ロマンス小説『engagement~誓い~』<第1話>

ロマンス小説『engagement~誓い~』<第1話>

 

ふと、外から聞こえてくる馬車の車輪の音に、勉強のために開いていた本から顔を上げる。

 

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イリス
(来客の予定なんてあったかしら……?)

 

疑問に思いながら、従妹であるフリージアのほうへと視線を向ける。

私に気がついたフリージアも読んでいた最近話題の恋愛小説から目を離し、こちらに汚れたものを見るような一瞥をよこす。

 

フリージア
「いやらしい目で見ないでくださる? わたしくに何か御用でもあって?」

 

イリス
(いつものことだから、さすがにもうフリージアのこの態度には傷つかないなぁ)

イリス
(もうこの家に来て15年くらいになるけれど、最初に会ったときから変わらない……)

 

私の家はこれと言って活躍のない子爵の家だった。

しかし、両親がともにはやり病で亡くなり、屋敷が売られるとき、母の妹の嫁ぎ先であるこのモンベリアル家に引き取られたのだ。

今は一応、養女として、この家に置いてもらっている。

 

 

イリス
「外から馬車の音が聞こえてきたから、誰か来たのかなって思って」

フリージア
「あら、気がつきませんでしたわ」

フリージア
「さすが、卑しい居候さんは耳がいいのね。金貨を落とした音もすぐに聞きつけることができるのではなくて? うらやましいわ。わたしく、そんな真似はとてもできそうにありませんもの」

 

そう言うと、フリージアは窓へと歩き出す。

見た目がお人形のように愛らしいため、今吐き出された言葉を本当に彼女が言ったのかと、知らない人が聞いたら自分の耳を疑うだろう。

 

イリス
(私も最初は驚いたもの……)

 

私も好奇心から、同じく窓へと近寄った。

窓の外を見ると、ちょうど馬車が到着し、中から人が降りてきたところだった。

降りてきたのはきらめく髪をなびかせ、しかめっ面をした、いい仕立ての服を着た男性。

 

イリス
「あの人は……」

フリージア
「サフィール伯爵様……!」

 

黄色い声が聞こえてきた隣を見ると、フリージアが頬を赤く染めていた。

 

イリス
(あの人にどうしてこんなに執心できるのかな……)

イリス
(私にはとても理解ができない)

 

フリージアは窓の外の伯爵に昨夜と同じように見惚れている。

 

イリス
(あんなことがあったというのに……)

 

それは昨夜のパーティーでのこと――。

 

もうすぐ20歳になろうとしているフリージアのため、婚約者探しの社交パーティーが最近は連日のように行われている。

15歳の年齢から始めているのだが、フリージアのその性格のためか一向に婚約者が見つかる気配はない。

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そして、今夜もそのフリージアの婚約者探しのパーティーをやっている。

 

フリージア
「ふふ、面白い方ですね」

 

ホストとして動いている私は、艶やかに笑うフリージアを一瞥する。

 

イリス
(今回で決まるといいのだけれど……)

イリス
(でも、フリージアの目が笑ってないのよね……)

 

そう思いながら、私は他のお客様たちのお相手をしていく。

 

イリス
(今夜も痛烈な一言を放っちゃって周りを凍りつかせて終わっちゃうのかな……)

 

そう心の中でそっとため息をついたときだった。

会場の入り口がざわつきだす。

 

女性客A
「きゃ~! サフィール伯爵様がいらしたそうよ!」

女性客B
「今日も麗しいのかしらぁ~……」

 

うっとりしている女性たちから、招待客であるサフィール・オーヴェルニュ伯爵が到着したことを知る。

 

イリス
(どうして、こんなにも騒がれるのかしら……?)

