるんですか!?
私の言う事にも耳を貸さないって言うのに!」

義父
「可愛い娘だが、あの子はわがままで世間知らずだ。そんな風に育てたのは私達なんだよ」

芳恵
「私が悪いって言うんですか!
私は子育ても病院の経営も、一生懸命やってきたわ!」

義父
「そうだね……
今までお前に任せすぎたかもしれない、私が、鈴恵を守るよ」

美咲
「お義父様の想いは必ず伝わります」

芳恵
「ふんっ、しおらしい事言って、家の中が揉めてざまあみろと思っているんでしょ」

義父
「お前がそんな調子だから鈴恵が」

芳恵
「この女が家に来てから碌なことがない。
鈴恵が、この疫病神に気をつかって外出が増えたからこんな事に」

義父
「美咲さんは関係ないだろ」

 

お義母さまは相変わらずだ。

でも、お義父様が庇ってくれるので少し救われる。

それにしても、鈴恵さんが羨ましい。

こんなに両親に想われて……。

この家から飛び出し、実家に助けを求めたけれど、雨の中、父に冷たく追い返されたあの夜を思い出した。

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鈴恵が携帯で話す。

 

鈴恵
「圭悟さん、今から会えない?」

圭悟
「例の物件、他に購入したいという候補者が出てきて、資金繰りで忙しくてね、しばらく会えないよ」

鈴恵
「あ、圭悟さん」

 

プープープー。

切れた携帯の音が悲しげに響く。

 

鈴恵
「早く5000万用意しないと、私の幸せが逃げてしまう」

 

電話の向こうでは、圭悟が若い女とホテルにいるのも知らず、

鈴恵は思いつめた表情で夜の街に消えていく。


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5日ぶりの病院。

病棟を回ると、肺炎で入院していた206号室の立木さんが退院していた。

退院のお見送りが出来なかったのは残念だけど……。

初孫のレナちゃんの幼稚園の運動会は一昨日。

立木さんは、それを見るのを楽しみにしていた。

 

美咲
「退院、運動会に間に合って良かったわ」

 

患者さんが、元気になり退院し、幸せに日常を送るのが一番の喜びだ。

 

美咲
(あら、鈴恵さん……? )

 

キョロキョロと辺りを伺うように見回す鈴恵さんが、スーツを着た男の人と目の前を横切った。

 

美咲
(屋上へ行くのかしら……?)

美咲
(あれは、確か……森村製薬のMRの田中さん)

 

鈴恵さんの様子が、何だか気になる。

妙な引っかかりを覚えて、私は2人の後をつけた。

二人に見つからないように、身をひそめて、会話に耳を澄ます。

 

MR
「本当ですか? それ」

鈴恵
「えぇ、まだ内々のことで正式には発表していないけど、私も経営に加わることになったの」

MR
「今後ともよろしくお願いします」

鈴恵
「以前からあなたにはよくしてもらっているから、特別に伝えとこうと思って」

MR
「来年度、病棟も診療科も新設するんですよね?
是非、うちとの取引よろしくお願いします」

鈴恵
「えぇ、もちろんよ。
その前に一つお願いがあるの。5000万貸して頂けないかしら」

MR
「5000万!?そんな大金……」

鈴恵
「うちも色々入用で……
年度が明けたら必ず返すわ。これはお母様からの伝言なの。内密にね」

MR
「理事長が? 分かりました、社長に相談します」

 

5000万……?

 

美咲
(まさかっ! お母様もお父様もお金を準備してくれなかったから、事業資金に?)

美咲
(だとしたら、大変だわ)

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私が知らないだけで、鈴恵さん、本当に経営に参加するのかもしれない。

でも、婚約者と事業を始めるのに、そんな時間あるかしら?

何だか、嫌な予感がする……。
惣一朗さんが、帰ったら相談してみよう。

ガタッ、ガタッ、ゴトッ

和室から、物音がした。

 

美咲
「和室に誰かいるのかしら……?」


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美咲
「えっ? なに、これ……」

 

和室に入ると、辺り一面に書類が散らばっていた。

 

美咲
「鈴恵さん! 何やってるんですか!」

鈴恵
「チッ、うっとうしい奴に見つかった」

 

鈴恵さんは、札束と書類をバッグに急いで詰め込んだ。

ちらりとみえた書類の文字には、登記証明。

 

美咲
「それって、家の権利書じゃ?どこに持っていくんですか」

鈴恵
「私はこの家の娘なのよ!
自分の家の物をどうしようと勝手でしょ!?」

美咲
「そんな大事な物、持ち出したら大変なことになります!!」

鈴恵
「そうだ、イヒ、イヒヒッ、全部お前がやった事にすればいい」

美咲
「えっ?」

 

鈴恵さんは、家宝の宝石を見せつけ、不気味な笑いを浮かべた。

 

鈴恵
「お母様は、あんたを信用してない。金目当てで嫁いだあんたが、金庫の中身を全部盗んだと言ってやるわ」

美咲
「そんなの調べれば分かります!」

鈴恵
「さぁ、どうかしら?
可愛い娘の私と大嫌いな嫁。お母様はどっちを信じるかしらね」

 

その言葉にぞっとした。

私が説明すれば、惣一朗さん、お義父様は、信じてくれる気がする。

でも、お義母さまは違う。

例え、警察が捜査し、私の潔白が証明されても、私を疑い続けるだろう。

鈴恵さんを行かせては駄目!

私が濡れ衣をきせられるだけでなく、この家が危ない。

 

美咲
「お義父様もお義母さまも、鈴恵さんを心から心配しています。
こんな事したら、二人が悲しむわ!」

鈴恵
「金で買われたくせに、偉そうな事言うな!」

義父
「やめないか! 鈴恵!」

鈴恵
「お義父様!」

義父
「全て聞いた…。
そこまで、貧しい心に育っていたなんて……それを返しなさい!」

鈴恵
「邪魔しないで!」

 

金庫の中身を詰め込んだバッグを奪おうと鈴恵さんと揉みあいになった義父が、突然、胸を掴んで、苦しみだした。

 

義父
「うっ! ぐううっ!! うううっ!」

 

義父は、バタリと倒れて、動かなくなった。

 

美咲
「お義父様! お義父様、しっかりして!」

 

うそっ、息が止まっている……。

 

美咲
「呼吸が止まっている!鈴恵さん! 救急車、救急車を!」

 

私の声が届いたはずなのに、鈴恵さんはバッグを手に家を飛び出して行った。

 

美咲
「救急車、救急車を呼ばなきゃ」

 

震える手で、救急車を呼ぶと、

 

美咲
「お願い、息を吹き返して!」

 

祈るような気持ちで、人工呼吸を行った。

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美咲
「お義父様!しっかりしてください!
もうすぐ病院につきます!」

 

救急隊員の処置により、義父の意識が一瞬だけ戻った。

 

義父
「美咲さん……鈴恵を……
たのむ……救ってやって……くれ」

美咲
「わかりました、きっと救います!」

 

絞り出すように言うと、義父は再び意識を失った。

 

美咲
「お義父様!!」

 

病院到着まで、義父の心臓はもたず、再び動くことはなかった。

この悲劇が更なる悲劇を生むとは、この時の私は知る由もなかった。
 

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