ハナ
「そうですね……確かに大きさはいいんですけど、もう少し下の丸みを削ってください。それから、水はけ用の穴なんですけど……」
清人
「やはり、ハナさんの意見はためになるな」
ハナ
「きょ、恐縮です……」
清人さんの会社で働きはじめて数ヶ月。
ハツカダイコンの仕事は順調に進んでいた。
苗も、土も選び終わり、今は鉢植えの最終確認。
育て方を記した紙も、刷り上がった。
清人
「ああ、そうだ。今月分の支払いがまだだったか。これを」
清人さんに差し出された封筒、それはお給金の入ったものだった。
この会社でお世話になってから、きちんとお給金はもらっていたけれど……今月はいつもより封筒が厚く感じた。
確かめるように封筒の中をちらりと見ると、やはり先月よりは多い。
ハナ
「あ、あの清人さん、多すぎじゃありませんか?」
清人
「そんなことはない。今月はいつもの月に増して仕事をしたからな。多い分でたまには自分の好きな物を買ったらどうだ?」
ハナ
「え?」
清人
「仕送りばかりで、自由になる金はないだろう? あったとしても、裏庭の畑に蒔く種を買っていては自分の物が何も買えないではないか。生活資金は私の稼ぎで間に合っているのだから、ハナさんの金は自由に使え」
ハナ
「そう言われましても……私、貧乏だったから何を買えばいいのかわからないんです。今必要なものもないですし」
清人
「いや、だからって何かあるだろう? 着物でも、ショールでも」
ハナ
「いえ、今持っている物だけでじゅうぶんですよ。まだ、着られますし」
清人
「だが……」
ハナ
「あ、も、もしかしてみすぼらしいですか? こんな着物で会社にいるとご迷惑になったり……」
清人
「いや、それはない。ただ、ハナさんだって年頃の女性なのだから、着飾りたいと思うかと考えたんだ」
ハナ
「そんな……着飾るなんて、私みたいな貧乏人には……あ、だったらこのお給金で奥様に刺繍糸を買います」
清人
「母様の……? そ、それではハナさんの物ではないではないか」
ハナ
「いや、そうなんですけど……この前、刺繍糸の色をもっと増やしたいとおっしゃっていたので。奥様、刺繍をしているときは気が紛れるみたいで笑顔も多いんですよ」
清人
「しかし……ハナさんは母様のことが苦手だろう?」
ハナ
「え? ふふ、清人さん何をおっしゃってるんですか。私、けっこう奥様と仲良いんですよ? この前は編み物を教えてもらいました」
清人
「そ、そうだったのか?」
ハナ
「ええ、奥様が倒れてから今日まで……私たちの仲はずいぶんと改善しましたよ。奥様も、今の生活を受け入れられるようになってきましたし」
清人
「はぁ、本当にハナさんには頭があがらないな。ハナさんがいなかったら、今頃我が家は一家離散だ」
ハナ
「そんなことありませんよ」
清人
「いや、本当にハナさんのおかげだと思っているんだ。無賃金で我が家に仕えてくれて、家計を助けるために畑まで作ってくれて……。おまけに新しい事業の手がかりを与えてくれた」
清人
「このハツカダイコン事業は必ず成功する。そうしたら、家族にもっと楽な生活をさせてやれるぞ」
ハナ
「わ、楽しみです!
白いお米を食べられるようになりますかね? あ、毎日とは言いません。一ヶ月に一度くらいでも……」
清人
「白い米? はは、毎日三食食べられるようになる」
ハナ
「え!? そ、そんなに!?」
あまりの驚きに声がひっくり返ってしまう。