ロマンス小説『engagement~誓い~』<第4話>

ロマンス小説『engagement~誓い~』<第4話>

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元気よく屋敷を後にした私は、森の中で途方にくれていた。

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イリス
「……完全に迷子だわ……」

 

今まであまり外へ出歩くことを許されていなかったため、土地勘がまったくないということに、今さら気がつく。

 

イリス
(とりあえず、お腹も空いてきたし、お昼ご飯を食べてからまた歩こうかな)

 

私は休憩を少しだけとってから、また歩き出した。

145

イリス
(けっこう暗くなってきちゃった……)

 

アタッシュケースの中からランプを取り出し、火を灯す。

屋敷を出てからもうだいぶ歩いているはずなのに、未だに街の明かりすら見えず、あるのは木々ばかり。

葉が生い茂っているため、星はところどころしか見えない。

 

イリス
「!?」

 

遠くから野犬か狼か判別がつかない声が聞こえてくる。

イリス
(本来であれば、半日歩けば街に着くはず……)

 

泣きたくて、下を向けばランプの明かりに照らされ、ドレスの裾がぼろぼろになっているのが見える。

 

イリス
「自分で決めたことなのだから、最後まで頑張らないと……!」

 

自分を鼓舞し、私は前を向く。

 

???
「おやぁ? こんなところにかわいらしいお嬢さんがひとりで歩いているなんて」

???
「本当だ……。これはこれはお嬢さん、迷子ですか? それとも、俺らに遊ばれにきた酔狂でかわいそうな人なのかな?」

 

木々の間からにたにたと笑いながら出てきたのは、ふたりの男たち。

 

イリス
(もしかして……夜盗……!?)

イリス
(そんな……この辺りには出ないはずじゃあ……!)

イリス
(そんなこと考えてる場合じゃない! 逃げなくちゃ!)

 

走り出すが、腕をつかまれ、すぐにつかまってしまう。

 

イリス
「は、放してください!」

夜盗1
「そう言わずに、俺らと楽しいことしようぜ? ま、優しくなんてする気はないがな!」

イリス
「は、放して……!」

 

夜盗たちに地面に押し倒され、服に手を――。

 

夜盗2
「おい、車輪の音だ」

夜盗1
「かまうかよ。どうせ馬車なんて乗ってるようなら、貴族だろ。貴族は俺らのことなんて見てみぬふりだ」

夜盗2
「それもそうだな」

 

イリス
(そんなことない……! お父様はそんなことしなかった!)

 

喉まで来ている言葉が、怖さのあまり出てこない。

車輪の音はこちらへ近づいてくる。

 

夜盗1
「ちっ。一応、明かりは落としておけ。余計なちゃちゃいれられても面白くないからな」

 

夜盗のひとりが、私が落としてしまっていたランプの明かりを吹き消す。

ドレスを捲し上げようと、その手が裾へ伸ばされる。

 

イリス
(もうダメなの……?)

 

目をぎゅっと瞑ったそのとき、馬車が私たちの横で止まった音がした。

そして――。

夜盗1
「ぎゃーー!」

夜盗2
「てめぇ! 覚えてやがれ!」

 

夜盗たちが去っていく気配がする。

 

イリス
(一体何が……)

 

???
「こんなことだろうと思っていた」

 

イリス
(この声は……!?)

 

瞑っていた目を開けると、そこには細身の剣を腰に差し、こちらを見下ろしているサフィール伯爵の姿があった。

 

