『大正浪漫ラヴストーリー』<第12話> ~直哉ルート~

『大正浪漫ラヴストーリー』<第12話> ~直哉ルート~

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直哉
「ふぅん、じゃあ屋敷で一番仲良かったのがあの子なんだ」

ハナ
「ええ、そうなんです」

 

夕食事、思い出話がてらカヨさんの話しをすれば直哉さんは興味深そうに聞いてくれた。

 

直哉
「で、今日は稲山家で勤めてると」

ハナ
「らしいですね。松乃宮で働いていた女中さんが他にも何人かいるみたいで。すごいですねえ、きっとすっごくお金持ちなんでしょうね」

直哉
「だろーね。……じゃあ、今の松乃宮は大変だね。人手が足りないんじゃ」

ハナ
「ええ……」

直哉
「ちょっとちょっと、なんでハナちゃんがそんなに落ち込んでるわけ?」

ハナ
「トメさんが……松乃宮の女中さんの中で一番長かった人なんですけど、トメさんが今は1人でやっていると聞いたので……それが心配です。それに、若旦那様も、紀美子様と喧嘩ばかりとお聞きしましたから……」

直哉
「……ハナちゃんって、ほんと優しいよね。そりゃまあ、そのトメさんって人と若旦那には世話になったんだろうけどさ、あんな家のことなんか放っておけばいいのに」

ハナ
「そんなっ……そりゃあお屋敷から逃げ出したのは私自信ですけど……あのお屋敷で働けて家族もずいぶんと助かりましたし」

直哉
「ふぅん……ハナちゃんのいい人としては、ちょっと妬けちゃうな」

 

茶目っ気たっぷりの笑顔で、直哉さんが私の顔をのぞき込んだ。
すぐさま、私は顔を真っ赤にして反応してしまう。
すると、直哉さんはケラケラと笑いながらお茶に手をつけた。

 

直哉
「俺はさ、ハナちゃんのいい人になれるかな?」

ハナ
「え!?」

直哉
「あー、そんな反応しないでってば。別に今すぐ、どうこうってわけじゃないよ? たださ、思うんだ。ハナちゃんとこれから先もずっとこうして暮らしていけたらなって」

ハナ
「これから先……? って……え?」

直哉
「……うん、そんな真剣に考えなくてもいいんだけどさ、これからも俺と一緒にいてほしいんだ。ハナちゃんが家に来てくれて助かってるし、毎日楽しいし」

ハナ
「そ、そりゃ私も直哉さんとの生活は楽しいですけど……」

直哉
「けど、は余計。楽しいって思ってくれてるならいいよ。いつまでこの生活が続けられるかわからないけど……なるべく一緒にいたいね」

ハナ
「ど、どうしてそんなこと言うんですか? 望めば、いつまでもこの生活が出来るんじゃ……」

直哉
「んー……それはどうだろうね。ハナちゃんだっていつかは実家に帰るだろう?」

ハナ
「東都にいたいです。家族に会いたい気持ちはありますけど……私はずっと東都でお勤めしてたいなって」

直哉
「ずっと……かあ。それって、おばあちゃんになるまで?」

ハナ
「え? あ、そう言われると……」

直哉
「……ごめんね、答えにくい質問しちゃって。でもさ、永遠ってないんだよ。これから先どうなるかなんてわからない。だから、一緒にいられる日が続く限り、一緒にいたいんだ」

ハナ
「……それは、私もです。今の生活を続けたいです」

直哉
「ほんと? うれしいな、そんなこと言ってもらえるなんて。じゃあ、ハナちゃんのいい人になれるよう頑張ろうっと」

ハナ
「もうっ」

 

