【怪談】重過ぎる棺(4)最終回:小柄な老婆の棺がまるで数人分の重さだった【芦屋道顕】

【怪談】重過ぎる棺(4)最終回:小柄な老婆の棺がまるで数人分の重さだった【芦屋道顕】

重過ぎる棺(4)最終回:小柄な老婆の棺がまるで数人分の重さだった

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■「私が死んだら、必ず」

さて、ようやくタイトルの話ができる。亡くなった老婆、いや彼らの母が生前に書き残した葬儀についての遺言の中に、必ず棺に納めるよう指示されたものがあった。

「必ず、床の間の人形を納めること」けれど「人形は葬儀屋の人に扱ってもらうように。身内は誰も触れてはいけない」とあった。そもそも、弁護士が遺言を確認する前に息子達を呼んでしまったけれど、本来は葬儀に息子達が立ち会うこともなく、老婆の身内は他にはいなかった。「もしかして、来るなと言っても僕達が葬儀に来てしまうことまでなんとなく分かっていたのかもしれないですね」

息子達が手に取るわけにはいかないので、葬儀と遺品整理を手伝いにきた男が人形を棺に納める役を引き受けた。

男は霊能力がある、と言い切れるほどではなかったものの、そういった仕事をしているだけあって、これまでにも何度も霊体験はしていた。曰く付きのものは見ただけでも嫌な感じがしていたので、人形に触れるのも怖かった。

けれど、話を聞く限りではその家の血筋と関係がなければ問題がないようだ。真新しい白い布手袋の封を切って指を通し、人形の前で手を合わせて「お許しください」と心の中でお願いしてから、まずは真ん中の日本人形を持ち上げる。

■とても軽い人形

思っていたよりもずっと軽かった。用意した籠に入れ、それから5体あった周りの人形も一体ずつ丁寧に取り上げて籠に移す。計6体の人形の入った籠は、意外にも軽くせいぜいみかん6個分といったところだった。いや、一つ一つはみかんより軽い。

「この日本人形、どれもこれも見た目はしっかりしてるのに、ずいぶん軽いなぁ」男が感心してそうつぶやくと、息子の1人がまた奇妙な話をした。

「特注品だそうですよ。普通は頭も胴体も中までぎっしりおがくずを固めてあるからそれなりに重い。でもね、この人形はどれもこれも、頭と胴体が空洞になってるんです。空洞にしておくようにって、注文したそうで。だから見た目は立派だけど張りぼてなんですよ。だから軽い」

それを聞いて、男は疑問に思って尋ねた。

「祟りを鎮めるための人形なのに、なんでまたそんな張りぼてを?」

しかし、息子達は2人ともその質問には答えられなかった。「さあ?なんででしょうねえ。言われると気になりますね」

しばしの沈黙の後、息子2人と男、3人の頭に同時に同じ答えが降ってきた。3人は顔を見合わせた。

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■人形の中には

息子2人は、遺言にもあるが、やはり祟りが怖くて人形には触れられない。男は2人の気持ちを汲んで、一つの人形を手に取った。首に継ぎ目がある。頭と胴体は別に作って、あとで繋ぐからだ。しかし、それだけではないようだ。

(祟らないでください)

男は心の中で祈りながら、人形の頭を持って、瓶を開けるときのようにひねってみた。

人形はやはり頭が外せ、胴体部分の空洞に何かを容れられる構造になっていた。男は中を覗き込んだ。息子達も怖いもの見たさが抑えきれず、男の背後から顔を寄せて一緒に覗き込んだ。

そこには、何やら経文のようなものがびっしりと書かれた小さな袋があった。さすがに3人とも、その袋を開ける勇気はなかったけれど、中身は推測できた。男は人形の頭を元に戻した。ほかの人形は確認しなかったけれど、恐らく同じように中には小さな袋が入っているのだろう。

老婆の納められた棺には老婆が愛用していた膝掛けのほかには何も入っていなかった。遺言には副葬品は人形のことしか記されていなかった。男は人形を丁寧に、身体が小さ過ぎて最も小さい棺でもまだ両脇が余っていた、その隙間に横たえた。

■いよいよ出棺。息子達も葬儀業者も驚くことが

夜になり、身内だけで通夜が行われ、翌日の昼には告別式が行われた。老婆の遺体の上にも、人形の上にも参列者が花を供え、棺は花で埋まった。棺の蓋が閉められ、いよいよ火葬場に運ぶための出棺となった。息子2人はもちろん、老婆と関わりのあった参列者、そして葬儀業者が6人がかりで棺を運ぶことになった。

【怪談】重過ぎる棺(4)最終回:小柄な老婆の棺がまるで数人分の重さだった【芦屋道顕】

まるで、子供用の棺のように小さく、枯れ木のように痩せていた老婆と、花束にしてもせいぜい二つ分の花、そしてみかん6個分の重さの人形6体。誰もが、軽々と持ち上げられると思っていた。

「・・・なんだこれは!」

しかし、いざ棺を担ぎ上げようとすると、その重さに6人全員が驚いた。慣れている葬儀業者の男ですら思った。

「関取のような太った男のときでも、こんなに重くはなかったぞ。なんだこれは」

成人の男6人がかりでも「重い」棺に驚愕しながらも、短い距離だったためなんとか霊柩車にまでは運び込むことができた。男の手伝いはそこまでの約束だったこと、また、息子達はそもそも葬儀に参列してはいけないことになっていたため火葬場へ行くことは控えた。火葬場へ向かう遺言を託された弁護士と、血筋に関係のない参列者達の乗るマイクロバスを見送って、残された3人は互いに顔を見合わせた。

「あれは……。あの重さは……。そういうことですよね」息子の1人が男に尋ねた。これまでに、あんなに重い棺はあったかと。男は、関取のような男の納められた特大の棺を運んだことはあるが、今回はその倍以上に重く感じたと答えた。

そのあとは皆、無言だった。けれど、長いその一族の血筋にかけられた呪いが終わったことを感じていた。長くこの世を彷徨っていた「彼ら」は、老婆が道連れにしたのだ、と。

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