ロマンス小説『engagement~誓い~』<第2話>

ロマンス小説『engagement~誓い~』<第2話>

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昨日のことを考えていたら、突然部屋をノックする音が聞こえてきた。

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イリス
「はい?」

 

中に入ってきたのはこの屋敷の中で唯一の仲良しであるメイドのダリヤだった。

 

ダリヤ
「失礼いたします。イリス様、ハイドランジア様がお呼びでございます」

イリス
「え? 私……?」

 

イリス
(今、サフィール伯爵がいらっしゃっているのよね?)

イリス
(どうしてフリージアではなく、私が呼ばれたのかしら……)

 

ダリヤ
「はい。お急ぎくださいませ」

イリス
「わかったわ」

 

フリージアの氷のような視線を無視して、ハイドランジア叔母様の待つリビングへと向かった。

リビングへと入ると、予想通りサフィール伯爵がそこにいた。

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ハイドランジア
「こちらですよ。さあ、私の隣へ。早く」

 

いつも眉間に皺を寄せているハイドランジア叔母様の頬が嬉しそうに上気している。

 

イリス
(……こんなに嬉しそうなハイドランジア叔母様、初めて見たかもしれない)

イリス
(いつもなら離れたところに座るように言うのに……)

イリス
(でも、お客様の前で変な顔もできないわよね)

 

若干の居心地悪さを覚えながら、私はハイドランジア叔母様の隣に腰をおろした。

 

イリス
「イリスでございます。サフィール伯爵様。昨日のパーティーはいかがでしたでしょうか?」

 

笑顔で挨拶する私を、まるで品定めでもするかのようにじっくりと見つめるサフィール伯爵。

 

サフィール
「ふむ、やはり悪くはないな」

 

イリス
(悪くないって……ものすごく上から目線……)

イリス
(向こうのほうが爵位も上で、男性なのだし、それにフリージアの結婚相手にある相手かもしれないのだから、変な態度をとったりしないように気をつけなくちゃ)

 

胸の内でそう自分に言い聞かせ、サフィール伯爵の言葉ににっこりと笑顔で返す。

サフィール伯爵は満足そうにうなずいた。

 

サフィール
「確認なのだが、君は今まだ嫁ぎ先が決まっていない……。その情報に間違いはないな?」

イリス
「え、ええ……まぁ……」

サフィール
「なら問題はないな。今から私のところに嫁ぐがいい」

イリス・ハイドランジア
「……はいっ!?」

 

思わず、ハイドランジア叔母様と言葉が重なる。

 

イリス
「お断りさせていただきます。そのようなお話でしたら、ぜひこの家の実子であるフリージアへどうぞ」

 

私はまっすぐにサフィール伯爵を見つめて言った。

 

ハイドランジア
「そ、そうですよ、そのお話ならフリージアにぜひ!」

サフィール
「おもしろいな、私の申し出を断るとは……。よっぽど目が悪いのではないのか? それとも頭が悪いのか?」

 

サフィール伯爵は自信たっぷりだ。

 

サフィール
「私はこの家に援助をしようと思っていたのだが……。それはイリスを娶った場合だ」

ハイドランジア
「え、援助……!」

 

ハイドランジア叔母様の喉が鳴る。

 

サフィール
「フリージアという娘ではこの話はなかったことにしよう」

ハイドランジア
「そ、そんな……!! うちのフリージアに何か問題でもあるとおっしゃるのですか!?」

サフィール
「私は顔だけの娘には用はない。もうそんな娘はごまんと見てきた」

ハイドランジア
「……!」

サフィール
「で、援助の申し出を断るのか? 受けるのか?」

 

イリス
(叔母様が唇をあんなにかみ締めて……よっぽど悔しいのよね……)

イリス
(たしかに、モンベリアル家の家計はそんなに羽振りがいいとは言えないもの……)

 

着る物や食べ物、使用人への賃金などで困っているわけではない。

だが、それもぎりぎりの生活ならば、だ。

連日のようにフリージアの婚約相手探しのパーティーを開いている今は、赤字になっていてもおかしくはない。

 

サフィール
「まあ、いい。よく考えておくことだな。この話は保留としておこう。また来る」

 

そう言い残し、サフィール伯爵はモンベリアル家を後にしたのだった。

 

サフィール伯爵が帰ってから、私はハイドランジア叔母様に自室にいるよう言いつけられ、部屋でおとなしくしていた。

しかし、もうすぐ夕ご飯というところで、私はまたしてもハイドランジア叔母様にリビングに来るように言われてしまったのだった。

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ハイドランジア
「お前がいなければ、オーヴェルニュ伯爵の結婚相手はフリージアに決まっていたのですよ!!」

 

リビングに入るなりすごい剣幕で、まくし立てる叔母様。

 

イリス
「そ、そんな……!」

フリージア
「そうですわ……。このわたくしが殿方に断られるなんてこと、あるわけありませんもの」

フリージア
「きっと、あのパーティーのときに何か汚い手でも使ったに違いないですわ」

 

フリージアにはドブネズミでも見るかのような目つきでにらまれる。

 

イリス
「私はそんなことしていません……!」

フリージア
「もういや……わたくし、お父様に言われたから一緒にいましたけど、もう無理ですわ」

フリージア
「こんな人と一緒に暮らしたくありませんわ。ね、お母様?」

 

嫌な笑みを浮かべてこちらを見てくるフリージア。

 

イリス
(まさ……か……)

 

自分の背筋に冷たいものが走るのを感じる。

 

ハイドランジア
「ええ……そうね。もう十分義理も果たしたことですし、あなたには出て行っていただきます」

イリス
「……!?」

 

ハイドランジア
「これも私たちへの恩返しだと思ってちょうだい。あなたがいなければこの話はフリージアにくるはず」

 

イリス
(そんな……。でも、今までお世話になっていたのは事実……)

イリス
(両親がいない私をフリージアと一緒に教養まで身につけさせてくれていた……)

イリス
(それに……モンベリアル伯爵にはよくしてもらっていた……)

 

ハイドランジア叔母様とフリージアもモンベリアル伯爵が領地の見回りから帰ってきて、家にいる間は私のことをいじめたりもしなかったことを思い出す。

 

ハイドランジア
「さ、今からよ。何をぐずぐずしているの? 早く私たちの前から消えなさいな」

 

しっしっと追い払う仕草をされてしまう。

 

ハイドランジア
「これでやっと、姉さんの影を見ることもなく、平穏に暮らせるのね」

ハイドランジア
「これほど嬉しいことはないわ!」

 

イリス
(わかってはいたけれど……叔母様はお母様のことを……)

 

どん底に突き落とされた気持ちがさらに深く深く落ちていくのを感じる。

 

フリージア
「ふふ、ほら早く出て行ってくださる?」

フリージア
「あなたと一緒の空気を吸っていると思うだけで、吐き気がするの」

 

こうして私は着の身着のままの姿で屋敷から追い出されてしまった。

 

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フリーウェブライター、恋愛ライターとしても活動中。主にいろいろな目線で、ライフスタイル/恋愛/占いについて執筆。たまにライブ活動も行うが執筆最優先の生活が続いている。常に面白いことを探しに旅をしている。「初めまして、バルクです。ベリーグッドではいろいろなジャンルの記事を書かせていただいてます!読者のみなさんのお役に立てたらうれしいなと思います。よろしくお願いします。」