控室を訪ねていた私たちの前で、遥香さんの携帯が鳴った。
遥香
「……大事な仕事の話なの。ひとりにしていただけないかしら」
静かだけれど、強い口調。私は取り出した名刺を置いて部屋を出る。
廊下に出たとたん、真野さんがつぶやいた。
真野
「さっきのあれ……何かありそうだな」
紗希
「どういうこと?」
真野
「あれは、仕事の電話じゃねえな。たぶんプライベート……で、おそらく相手は男だ」
紗希
「旦那さんじゃないの?」
真野
「なんで旦那なんだよ。旦那なら『仕事の話』なんてごまかす必要ないだろ?」
紗希
(あ、そうか)
真野
「それに仕事の相手なら、大体『おつかれさまです』とか『お世話になっております』とか言うよな」
紗希
「あ……」
真野
「だけどさっきは……」
遥香
「……ごめんなさい。今ちょっと……後でかけ直すわ」
紗希
「……普通の言葉遣いだった」
真野
「ってことはつまり……どういうことだ?」
真野さんが私を見つめて意味深に笑う。
紗希
(じゃあやっぱり……)
納得しながらも、真野さんの観察眼の鋭さに内心、舌を巻いていた。
その時、講演後のパーティ開始を告げる放送が流れ始める。
紗希
「いけない、行かなくちゃ」
私は、真野さんと一緒にパーティ会場へと向かった。