「女心は難しい」という男たち。
「男心はわからない」という女たち。
たやすく理解し合えないからこそ、
知りたくて知りたくてたまらない想いがあふれることがあります。
その想いを”恋”と呼ぶのでしょう。
若い頃のイタイ自分や、大切にしまってある恋愛の思い出。
そんな昔のことを、思い返しながら読んで欲しい小説があります。
『百瀬、こっちをむいて。/中田永一』です。
切ないタイトルが印象的なこの本は、
短編4本のアンソロジーになっています。
その中でも今回ご紹介するのは、
2014年の映画化も記憶に新しい表題作です。
それぞれが抱える息苦しいまでの切なさに同調し、
彼らの恋愛をかみ締めてください。
自称「人間レベル2」で見た目も能力も地味なさえないオタク・ノボルは、
自分と同類である唯一の友人・田辺と底辺の高校生活を送っていました。
そんな自分たちとは対照的なバスケ部キャプテンで3年のプリンス・瞬が、
1年の教室までわざわざノボルを訪ねてきます。
良家のご令嬢で高嶺の花である3年のマドンナ・神林と交際している瞬とは
真逆の生活を送るノボルですが、実はふたりは幼馴染なのです。
まさかの出来事にざわつく周囲をよそに、瞬はノボルを連れ出し、
百瀬という女子に引き合わせます。
こちらもノボルとは対照的で、
誰とでもフレンドリーな快活な少女でした。
驚いたことに、
瞬はこの百瀬とも交際していることを告げます。
以前一緒にいるところを神林に目撃され、
百瀬との浮気を疑われている瞬。
その疑いを晴らす(?)ために、
ノボルに百瀬と付き合っているフリをしてほしいと言い出します。
兼ねてより慕う瞬のために、
ノボルは百瀬との擬似恋愛を承諾するのでした。
校内で無遠慮に声をかけてくるようになった百瀬。
ふたりが付き合っているフリをしているだけだということは、
ノボルの唯一の友人である田辺にも秘密です。
放課後、学校から離れると百瀬の態度は急変します。
地味なオタクのノボルを罵る声・・・。
演技にも慣れてきた頃、
ふたりは校内で瞬と神林のカップルに遭遇します。
そこで神林の提案により、
ダブルデートをすることになるのです。
ふたりの交際が演技であるとバレないように、
百瀬はノボルの家で作戦を練ることにします。
その頃には百瀬といて楽しい、嬉しいと思うノボルの気持ちは、
演技ではなくなっていました。
百瀬への素直な気持ちを抑えるたびに、
ノボルは息苦しさを感じるようになります。
ダブルデート当日、緊張で気分が悪くなるアクシデントに見舞われつつも、
なんとかプランをこなしたノボル。
「ほおずき市」の会場に落ちていた”ほおずき”を拾い上げ、神林が瞬に手渡します。
そんな様子を見たノボルは、神林を騙していることに罪悪感があふれ、
自分本位な瞬の行動に幻滅します。
そして百瀬の報われない瞬への想いを聞き、
ノボルの心は限界に達するのです。
そんなノボルに声をかけてきたのは、田辺でした。
追い詰められたノボルは、田辺に全てを告白します。
そして恋愛とは縁遠い生活を共に送ってきた田辺に、
百瀬への恋心を確信させられるのです。
覚悟を決めたノボルは、自分の素直な気持ちを瞬に伝えます。
瞬も覚悟を決めたようでした。
ノボルへの謝罪を口にし、百瀬への手紙を託します。
その手紙は、百瀬の目を赤く染めるのでした。
「実は百瀬のことが好きだった」
友人として遊ぶようになっていた百瀬にようやく気持ちを告げたのは、
東京の大学に合格し、上京が決まった頃でした。
「どうして今そんなことを言うの」
怒って背を向ける百瀬。
まさか怒らせるとは。
困ったノボルは百瀬を引き止めます。
「百瀬、こっちを向いて。」
あのダブルデートから8年。
地元に帰ってきていたノボルは、偶然にも神林と再会します。
瞬と結婚した神林のお腹には、子供が宿っていました。
ノボルはずっと気になっていたことを口にします。
あの日、神林が瞬に手渡した”ほおずき”の花言葉は「裏切り、不貞、浮気」。
”ほおずき”を渡したのは、彼への戒めだったのではないか・・・?
8年もの間ノボルの胸の内にあった疑問。
そんなノボルの質問に神林は、人差し指を唇に当て、ただ微笑むのでした。
静かなる怒りを秘めたまま浮気を黙認し、
結婚することを選んだ神林が圧巻です。
チクリと刺す女の毒が、なんとも背筋を冷やします。
一方、ダサい地味男だったノボルが、
恋をして人間スキルをあげていく様も気持ちよい展開でした。
タイトル通りの百瀬とノボルのエピソード、キュンと心を潤しますね。