優しかったお義父さまが亡くなったショックと葬儀の準備に追われ、
鈴恵さんが、森村製薬のMRに5000万の融資をお願いした事、
家の金庫から宝石や現金、家の権利書を持ち出したことを伝えたのは、
お義父さまが亡くなってから2日経った頃だった――
惣一郎
「なんだって!?
金庫の中には現金は数百万だが、家の権利書や実印が入っていたはずだ!」
美咲
「私達が知らないだけで、鈴恵さん、経営に参加するのかもしれないわ」
惣一郎
「その可能性は低い…。母は鈴恵を溺愛しているが、経営にはシビアだ。
鈴恵に任すとは思えない。それに、父の死を伝えても帰ってこないんだぞ」
美咲
「それは、あんな風に飛び出していったからじゃないかしら……」
鈴恵さんの電話は、ずっと繋がらない。
メールもしたけれど、通夜にも葬儀にも帰ってこなかった。
美咲
(自分が育った家を売り払うなんて、普通じゃ考えられないけど、今の鈴恵さんは、普通じゃない。
婚約者の為なら、何をするか分からないわ)
惣一郎
「森村製薬にそれとなく話を聞く。美咲は、顧問弁護士に相談してくれ」
美咲
「はい」
話し込んでいたら、後ろから懐かしい声が聞こえた。
父
「美咲、こんな所にいたのか!」
美咲
「お父さん、お母さん…」
母
「この度は、ご愁傷様です」
両親の後ろに、あの時鈴恵さんと話していたMRの姿が見えた。
惣一朗さんは私に目配せをして、私もそれに頷き返す。
惣一郎
「弁護士の方は頼むよ。
お義父さん、お義母さん、本日はお忙しい中、ありがとうございました」
惣一郎
「少し失礼しますね」
父
「どうか気落ちせず、私のことを本当の父だと思って何でも相談してください」
惣一郎さんは、父と母に一礼すると、足早に去っていった。
父
「さすが立川病院の院長だな、
地元の名士揃いだ。後で挨拶に回らないと」
美咲
「こんな場で営業しないで」
父
「お前は早く会場に戻れ、理事長にいい所見せろ!
お前が気に入られると俺の立場も良くなる。さっき弁護士と言ってたな!
遺産の話か?相当な額なんだろうな」
美咲
「お父さんには、関係ないでしょ」
親族席では、興味本位で遺産の額を訪ねる人がいたり、
自分の立場を売り込む会話が飛び交っている。
美咲
(実の親からも、こんな話を聞くなんて……
院長の死を本当に悲しんでるのは患者さん達だけだわ……)
母が私の手を握り、呼び止めた。
母
「美咲、色々あると思うけど頑張るのよ」
母の手の温かさに、ほっとする。
はりつめていた心がほぐれ、涙が溢れ、止まらなくなった。
美咲
(尊敬してた、大好きだった院長がいなくなってしまった……)