からかうような口調に、思わず唇をとがらせると、直哉さんは再び笑った。


直哉
「ああ、ごめん。話、それちゃったね。ハナちゃんはトメさんたちのことが心配なんだっけ?」

ハナ
「あ、はい。……でも、心配しても仕方ないんです。また、あのお屋敷に戻るかって言われたらやっぱり嫌ですし……」

直哉
「そりゃまあね。あのわがままお嬢様のいるお屋敷なんて身がもたないでしょ。……ま、心配なのはわかるよ。見に行ってみる?」

ハナ
「え……?」

直哉
「あの屋敷ならいつでも忍び込めるし」

ハナ
「し、忍び込めるって……」

直哉
「ハナちゃんに会いたくてさ、色々調べたんだよね。どこから忍び込むのが一番安全か、とか」

ハナ
「いや、あの、忍びこむんじゃなくて……ちょっと様子見るだけとかでいいんですけど……」

直哉
「でも、あの屋敷は外からじゃ様子見えないしね。まあ、明日にでも行ってみようか」

ハナ
「直哉さんもついてきてくださるんですか?」

直哉
「そりゃ当然だよ。ハナちゃん1人じゃ心配で行かせられないし」

ハナ
「あの、でもお忙しいんじゃ……」

直哉
「明日ぐらい時間とるよ。朝になったら行ってみよう」

ハナ
「は、はい。ありがとうございます」

直哉
「ん、決まり。さてっとじゃあ片付けちゃおっか」

ハナ
「ふふ、はい」

 

直哉さんはカチャカチャとお皿やお茶碗を桶へと運ぶ。
私もその後ろをついていって、2人で食器を洗うのは毎日のこと。
初めは、男の人にこんなことをさせるのは気が引けてしまっていたのだけれど、直哉さんは長い1人暮らしのせいか慣れているからと言って譲らなかった。

 

ハナ
(そう言えば……直哉さんていつから1人で暮らしているんだろう……)

 

一緒に暮らし始めてしばらく経つけれど、私は直哉さんのことをそんなに知らない。
どうして1人暮らしなのか、地元はどこなのか……なんとなく聞きそびれていた。
でも、それでもよかった。
直哉さんがどこの誰なのかなんて関係ない。
いつか、本人が話してくれるまで待とう。


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朝になり、私たちは家を出た。
紀美子様が学校へ行く時間を見計らってからお屋敷へと向かった。

 

直哉
「ここからじゃ、やっぱ様子が見えないね」

ハナ
「ですね……」

直哉
「中、入ってみる? 今ならあのお嬢様もいないんだろ?」

ハナ
「で、でも勝手に入るわけには……」

直哉
「そりゃそうだけど、ここで眺めてたって、わからないよ」

ハナ
「……そうですよね」

 

お屋敷の前で悩むこと数分。
ふいに聞こえてきた足音に、私と直哉さんは顔を見合わせた。

 

トメ
「……ハナ!?」

 

その足音の主は、買い物かごを手にしたトメさん。
カヨさんとまるきり同じ反応で私の顔を見た。

 

ハナ
「お、お久しぶりです……」

トメ
「ま、まあ、あなたどうしたの? 今までどこにいたの?」

 

そう尋ねながら私に駆け寄るトメさんは、どこか、以前よりもやつれて見えた。

 

トメ
「ああ、でも生きてくれていてよかった。実家へ戻ってもないというし……心配していたんですよ」

ハナ
「ええ、ごめんなさい」

トメ
「いいんですよ、無事でいてくれれば。それで、ハナ、こちらの方は?」

 

トメさんの視線が、直哉さんへとうつった。
昨日のカヨさんとのやりとりを思い出し、自然とはにかんでしまう。

 

ハナ
「いい人……です」

トメ
「ま、まあ! そうなの?」

直哉
「正確には、いい人候補ですけどね」

ハナ
「……冗談で言ったつもりなんですけど」

直哉
「え、ひどっ。冗談なの?」

 

トメさんはそんな私たちのやりとりに笑みを浮かべた。


トメ
「楽しそうな生活を送っているみたいで、何よりです。ハナをよろしくお願いします」

直哉
「いや……はは、なんか照れるね。こんな風にお願いされるなんて」

 

直哉さんに頭を下げるトメさんに、笑顔でこたえる直哉さん。
なんだか、私は恥ずかしくてくすぐったい気持ちのまま直哉さんを見た。
と、ふいに顔をあげたトメさんはまじまじと直哉さんの顔を見る。

 

直哉
「……? え、えっと?」

トメ
「あ……失礼しました。昔、あなたによく似たお方に会ったような気がして……」

ハナ
「直哉さんに?」

トメ
「ええ、あれは……確か、酒問屋の稲山家で……」

ハナ
「え? 酒問屋の稲山家って確か今、カヨさんたちが勤めてるお屋敷ですよね?」

トメ
「ええ。稲山家のご長男によく似ていらっしゃる気が……」

直哉
「俺が? まさか、そんなはずないですよ。他人の空似ってやつです。……ああ、ごめん、ハナちゃん。ちょっと用事思い出しちゃった。ほんと、ごめん。出てくるよ」

ハナ
「え? あ、あの、直哉さん!?」

 