イリス
「ど、どうしてここに……!?」

サフィール
「保留にしていた答えを聞きに行ったら、追い出したと聞いてね。君の居場所を伝えてくれたメイドがいたからここへきた」

イリス
「で、でも……私は結婚のお話はお断りして……」

サフィール
「それで? 街で仕事を見つけて、暮らすとでもいうのか?」

イリス
「そ、そのつもりですが……」

サフィール
「君はよっぽどバカなのではないか? 今までずっと屋敷で暮らしていた者が急に外に出て働けるとでも?」

イリス
「やってみればなんとか……」

サフィール
「しかも、その格好……地味とはいえ、ちゃんとしたものだ。街のごろつきに目を付けられて、身包みはがされ、路頭に迷うのが落ちだ。さっきみたいにな」

サフィール
「それに、その街にさえ到着できていないではないか」

イリス
「そ、それは……」

サフィール
「そんなに私との結婚が嫌だというのなら、これをビジネスと考えてくれればいい。私はもう結婚問題で悩まなくて済むし、君には私が仕事をくれてやる。それで文句あるまい?」

 

イリス
(何か言い返したいのに、言葉が出てこない……)

イリス
(でも、サフィール伯爵が言っているのも間違ってない……)

 

実際に、街にたどり着くこともできなかったし、サフィール伯爵が来なかったら身ぐるみはがされるどころでは済まなかった。

そう思うと、今更ながら身体がガタガタと震えだした。

サフィール
「理解できたようだな」

 

そう言うと、サフィール伯爵はまだ地面に座り込んでいた私の体を軽々と抱き上げ、馬車へ乗せてしまった。

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馬車の中には今にも泣き出しそうなダリヤが座っていた。

 

ダリヤ
「イリス様……! ご無事で良かった……!」

 

そう言うと、ダリヤは声なく静かに泣き始めてしまった。

私が乗ったことを確認した御者が馬車を走らせる。

 

イリス
「心配かけてごめんなさい……」

ダリヤ
「いえ、いいのです。ご無事で本当に良かった……!」

 

イリスは泣き笑いのような表情を浮かべて私を見つめる。

 

イリス
「残りの荷物も持ってきました。これでイリス様の持ち物はすべてですよ」

イリス
「ダリヤ……心配までかけていたというのに……ごめんなさい、ありがとう」

イリス
「でも、どうしてここに?」

サフィール
「君に仕えたいから、自分も連れて行って欲しいとのことだったのでな、私が連れてきた」

サフィール
「忠誠を誓ってくれる者は手元に置いておくべきだからな。いいメイドを持ったものだ」

イリス
「ダリヤ……。連れてきてくださりありがとうございます」

イリス
「それに……助けてくれてありがとうございました」

サフィール
「結婚相手に傷物になられては困るだけだ」

サフィール
「そうだ。これからのことを話しておく」

サフィール
「家の中は特にどこにいても構わない。ただ、私の跡継ぎを作るための嫁なのだと自覚してくれればそれでいい」

サフィール
「それ以外、君が何をしようと、何を思おうと勝手だが、伯爵夫人としての節度を守ってくれ。私が結婚に求めているのはそれだけだ」

 

そう言い捨てると、サフィール伯爵はもう話すことなど何もないと目を瞑ってしまう。

 

イリス
「まだ結婚するとは――」

サフィール
「君にそれ以外の選択肢が残っているとは思えない」

イリス
「……」

サフィール
「私は連日の仕事で睡眠もろくにとっていない。その口を閉じていろ」

 

そのままサフィール伯爵は眉間に皺を寄せたまま屋敷に着くまで眠っていたのだった。

 

ダリヤ
「イリス様。サフィール伯爵はイリス様の持って行かれたランプの光を頼りに、森の中を必死に探してくださったのです」

 

イリス
(……横柄で横暴な人だけど、本当はそんなに悪い人じゃない、のかもしれない……)

 

私は眠っているサフィール伯爵の端正な顔をじっと見つめた。

 

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フリーウェブライター、恋愛ライターとしても活動中。主にいろいろな目線で、ライフスタイル/恋愛/占いについて執筆。たまにライブ活動も行うが執筆最優先の生活が続いている。常に面白いことを探しに旅をしている。「初めまして、バルクです。ベリーグッドではいろいろなジャンルの記事を書かせていただいてます!読者のみなさんのお役に立てたらうれしいなと思います。よろしくお願いします。」