【ショート ストーリー】
『弟』
弟と福島から、東京へ出て来て、三年目。
1Kだけど、大家さんが親の知り合いだったので、
とても安く貸してくれている。
私は看護師三年目、弟は今年薬剤師になった。
勉強して、二人で手固く、頑張った。
下駄箱の上に 大黒様の貯金箱が置いてある。
あの中のお金を出すには、大黒様を割らなければならない。
二人とも、もうすっかりクセとなり、
小銭でお財布がふくらむと、チャリンチャリンと大黒様の背中へ入れる。
弟がよく仕事の帰りに、ポケットから、小銭を入れている姿を
私は何度となく見てきている。
「いくら、貯まったかね?」たまに、弟と話す。
「5万はカタイな」
楽観的な弟は大目に言う。
…じゃ、まあ、3万位かな、私は割り引いて考えておく。
あの震災から、4年が経った。
両親を亡くし、その友人が、東京へ来いと部屋を空けてくれた。
着のみ着のまま、転がり込み、どうにか落ち着いた毎日を送っている。
私も弟もいつかは、又、福島へ帰ろう――そう思い、大黒様へお金を預けている。
私は今日は当直明けの休みだった。
掃除、洗濯、テレビを観て……ふと、大黒様を持ち上げてみようという気になった。
高さおよそ50㎝、ウエスト45㎝といったところの大黒様。
「えいッ!」 あれ!? まさか……
持ち上がらない! 重くて持ち上がらないのだ。
女の私ではズラす言さえ出来ない。
私はガッツポーズしてしまった。
「1円、5円玉は入れんなよ」と弟は言った。
・・・・・・ということは、ああ、大黒様、これは、大金なのでは、ないでしょうか?
試しにもう一度持ち上げようとした時に、弟が帰って来た。
「あ、お帰り~」
「ねえちゃん、何やってんのさ?」
「ケンジ、持ち上げてみて、大黒様。重くて持ち上がらないんだよ」
「ああ、あとで、片手で持ち上げてあげるさ」
弟は狭いキッチンへたち、ご飯をよそい始めた。
「ねえちゃん、こんくらいでいいんだろ?」
私は炭水化物禁、ダイエット中である。
チンジャンロースをトレ―の真ん中に置いて夕食を始めた。
「大黒……」 「…あのさぁ~」 ケンジと同時に言葉が飛び出した。
「何? ケンジ言いなよ」 「いや、ねえちゃん、言えば…」 「いいから、ケンジから」
私はご飯を三杯食べた。
でも、気持ちは落ち着かなかった。
涙が自然と落ちてきた。
お父さん、お母さんが震災で、死んでしまったんだなと、改めて思った。
そう――
こんな、弟とのままごとみたいな生活がいつまでも続くはずなかったのに…
馬鹿だ私は……32にもなって、何考えてたんだろう・・・・・・
「俺、好きなヤツできて、そんで、結婚する約束した…」
確かに弟は、ご飯をかき込みながら、そう言った。
私は物入れから、トンカチを引っ張り出した。
「ね、ねえちゃん、どうする気だよ!」
私は玄関の前へ行くと、ビクとも動かない、大黒様を一発で仕留めた。
ガチャーン!! ジャラジャラ……
幾らかも見当がつかない、小銭が私の足元に降りそそぎ山を作った。
「すげーッ!」と、弟。
私は意味なく笑った――大声で笑い転げた。
「ケンジ、おめでとう! 小銭で悪いけど、お祝金だ」
弟ははじめて泣いた。
あの震災の時も泣かなかった 弟が。
父、母を亡くした時も、涙を見せなかった弟が。
大黒様の顔は割れずに、微笑んでいた。
*END*