トメさんの言葉を最後まで聞かず、まるで逃げるようにその場を走り去った直哉さん。
追いかけようにも、あっという間にその背中が遠くなってしまう。

 

トメ
「あら……何か気に触るようなこと言ってしまったかしら……」

ハナ
「そういうわけじゃないと思いますけど……あ、あの、違うんです。今日は私の話しをしにきたわけじゃないんです。昨日、カヨさんから今の松乃宮のお屋敷のこと聞いて……」

トメ
「ああ……聞いたのですか」

 

少し視線を落としたトメさんが小さくため息を漏らした。


ハナ
「今は、トメさんが全てお1人で?」

トメ
「ええ、ですから……なかなか、掃除も行き届かなくて。けれど、それも仕方のないことでしょう」

ハナ
「仕方ないって……」

トメ
「今まで辞めていった女中にはずいぶんひどい仕打ちがありましたからね……ハナ、あなたもですけど。誰も、寄り付きたくないでしょう」

ハナ
「…………」

トメ
「それに、今は女中以外にもたくさんの仕事がありますしね。わざわざ松乃宮のお屋敷で働こうと思いませんよね」

ハナ
「トメさんは……辞めないんですか?」

トメ
「私のような年齢じゃ今更他のお屋敷に行っても足手まといですしね。それに……私まで去ってしまったらこのお屋敷はどうなってしまうと思いますか?」

ハナ
「それは……」

トメ
「……私は、働けなくなるまでこのお屋敷に勤めますよ。松乃宮の方たちを放ってはおけませんから」

ハナ
「皆様は……?」

トメ
「紀美子様は相変わらずですが、若旦那様がその分、家事を手伝ってくれることもあって。奥様も……今ではたまに台所へ立ってくれるのですよ」

ハナ
「そ、そうなんですか?」

トメ
「ええ、ですからなんとかやっていけるのです」

ハナ
「……ごめんなさい、トメさん」

トメ
「どうして、あなたが謝るのですか?」

ハナ
「私がお屋敷を逃げ出したりしなければ……」

トメ
「そんなことありませんよ。遅かれ早かれ、松乃宮はこうなっていましたから」

ハナ
「そう、ですか」

トメ
「ええ、ですからあなたはこのお屋敷のことは忘れて、あのお方と仲睦まじく暮らしなさい」

ハナ
「な、仲睦まじく!?」

トメ
「ふふ、ええ、そうですよ」

トメ
「それで、あの直哉さんというお方は何をしているのですか?」

ハナ
「作家です。あの……私が持っていた……」

トメ
「まあ、あの小説の? では、あの方は風刺活動を?」

ハナ
「ええ……難しいことはわからないので詳しくは知らないんですけど……」

トメ
「風刺活動……」

 

トメさんが考えるようにボンヤリと空を見上げた。

 

トメ
「出身はどこなのですか?」

ハナ
「そういう話とかもしなくて……私、直哉さんのこと全然知らないんですよね。でも、わざわざ聞くようなことでもないからいいかなって思ってて」

トメ
「……あの方と、夫婦となるのですか?」

ハナ
「め、夫婦!? ま、まさか! そんなこと考えたこと無かったです。ただ……私も直哉さんも、今の生活がずっと続けばいいなって」

 

口で言いながら、顔が赤くなるのがわかった。
思わず火照った頬を両手で抑えるとトメさんは柔らかく微笑んでくれる。

 

トメ
「ハナ、幸せになりなさい」

ハナ
「は、はい」

トメ
「では、私はこれで」

ハナ
「ええ。あ、あの、また会いに来てもいいですか?」

トメ
「ええ、もちろんですよ」

 

それは、いつも厳しかったトメさんが見せた、最高にやさしい笑顔だった。
思わず胸の奥が熱くなりながら、買い物へ向かうトメさんの背中を見送る。
そうして、その姿が見えなくなれば、私も向きを変えて借家へと歩き出した。

 

ハナ
(……そう言えば、直哉さんは家にいるのかしら?)

 

去り際に見せたあの態度は妙にひっかかる。
今日は、私についてきてくれると言ったのに……。

 

ハナ
(帰ったら、少し話しを聞いてみましょう)

 

そう決めると、自然と借家へ戻る足が速くなっていた。
 

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