『密会・セレブと呼ばれた女―栄光と欲望の裏側―』<第1話>

『密会・セレブと呼ばれた女―栄光と欲望の裏側―』<第1話>

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講演が終わったばかりの控室で、遥香さんの不穏な声がした。

 

遥香の声
「二度と電話なんかかけて来ないで。今度かけてきたら名誉棄損で訴えるわ」

 

その声を聞いたとたん、真野さんの表情が一変した。

 

真野
「今の電話、かなり怪しいな。絶対に何かある。俺の勘、けっこう当たるんだよな」

紗希
「カンって……」

真野
「いいから行ってみようぜ。俺も一緒に行くから」

真野
「それにあんただって、ホントは加々美遥香の素顔、見たいんだろ?」

紗希
「…………」

 

おいしい餌を振りかざすような顔で、真野さんがニヤリと笑う。

 

真野
「関係者だって言えば平気だって。ここまで来たんだから控室も覗くしかないだろ」

 

慣れた様子で腕をつかむ。そんな真野さんに私は……。

 

紗希
「そんなのだめだよ」

真野
「ふーん、だったら俺だけ行くわ。紗希は先に帰っていいぜ」

 

あっさり言われてしまうと戻るに戻れない。

 

紗希
「…………」

真野
「ほら、本当はやっぱり行きたいんだろ? 素直になれよ」

 

まるで悪びれない様子に、気づくとうなずいてしまっていた。

真野さんは『PRESS』の腕章を外すと、慣れた様子でドアをノッする。

するとすぐに、中から返事が返ってきた。

 

遥香の声
「……はい」

真野
「失礼します!」


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真野さんがドアを開けると、メイク直しの手を止めて、遥香さんが振り返った。

その周りにはたくさんの花が飾られていて、見慣れない光景に圧倒されてしまう。
 

紗希
(すごい、芸能人の楽屋ってこんなふうになってるんだ……!)

 

けれどよく見ると、遥香さんの顔はどこか青ざめている。

 

紗希
(記者会見の時には気づかなかったけど、何だか顔色が悪いみたい)

紗希
(さっきの電話のせい? それともさっきのはライトの加減で、本当は疲れてるのかな)

遥香
「あなた方は? 何か御用かしら」

 

訝そうに尋ねられて返事に困っていると、真野さんが平気な顔で答える。

 

真野
「『キャリア・ワークス』の真野といいます。ええと……お茶のサービスで来ました」

遥香
「お茶? そんなこと頼んでないけど」

真野
「さっきの記者会見でお疲れのようだったので……」

 

真野さんが私を肘でつつく。ハッとして、お茶の道具に手を伸ばした。

 

紗希
「ええと、おひとつでよろしいでしょうか?」

遥香
「……そうね。じゃあお願いするわ」

 

鏡に向かってメイクを再開しながら、遥香さんが答える。

 

紗希
「え……と、旦那さんの分は?」

遥香
「あの人なら、当分帰ってこないと思うわ。仕事の電話だって言っていたから」

紗希
(仕事の電話……控室ではしないんだ)

 

なんとなく不思議に思いながらお茶を淹れ、メイクミラーの前に置こうとして……。

その手が思わず止まった。


紗希
(わ、すごい散らかってる……。どこに置いたらいいだろう?)

 

メイク道具やアクセサリー、雑誌に書類。

なぜかセーターやストールまで積み上げられていて、お茶碗ひとつ置く場所がない。

 

紗希
「これ、どかしてもいいですか?」

遥香
「いいわよ、どうぞ」

 

平然とメイクを続ける遥香さんに言われて、セーターとストールをよけてお茶を置いた。

なりゆき上、セーターとストールをたたんで横に置く。

やがて茶碗に手を伸ばした遥香さんは、お茶に口を付けたとたん、驚いた顔をする。

 

遥香
「……おいしい。こういうところのお茶って飲んだことなかったけど、けっこうおいしいのね」

真野
「でしょ? 彼女、うまいんですよ!」

ここぞとばかりに真野さんが持ち上げる。

紗希
「お湯の温度に気をつければ、ペットボトルのお茶よりおいしいですよ」

遥香
「あなた、よくご存じなのね。もしかしてお料理もできるの?」

紗希
「それはまあ……それなりに」

 

答えながら、散らかっている雑誌や新聞を重ねて脇にどける。

 

遥香
「あなた『キャリア・ワークス』から来たって言ってたけど、代理店か何か?」

紗希
「……え?」

紗希
(代理店……って?)

 

返事に困っていると、真野さんがすかさず口をはさむ。


真野
「人材派遣です。講演会の受付から、お庭の掃除まで何でもうけたまわります」

紗希
「ちょ、ちょっと……」

 

今度は私が真野さんをつつく番だった。けれど真野さんは知らん顔だ。

 

真野
「何か御用でしたら、遠慮なくどうぞ」

遥香
「それなら、ちょっとお願いがあるんだけど」

 

遥香さんが私に向き直る。

 

遥香
「今度、自宅でパーティを開く予定があるんだけど……その準備を手伝っていただきたいのよ」

紗希
(え……自宅?)

真野
「………!」

 

私が返事に迷っていると、真野さんが目で早く返事をしろと訴えてくる。

 

紗希
(でも……佐倉さんに相談しないで決めるわけにもいかないし……)

 

それでも返事をしない私に、真野さんが小さく舌打ちするのがわかった。

 

真野
「ああ、もう。何モタモタやってんだよ。……もちろんです! 日付はいつですか?」

紗希
「ちょ、ちょっと真野さん……!」

 

慌てて割って入った私を振り払い、真野さんはさっさと答えてしまう。

 

真野
「人数はどのくらいですか? 打ち合わせも必要ですよね?」

真野
「あ、僕は吉岡のアシスタントですが、彼女に任せておけば大丈夫ですから!」

遥香
「そう? じゃあ吉岡さん、よろしくね」

紗希
「…………」

 

どんどん話が決まってしまい、断るチャンスも逃してしまう。

 

紗希
「勝手に決めないで下さい。会社に話を通さないと……」

 

小声でつぶやいた私に真野さんが首を振る。

 

真野
「大丈夫だって。それに……」

真野
「加賀美遥香の自宅が覗けるチャンスだぜ」

 

耳打ちされて心が揺らいだ。

 

紗希
「では……こちらにご連絡下さい」

 

連絡用に携帯番号を書いて差し出した時、メイクミラーの隅で電話が鳴った。

 

遥香
「………っ?」

 

ハッとしたように、遥香さんの顔がこわばる。

 

紗希
(もしかして、またさっきの電話……?)

 

息を詰めて見守っていると、電話を手に取った遥香さんの顔に安堵の色が浮かぶ。

 

遥香
「……ごめんなさい。今ちょっと……後でかけ直すわ」

 

手短かに答えて電話を切ると、遥香さんは私たちに完璧な微笑みを向けてきた。

 

遥香
「ごめんなさい、大切な仕事の話なの。ちょっと一人にしていただけないかしら」

真野
「………?」

 

その言葉に、真野さんがピクッと眉をひそめたのがわかった。

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