『病院の花嫁~愛の選択~』<第5話>~松宮ルート~

『病院の花嫁~愛の選択~』<第5話>~松宮ルート~

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公園の前を通ると、夕方5時を告げるサイレンが鳴っていた。

子供達が、公園から駆け出すのが見える。

 

美咲
(みんな、お家に帰っていくんだ……)

惣一朗
「どうして、僕の電話に出ない」

 

私の前を歩いていた惣一朗さんが、突然、立ち止まった。

 

美咲
「ごめんなさい……」

惣一朗
「さっきだって、電話したんだ!」

 

あの部屋から出る時、慌てて携帯だけポケットに入れた。

携帯をとりだして見ると、充電が切れて電源が入っていなかった。

テニスボールと、こう君と一緒に映った写真が入ったあの箱は、置いてきてしまった……。

 

美咲
(あれをもって、立川家には帰れないわ……)

惣一朗
「僕は行きたくなかった…あの部屋に!でも、君が電話に出ないから……」

 

惣一朗さんは声を詰まらせ、それっきり話さなくなった。

 

美咲
「ごめんなさい、充電器持っていなかったから…
電源が切れてしまって……」

 

惣一朗さんは、背中を向けて立ち止まったままだ。

握った拳が、震えている。

その姿を、とても痛々しく思うのに……。

私は、その背中にすがることも、抱きしめることも出来なかった。

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鍵が開いている事を不審に思いながら部屋に入ってきた松宮は絶望的な表情で手に持っていた大きな買い物袋を二つ、足元に落とした。

グシャ、ガタン、ガタン

大きな音をたて、買い物袋からカセットコンロに鍋、様々な食材が床に転がった。

落ちて割れた卵が広がって行く先に松宮がふと目を向けると、美咲が持っていた箱があった。

松宮は箱を開け、テニスボールと高校時代に一緒に映した写真を取り出した。

 

松宮
「美咲……」

 

笑顔で映る二人の写真を見て、松宮は、いつまでも佇んでいた。


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時計をみると、7時前。

 

美咲
(そろそろ、こう君は帰宅する頃かしら)

美咲
(そうだ、今日は、一緒にすき焼きを食べるはずだった…)

美咲
(買ってくるようにお願いした大量の食糧…一人暮らしだから、あの人困るだろうな……)

 

なにか芳恵が大声で叫んでいるが、全く頭に入ってこず、そんな事をぼんやりと考えていると、

ピシャン!!

お義母さまは、私の頬を平手で打った。

 

芳恵
「恥を知りなさい!うちの家に泥を塗る気!?」

美咲
「…申し訳ありません」

 

泥棒扱いされ、耐えきれず家を飛び出した。

実家に身を寄せることも出来ず、途方にくれていると偶然、松宮先生から電話がかかってきた。

誤解されるような関係じゃない。

帰り道、惣一朗さんにはそう伝えた。

惣一朗さんは、一言もしゃべってくれなかったけれど……。

同じ内容を伝える気力はない。

伝えたところで、理解してくれるはずがない。

 

美咲
(お義母さまには、何を言っても無駄……惣一朗さんが、私が伝えた事を言ってくれる訳ないし)

芳恵
「よりによって、うちの病院の医師と、この恥知らず!!」

 

その言葉を聞き、我に返った。

どんな事情があれ、数日一緒に過ごしたのは事実だ。

責められ、誤解されて当然だ。

私は何をされても何を言われてもいい。

でもあの人は……。

 

美咲
(こう君…いや、ここに帰ってきたんだ。もうその呼び方はやめよう。松宮先生に迷惑をかけられない、あの人の為に誤解を晴らさないと)

美咲
「誤解です!本当に、松宮先生とはそういう関係ではないんです!」

芳恵
「おだまりっ!」

 

ピシャン!

芳恵は、また、私の頬を平手で打った。

私の頬は、真っ赤に腫れているだろう。

手加減なしに打たれているのに、不思議と痛みを感じなかった。

 

芳恵
「早速、手続きをとりましょう、離婚よ!」

美咲
「離婚…!」

美咲
(この家から、解放される)

 

お義母さまの言葉に、心が軽くなるのを感じた。

私は、ずっとこの言葉を待っていた気がする。

 

惣一朗
「何言ってるんだ、母さん。せっかく美咲が帰ってきたというのに」

美咲
(惣一朗さん……?)

