『病院の花嫁~愛の選択~』<ノーマルエンド>~惣一朗ルート~

『病院の花嫁~愛の選択~』<ノーマルエンド>~惣一朗ルート~

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自らが理事長を退陣した上に、惣一郎さんまで院長の座から退くことになり、義母は伏せってしまった。

 

美咲
「お義母様、何か食べないと身体にさわります」

義母
「ほっといてちょうだい…私なんて、いなくなればいいのよ」

美咲
「そんな悲しい事言わないで下さい」

義母
「惣一郎まで巻き込んでしまうなんて……」

惣一朗
「僕は医師だ。この資格があれば、どこでだって仕事ができるよ」

義母
「惣一郎、帰っていたのね」

惣一郎
「ただいま、母さん。どうだい、少しは食べられるようになったかい?」

美咲
「それが、朝から何も召し上がらなくて……」

 

すっかり気が弱ってしまったお義母さまが心配で、私はここ数日病院を休んでいる。

惣一朗さんも気にかけているけれど、連日の騒動で病院の周りはまだ落ち着かず、毎日出勤するしかないのだった。

消化器外科医として診察、オペをこなし、院長職まで。

しかも、院長職は通常の業務に加え、引き継ぎ業務も……。

週明けの臨時理事会で、新しい院長が選出される。

あと数日と分かっていて、多忙な業務をこなすのは、どんなに虚しいだろう……。

それなのに、惣一郎さんの顔は晴れやかだった。


美咲
(惣一郎さん、何かふっきれたような、そんな顔をしているわ)

惣一郎
「本当に気にしないでくれ。院長の座は正直、荷が重すぎる。
僕は医師としてまだ未熟だ」

惣一郎
「診察やオペに時間を費やしたい。患者にふれあいたいんだ」

 

患者さんとふれあいたい。

 

美咲
(惣一郎さんの口から、そんな言葉が聞けるなんて……)

義母
「でも、病院が……あなたのひいお爺様の代からある立川病院が……」

惣一郎
「もういいじゃないか。立川病院は、母さんが望んでいた姿になった」

義母
「人の物になったら、意味がないでしょ!?」

惣一郎
「今のスタッフは最高だ。きっと父さんの意志を引き継いでいってくれる」

惣一郎
「誰が上に立つかは関係ない。父さんと母さんの理想の病院が存在し続ける、それが大事だと僕は思ってるよ」

美咲
(惣一郎さん、なんだかたくましくなった……)

美咲
「お義母様、ご覧になって下さい」

 

私が週刊誌を差し出すと、お義母さまは枕に顔を臥せってしまった。

 

義母
「そんなの見たくないわ!どうせ金の亡者とか、私のこと書いてるんでしょ」

美咲
「違います! ちゃんと読んでください」

 

確かに、大半の週刊誌は月村謙三への多額の献金病院の公費を私的流用

お義母さまと鈴恵さんの贅沢三昧

二人がブランド品を購入していた行きつけの店や鈴恵さんが豪遊していたホストクラブの写真を掲載していた。

けれど、立川病院の高度な医療や最善をつくし治療にあたる姿勢に気付き、取り上げた雑誌が僅かだけれどあった。

そこには、数多くの患者さんの感謝の声が、あった。

 

美咲
(患者さんが声をあげてくれたお蔭で、立川病院は救われるわ……)

美咲
「ここを、読んでください」

 

松宮先生が、オペを担当した脳幹グリオーマの10歳の少年とその家族のインタビューを指さし、お義母さまの前に置いた。

脳腫瘍の中でも、たちが悪く治療が困難とされるグリオーマ。

しかも、生命維持に大きく関わる脳幹部にできたグリオーマは、オペのリスクが高く、治療出来ないと匙を投げる医師が多い。

 

義母
「この病気……私の弟と一緒……」

美咲
「このお子さんを助けたのは、お義母様でもあるんです」

義母
「…私が?」

美咲
「近隣の病院を何件も回ったけど、オペは不可能と言われたそうです」

美咲
「でも、うちの病院があったから、このお子さんは助かったんです」

惣一郎
「母さんが小児難病センターを創ったから、父さんが松宮先生をこの病院に招いたから、この子は助かったんだ」

芳恵
「設備が整って、どんな病気にも対応できる病院を創るのが夢だった」

芳恵
「それには多額のお金が必要で……いつしかお金に囚われ、それを集める事が一番の目標になっていたわ」

芳恵
「最後には、お金に苦しめられて…自業自得ね」

美咲
「お義母様が、色々な事を引き受けてくれたから、
立川病院は理想の姿になれたんです」

義母
「美咲さん……」

美咲
「これからは、私達が引き受けます」

 

自然と、義母と手を取り合った。

そこに、惣一郎さんも手を添える。

 

美咲
(私達、ようやく家族になれたのね……)


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鈴恵さんは順調に回復し、退院が決まった。

奇しくも、新院長の選任と同じ日だった。

 

美咲
「鈴恵さん、荷物はこれで全てですか?」

鈴恵
「えぇ、それで全部よ。聞いたわ、お兄様。
院長の座から退くんですって?」

美咲
「今、行っている臨時理事会で正式に決定します」

鈴恵
「そう、これからどうするの?」

美咲
「大学のつてを辿って今、勤務先の病院を探しています。
私も落ち着いたら、近隣の病院で働こうと思っています」

鈴恵
「いいわね、資格のある人は」

美咲
「鈴恵さんには、音楽という特技があるじゃないですか」

鈴恵
「仕事には、繋がらないわよ」

美咲
「ピアノ講師とかいいんじゃないですか?」

鈴恵
「講師ねぇ、無理。私、子供嫌いだもん」

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鈴恵さんと三人で帰る約束を惣一郎さんとしていた為、
臨時理事会が行われている会議室へ向かった。