 

疑問に思いながらもホストである私は急いで、サフィール伯爵のもとへと向かった。

サフィール伯爵のもとへ到着すると、すでにフリージアがお相手をしていた。

 

イリス
(そう言えば、1番楽しみにしていたのがサフィール伯爵だって言ってたわよね)

 

たしかに女性たちが騒ぐように見目麗しいサフィール伯爵。

輝くばかりのブロンドに整った目鼻立ち、王子様然とした人物がそこにはいた。

眉間に皺が寄らんばかりのしかめっ面ではあるが、それすらもプラスの要素に思えてしまう。

フリージアはお相手をしながらも、何度もぽ~っと見つめてしまっている。

 

イリス
(こんなフリージア初めて見る。よっぽど気に入ったのね)

イリス
(たしかに……かっこいい……)

イリス
(あ、とにかく、ホストとしてご挨拶はしないとよね)

 

 

イリス
「ようこそ、おいでくださいました。私がホストのイリス・モンベリアルでございます」

 

フリージアを引き立てるために身につけている質素なドレスの裾をつまみ、会釈をする。

 

サフィール
「サフィール・オーヴェルニュだ」

イリス
「盛大なものではないかもしれませんが、楽しんでくださればと思います」

サフィール
「たしかに、うちのパーティーに比べることなどできないくらい質素だな」

サフィール
「君の着ているそのドレスと同じくらいに」

 

イリス
(た、確かに伯爵家のパーティーとは比べられないかもしれないけれど……すごい言われよう)

 

サフィール
「このパーティーに来たのは何度も招待状が送られたから仕方なくだ」

サフィール
「あまりにも何度も届くのでな、1度行けばもう送られてくることもないだろうと思ってやってきたまでだ」

 

サフィール伯爵に向けていた笑顔が引きつるのを感じる。

 

サフィール
「それと、私に見惚れるのは仕方のないことだが、そんなに食い入るように見つめられるのは趣味ではない」

サフィール
「もう少し距離をとってくれないか?」

 

そばでじっと見つめていたフリージアに言い放つ。

 

イリス
(自分に見惚れるのは仕方ない!? たしかに、かっこいいけれど、そこまで自分に自惚れていられるものなの!?)

 

フリージア
「まあ、淑女として恥ずかしいわ。申し訳ございません」

フリージア
「あまりにも見目麗しくいらっしゃるから……」

サフィール
「まあ、それは事実だがな」

 

イリス
(フリージアの結婚相手になるかもしれないから、ここはぐっと我慢するけれど……)

 

尊大すぎる態度のサフィール伯爵に見惚れる女性たちの気持ちがわからない。

 

イリス
(……ホストとしての仕事を全うするのが優先事項! ここは笑顔で対応しなくちゃ!)

イリス
(でも、フリージアがサフィール伯爵と結婚したら苦労するかもしれないなぁ)

 

サフィール
「ああ、それから君。イリスと言ったね」

イリス
「あ、はい」

サフィール
「モンベリアル家に入った養女というのは君のことか……」

 

イリス
(あまり公にはしていない情報をどうして……)

 

サフィール
「たしか、今は無きメロヴィング家の者というのであっているか?」

 

イリス
(どうしてそこまで知ってるの……!?)

 

イリス
「は、はい。間違いございません」

サフィール
「そうか」

サフィール
「君は教養と一般常識を兼ね備えているようだな」

イリス
「……人並み程度には。モンテベリアル家で身につけさせていただきましたので」

サフィール
「よし、私と一曲踊れ」

フリージア
「そ、それならわたくしがサフィール伯爵と踊りますわ!」

サフィール
「いや、結構。私はイリスと踊る」

 

サフィール伯爵がフリージアに冷たい目線を投げる。

 

サフィール
「まあ、そのあとでいいのなら一曲くらいつきあってやらんでもない」

フリージア
「本当ですか!? うれしいですわ」

 

踊ってくれるという言葉に、すでに一度断られたという事実は吹き飛んだらしい。

 

サフィール
「どうした? ホストとして私をもてなすのが君の仕事だろう?」

イリス
「失礼いたしました。お相手させていただきますね」

イリス
(どうして主役であるフリージアを差し置いて、私にダンスを申し込むなんて真似を……)

 

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フリーウェブライター、恋愛ライターとしても活動中。主にいろいろな目線で、ライフスタイル/恋愛/占いについて執筆。たまにライブ活動も行うが執筆最優先の生活が続いている。常に面白いことを探しに旅をしている。「初めまして、バルクです。ベリーグッドではいろいろなジャンルの記事を書かせていただいてます!読者のみなさんのお役に立てたらうれしいなと思います。よろしくお願いします。」