芳恵
「惣一朗、あなた、この女に裏切られたのよ!」

惣一朗
「美咲と松宮先生は、母さんが思うような関係じゃない。
少し考えれば分かる。松宮先生が、自分の勤めている病院の嫁に手を出すような人だとは思えない。
それに、元はと言えば母さんたちが宝石を盗んだと決めつけて、美咲を追いつめたからこんなことになったんだろ?」

芳恵
「しっかりしなさい!だからってね、この女は許されないことをしたのよ」

義父
「…そうだ。それとこれとは別だよ、惣一朗」

 

ずっと黙って話を聞いていたお義父さまが、初めて口を開いた。

私が帰宅してから、お義父さまは、一度も目を合わせてくれない。

 

美咲
(ずっと、尊敬して慕っていた人に、私、軽蔑されてしまった……)

惣一朗
「僕がいいって言ってるんだ!
美咲は行くあてがなく仕方なしに松宮先生の所にいただけだ!」

 

惣一朗さんが、私を懸命にかばっている。

結婚してから、ずっと望んでいたことなのに……。

どうして、こんなに不安で一杯な気持ちになるのだろう。


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鈴恵と圭吾が並んで酒を飲む。

鈴恵は、そわそわと落ち着かない様子だ。

 

圭吾
「この前言っていた事業の話なんだけど」

鈴恵
「ごめんなさい。いま、それどころじゃないの、もう少ししてからでいいかしら」

圭吾
「いいテナントを見つけてね。でも、この間借りたお金じゃ足りそうにないんだ。
外観もおしゃれで、最上階から見える夜景が素敵でね。そんな場所で君と夜を―」

鈴恵
「事業の準備って忙しいんでしょ?」

圭吾
「うん、まぁ、でも準備は僕がするから」

鈴恵
「いまね、家がすっごく面白いことになってるの」

圭吾
「面白いこと?」

鈴恵
「イヒッ、イヒヒ、あの女のこと、お義母さまどんな風に懲らしめるのか楽しみ」

 

鈴恵の奇妙な笑い声を聞いて、圭吾が眉をしかめる。

 

鈴恵
「いびる様子を見たくなってきたわ、イヒヒ、ごめんなさい、今日は帰ります」

 

鈴恵が店を出ていくと、圭吾は溜息をつき煙草をくわえた。

 

圭吾
「大病院のお嬢さんだし金引っ張るにはいいカモと思ったが、気持ち悪くて手が出せないな」

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芳恵
「気に入らない!何度、教えたら分かるの!」

美咲
「申し訳ありません」

 

かれこれ二時間近く、花を活けている。

作法がなってない、動作が醜い、手が遅い、配色のセンスがない心がこもっていない、

注意を受ける度に言われた通りにしても、お義母さまは、また新たな注文をつける。

 

鈴恵
「お母様、なにやってらっしゃるの?」

芳恵
「この女に我が家の嫁としての嗜みを教えようとしているのに、
だらしなくて、みっともない作品しか出来ないのよ」

鈴恵
「当然よ、こういう所に品性って出るのよ。
それにしても、淫乱で下品な活け方だこと」

美咲
(ひどい……でも、私はだまって聞くしかない)

芳恵
「いい、あんたは惣一朗の玩具なの! 惣一朗が飽きたら、私が追い出してやる!」

 

お義母さまは憎悪に満ちた目でにらみつけ、私の頭から花瓶の水をかけた。

 

鈴恵
「きゃははははは」

 

甲高い声で、鈴恵さんは手を叩いて笑った。


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美咲
(惣一朗さん、きっと眠っているだろうな……)

 

起こさないように注意してベッドに入ったけれど、
惣一朗さんは眠っておらず、私を抱き寄せ、体を求めてきた。

 

惣一朗
「美咲…」

美咲
「惣一朗さん、まって、今日は……」

 

惣一朗さんは、冷たい目で私をみて言った。

 

