若旦那様はぽつりぽつりと紀美子様の過去を話しだした。
清人
「紀美子は幼い頃、体が弱かったんだ。そのせいもあって、家族は皆、紀美子を甘やかせた」
清人
「どんなわがままを言ったって、紀美子が元気になればそれでいい。その一心で」
ハナ
「お体が……?」
清人
「今は、成長したおかげか健康な体で学校に通えているが母様は甘やかす癖が抜けなくてな……。紀美子が中等部に進学した頃、それ以上の甘やかしは辞めたほうがいいと進言したことがあった」
清人
「しかし、母様はやめることなく紀美子を甘やかし続けた。だが私は次第に紀美子に厳しく接するようになったんだ」
清人
「母様が甘やかす分、私が厳しくする。父様は仕事にしか興味がなく、紀美子が健康になってからは一切、関心を示さなかった」
清人
「いつしか、紀美子は私を憎み、母様を慕い、傍若無人なまま成長してしまったんだ」
ハナ
「それであの性格……納得しました」
思わず本音が溢れると、若旦那様は苦笑いを浮かべた。
清人
「幼い頃から、甘やかすことなどせず接していればこんなことにはならなかっただろう」
ハナ
「そんな。若旦那様は悪くありません。お体が弱ければ誰だって心配します。元気になるためなら、甘やかします」
清人
「ありがとう。私はあんなわがまま娘に育て上げた張本人なのに」
ハナ
「だから、そんなことないです。それに……私、大丈夫ですから」
清人
「何がだ?」
ハナ
「紀美子様に何を言われたって、何をされたって、頑張りたいんです」
清人
「家族のため……か?」
ハナ
「それもありますけど……私を支えてくれる人たちがいますから。
トメさんも、カヨさんも。もちろん、若旦那様も。それに……」
清人
「それに?」
ハナ
(……直哉さんのことは黙っておこう)
あの人のことを、誰かに話してしまうのはなんだかもったいない気がした。
ハナ
「ううん、なんでもないです。とにかく、私は1人じゃないですから」
清人
「……無理はするな」
ハナ
「していませんよ。これだけ味方してくれる人がいて、お給金がいただけて、食にも寝る場所にも困らない仕事です。そう簡単に投げ出したりしませんよ」
清人
「……ハナさん、君はとても強い人間なんだな」
ハナ
「え……?」