直哉
「あー、やっぱりハナちゃんだ」
ハナ
「直哉……さん……?」
その声に振り向けば、そこには優しい笑顔のままの直哉さんがいて。
だけど、ぐちゃぐちゃになった泣き顔の私を見て、表情が一変した。
直哉
「ど、どうしたの!? 何が……」
ハナ
「…………」
直哉
「……もしかして、またあのお嬢様に何かされた?」
ハナ
「はい……」
直哉
「はぁ、やっぱり。何があったの? ほら、言ってごらん」
直哉さんの柔らかな声が降り注ぐ。
すると、今まで私の中で渦巻いていた負の感情が少しずつ溶け出して……なんだか妙に安心出来た。
ハナ
「……紀美子様に、直哉さんからいただいたハンケチと小説をボロボロにされてしまいました。それで……耐え切れずお屋敷を飛び出してしまい……」
直哉
「あのお嬢様そんなことを……」
ハナ
「ごめんなさい、直哉さん……せっかく、私にくださったのに」
直哉
「そんなこと気にしなくたっていいよ。それよりさ、これからどうするつもり?」
ハナ
「これから……?」
直哉
「そ。あのお屋敷に戻るの?」
ハナ
「そ……それは……」
直哉
「戻るなら、送っていくよ。でも、もし戻りたくないなら……」
直哉さんの腕が、そっと私の肩に伸びた。
直哉
「戻りたくないならさ、俺のところへおいでよ」
ハナ
「直哉さんの……ところへ……?」
直哉
「うん。そりゃまあ、狭くてボロい借家だけど……きっと松乃宮の女中部屋なんかとは比べ物にならない場所だよ。それでもよければ、おいで」
ハナ
「でも……わ、私が働かないと家族が……」
直哉
「じゃあさ、こうしよう。松乃宮ほどの金は出せないけど、ハナちゃんが掃除とか料理とかしてくれればちゃんと支払うよ
ハナ
「え……?」
直哉
「俺、頑張って稼いでくるからさ。だから、俺のところへおいで。もう、あんな屋敷に戻る必要なんてないよ」
ハナ
「直哉さん……」
直哉
「さ、そうと決まれば俺の家行こう。ここにいたら、松乃宮から誰かが探しにきちゃうかもしれないからね」
ハナ
「あっ」
言うと同時に直哉さんが私の腕を引っ張り、そのまま走りだした。
人混みを器用にすり抜けながら、あっという間に駅を脱出する。