惣一朗
「そうだ、今、妊娠すると面倒なことになるな」

美咲
「えっ?」

惣一朗
「僕は君を信用しているけれど、母が疑うだろう?」

美咲
「惣一朗さん……何が言いたいの?」

惣一朗
「僕の口から言わせるのか。ではハッキリ言うが、どちらの子供か家族から疑われたら厄介だろう?」

美咲
「……ッ!!」

 

言葉が出なかった。

誰よりも、私と松宮先生の仲を疑っているのは、惣一朗さんだ。

 

惣一朗
「おやすみ」

 

惣一朗さんは背中を向けて眠りについた。

 

美咲
(こんな風に夫に思われて、一生暮らしていくのだろうか……)

 

私は、声を押し殺して泣き続けた。

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まるで一流ホテルのような優雅な朝食。

病院勤務があるので、朝だけはお義母さまから用事を言いつけられる事は少なく

唯一、この家でほっとできる時間だったのに……。

あの部屋で、小さなテーブルで向き合って、笑いながらおにぎりとお味噌汁を食べた。

あの時間が愛おしい。

 

芳恵
「今日、病院に行くのいやね。気が重いやら、腹立たしいやら。松宮先生と話すの」

義父
「優秀な先生だけに残念だが……よそに移ってもらおう」

芳恵
「その女狐にそそのかされたのよ、あの先生も気の毒に」

美咲
(予想していたことだけど、松宮先生、他の病院に移ってしまうのね、私のせいで)

惣一朗
「僕は気にしませんよ。
この病院にいてもらってかまわない。だって、二人は何も無かったんですから。なぁ、美咲?」

 

惣一朗さんが、やつれた顔で私をみて微笑んだ。

その顔をみて、ゾクリと背筋が寒くなった。

 

芳恵
「惣一朗、これはケジメです!松宮先生には辞めてもらいます」

義父
「そうは言っても、彼は脳外科医だからねぇ。すぐには無理だ。せめて二週間は勤務してもらわないと」

美咲
(二週間……二週間後には、松宮先生はあの病院からいなくなる)

 

あの優しい声が、聞けなくなる。

優しい笑顔が、見れなくなる。

いつも私を気づかって、励ましてくれる松宮先生に、もう会えない。

今回の事で、多大な迷惑をかけてしまった。

最後に会って、「ありがとう」と「さようなら」を伝えたい。

 

美咲
(私、いま、泣きそうな顔しているはず……)

 

食欲もない。

この会話の中に身をおくのも耐えられず、私は早めに出勤しようと、身支度を整える為に席をたった。

 

芳恵
「あなた、どこへ行くつもりなの」

美咲
「あの、病院に行く支度を」

芳恵
「あら、嫌だ。どこまで頭が悪いのかしら。少しは惣一朗の気持ちを考えなさい!」

美咲
「え……」

義父
「松宮先生がいる間は、勤務を控えた方がいい」

美咲
「そんな…」

美咲
(あぁ、もう二度と会えない)

芳恵
「よくもまぁ、そんな配慮の無さで今まで看護師をやってこれたわね! 看護師としても、嫁としても失格よ!」

 

私は、何も言い返すことが出来なかった。


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鈴恵
「あら、あんた、何してるの」

 

もうすぐ昼の12時。

勤務を控える間、私は家の掃除や片づけをして過ごすことをお義母さまから命じられた。

 

美咲
(鈴恵さん、いつも朝食にいないと思っていたらこの時間に起きていたのね)

美咲
「家中の廊下にワックスをかけるように、お義母さまから頼まれて」

鈴恵
「ご苦労様、我が家は広いわよー
拭きながら立派な家に嫁いだことを実感して、ありがたく思うのね」

 

鈴恵さんは笑いながら、遅めの朝食をとるためにリビングに入っていった。

しばらくして、私を呼ぶ声がした。

 

鈴恵
「ちょっと、あんた!」

美咲
(リビングには家政婦さんがいるはず。あんな大声で呼ぶってことは、私のことかしら?)