 

美咲
(そろそろ理事会が終わる時間だわ。私達、この病院を本当に去ることになるのね……)

松宮
「立川さん」

 

呼び止められてふり返ると、松宮先生がいた。

 

美咲
「鈴恵さんが、お世話になりました」

松宮
「後遺症もなく、順調に回復してくれて安心しました」

美咲
「松宮先生のお陰です」

松宮
「君のことも安心したよ」

美咲
「えっ?」

松宮
「結婚当初は何だかぎこちなくて心配だったんだ。
君が寂しそうに見えて……僕が口を出すと波風が立ちそうで、見守るしかできなかったが」

美咲
(松宮先生、私のこと見守っていてくれたんだ……)

松宮
「今の二人は、本当の夫婦って感じがするよ。
いつまでも、お幸せに」

美咲
「松宮先生も、お元気で」

 

踵を返し、松宮先生に背を向けた。

以前の私なら松宮先生の言葉に心が躍り、きっとドキドキしてしまっただろう。

自分の気持ちに、もう迷いは無い。

それを確信できたのが、松宮先生の言葉以上に嬉しかった。

私の足は、真っ直ぐに惣一郎さんのもとに、向かっていた。


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会議室から、どやどやと人が出てくる。

どうやら、選任が終わったようだ。

 

美咲
(誰が、新院長に決まったのかしら……)

 

笑顔の惣一郎さんと、少し困った顔の鈴木先生が出て来た。

 

惣一郎
「後任には、鈴木先生が決まったよ」

美咲
「鈴木先生が?」

鈴木
「院長の器じゃないって、断ったんですが」

美咲
「そんな事ありません!亡き院長の方針を受けつぐのは鈴木先生しかいらっしゃらないと思います!」

惣一郎
「津川常務が、随分と推してくれてね」

美咲
「津川常務が?」

惣一郎
「今が正念場、新生・立川病院を任せるには、他から人を招くより、古くからこの病院に力を注いだ」

惣一郎
「愛してくれた医師が院長になるべきだと説得してくれたんだ」

 

上塚新理事長は、どちらかというと営利目的主義。

母校の大学から知人の医師を新院長に招く。

その線で決まるのが有力だと聞いて勢力拡大を心配していたけど、本当に良かった。

脇を固めるのが、鈴木先生と津川常務なら、この病院の温かな空気は変わらないはず。

 

美咲
「鈴木先生…いえ、鈴木院長。立川病院をよろしくお願いします」

 

私は立川病院の未来を託し、深く、深く頭を下げた。


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鈴恵さんの退院祝い。

そして、惣一郎さんの新しい門出を祝って、家族だけでささやかなパーティーを開いた。

 

美咲
「鈴恵さん、お帰りなさい」

義母
「こんなに元気になって本当に良かったわ」

惣一郎
「後遺症の心配もないし、松宮先生に感謝だな」

美咲
「暫くリハビリは必要みたいです。
松宮先生が以前勤めていた病院に紹介状を書いて頂きました」

義母
「そこって、大学病院よね?
私の事が知れているし、付添で行きづらいわ……」

美咲
「まだ仕事が決まっていませんし、しばらく家にいます。
私がリハビリに付き添いますよ」

義母
「そう、頼むわね」

鈴恵
「大げさね、一人でも大丈夫よ」

美咲
「だめです。頭を強く打っているんですよ?
後遺症はないと言われていても、暫く一人で出歩くのは控えて下さい」

鈴恵
「はいはい、看護師さんの言う事は聞いておくわ。暫くだけね」

惣一朗
「提案があるんだ、聞いて欲しい」

美咲
「?」

惣一朗
「病院を、立ち上げようと思う」

義母
「病院を!?」

惣一朗
「立川病院みたいな大きな総合病院は無理だが、小さな診療所を始めたい。皆、協力してくれるかな?」

美咲
「もちろん、協力します」

 

惣一朗さんの顔が、希望に輝いている。

 

惣一朗
「母さんは、事務を始め経営全般をお願いしたい。
もちろん、体の調子が整ってから」

義母
「何言ってるの!あなたが病院を始めるのに、寝込んでなんかいられないわ。
何十年も経営に携わってきたプロの私がいなくてどうするの?」

惣一郎
「それでこそ、母さんだ。他に看護師を雇う余裕がないから、美咲は受付もお願いできるかな?」

美咲
「はい!」

鈴恵
「私を忘れてない?」

惣一朗
「鈴恵?」

鈴恵
「私が受付をやるわ、医療事務取ろうと思っていたの」

 

鈴恵さんが、少し照れくさそうに頬を赤らめて言った。

 

義母
「鈴恵……ううっ、鈴恵……」

鈴恵
「やだ、お母様、泣き出すなんて」

美咲
(鈴恵さんが、そんな事言いだすなんて……)

美咲
(私も、うれしい!)

惣一朗
「家族経営の小さな病院だけど…いや、だからこそ、父さんの方針を活かせる医療が出来るはずだ」

 

惣一朗さんが手を取り、真っ直ぐな瞳で私を見つめる。

 

惣一朗
「変わらず僕を支えて欲しい」

 

今なら、自信を持って頷ける。あの時と同じ約束を再び胸に刻んで…

 

美咲
「いつまでも、仕事場でも家庭でも、あなたの支えになります」

 

惣一郎さんは、優しい目で私に微笑んだ。

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