翌朝。
いつもより眠る時間が少なかった割には元気に仕事が出来ていた。
それはきっと、衿の中にあるお守りのおかげ。
ハナ
(直哉さんにもらった本……いつか読めるように)
カヨ
「ハナ、向こうを掃除してくれる?」
ハナ
「はい、わかりました」
カヨさんに言われたのは、昨日私が物音を聞いた場所。
ハナ
(あの音……なんだったんだろう?)
考えながら、植え込みを見ると糸くずのようなものが見えた。
ハナ
「……何かしら、これ」
しゃがんでそれを見てみると、辺りには何本か桃色や茜色の糸があった。
そこには布の切れ端まで。破けてはいるが、どうやら牡丹が描かれている物のようだ。
ハナ
(……紀美子様の着物の物かしら?
でも、まさかね。紀美子様がこんな場所に来ることもないだろうし)
切れ端と糸くずを落ち葉と共にホウキではいていると、ふいに声をかけられた。
千代
「手を止めなさい」
ハナ
「え? あ、奥様。おはようございます。紀美子様も……どうかなさいましたか?」
紀美子
「お母様が、昨日、この辺りで指輪を無くされたのよ。あなた、見てない?」
ハナ
「見ていません。どのような物でしょうか? お探しいたします」
千代
「あなたは結構。盗られでもしたら大変です」
ハナ
「えっ……そ、そんな、盗ったりなんて……」
紀美子
「わからないわよ? だって、あなたたち貧乏人には相当に価値がある指輪ですもの」
ハナ
「っ……」
紀美子
「あ……ふふ、こんなこと言っていたらお兄様に告げ口されてしまうわねえ? ああ、こわいこわい」
紀美子様が鼻で笑いながら植え込みの辺りを歩きまわる。
紀美子
「それで、お母様? 本当にこの辺りで間違いはないの?」
千代
「ええ、そうですよ。トメにでも探させましょう。紀美子、屋敷へ戻りますよ」
紀美子
「あらぁ、それじゃ駄目だわ。この女が黙って持ち去っちゃうわよ」
ハナ
「わ、私はそんなことしません!」
紀美子
「でも、見当たらないわよ~?」
ハナ
「そ、その植え込みの辺りを探してみてはいかがでしょう?」
紀美子
「はぁ!? 女中の分際であたくしに指図するの!?」
ハナ
「い、いえ……そういうわけでは……」
紀美子
「ねえ、実はもう既にあなたが盗ったんじゃない?」
ハナ
「わ、私が? そのようなことはっ」
紀美子
「主に口答えするんじゃないの!」
言葉と共に、強烈な平手打ちが私の頬を襲う。