鈴恵
「廊下掃除担当の家政婦!お兄様の玩具!」

美咲
(やっぱり、私のことだわ……)

 

リビングへ向かった。

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朝食を食べる鈴恵さんの足元に、オムレツがひっくりかえっていた。

 

鈴恵
「ちょっと、あんた。これ片付けてちょうだい」

美咲
「はい……」

床に落ちたオムレツを拭こうと屈んだ瞬間後頭部を押され、オムレツの中に顔を突っ込んだ。

あまりの出来事に何が起こったか、一瞬、理解できなかった。

 

鈴恵
「あら、足がすべったわ」

 

その一言で、鈴恵さんに足で頭をふまれてオムレツに顔を押し付けられていると気付いた。

 

美咲
「ひどい……いくらなんでもこんな」

 

頭をあげて、訴えるように呟くと、

 

鈴恵
「なによ、その目。あんたは、お兄様の顔に泥をぬったのよ!
松宮先生の経歴まで汚したの!そんな汚れ、顏を洗えば落ちるでしょ!?」

美咲
「…!」

 

鈴恵さんの言う通りだ。

一部始終を見ていた家政婦さん達の囁く声が聞こえる。

家政婦A
「こんな立派な家に嫁いで、惣一朗さまみたいな立派な夫がいるのにその上、外科医と不倫なんて」

家政婦B
「いるのよねぇ、何でも欲しがる女って……」

 

私は、顔を洗いに立ち上がる気力もなく、ぼんやりと座り続けた。

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松宮が、芳恵に深く頭を下げる。

理事長の机の上には、辞表があった。

 

芳恵
「頭をあげてちょうだい」

 

だが、松宮が頭を一向に顔を上げないので、苛立った芳恵が叫んだ。

 

芳恵
「頭をあげてと言ってるでしょ!」

松宮
「はい、本当に申し訳ありませんでした。ご迷惑をおかけしました」

芳恵
「あんまり謝られると困るのよ。あなた達が特別な関係と言っているようなものよ!
そうでしょう?惣一朗の為に、それは絶対に避けたいの」

松宮
「誓って、誤解されるような関係ではありません。
僕と美咲さんは古くからの知り合いで、あの日、惣一朗先生が病院で美咲さんを探しているのが気になって。
病院の連絡網をみて僕が電話をしたんです。居場所を聞いて伝えなかった僕の責任です」

芳恵
「携帯の履歴やメールを解析したら、あなたが電話したのはあの日が初めてみたいだから、
それは嘘ではなさそうね」

松宮
「そんな事、調べたんですか……」

 

呆然とした顔で松宮が見つめるが、かまわず芳恵は話続ける。

 

芳恵
「後任の先生が来るまで、二週間だけ勤務してちょうだい。
必要なら勤務先の病院、手配するわ」

松宮
「お気遣いは嬉しいですが、自分で探します」

芳恵
「そう。ならもう良いわ。下がってちょうだい」

松宮
「あの、彼女に、美咲さんにあまり辛くあたらないでください」

芳恵
「あなたに指図される覚えないわ! あなた達は、何の関係もないんでしょ!!」

 

芳恵の剣幕に押され、松宮は弱々しく出ていった。


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日曜だけれど、惣一朗さんとお義父さまはいない。

遠方で開催される学会に昨日から出席し、今日の夕方に帰宅する予定だ。

鈴恵さんは、どこかに出かけてしまった。

 

美咲
(夜まで、この家にお義母さまと二人……)

 

言い知れぬ不安が私の心に渦巻いていた。

 

芳恵
「そろそろ端午の節句ね、うちには代々伝わる五月人形と兜があるの。
二階の物置にあるから、出して飾りつけをしてちょうだい」

美咲
「はい、分かりました」

 

その時、お義母さまが軽く笑った気がした。

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美咲
(ううっ……重いわ、こんなに重いなんて)

 

五月人形はなんとか一人で運べたが、兜が入った段ボールはとても重く、女一人では到底持てない重さだった。

それでも、懸命に力をふりしぼり運んでいると――。

 

???
「やっぱり、お前のことは許せない……」

 

お義母さまの囁く声が後ろから聞こえた瞬間、私は背中を押され階段を転がり落ちていった。

 

美咲
「きゃぁぁぁーーー!!!!」

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惣一朗
「美咲、おいっ、美咲、しっかりしろ!!」

 

もうろうとした意識の中、惣一朗さんの声で目覚めた。

横にはお義父さまもいて、心配そうに私をのぞき込んでいる。

と、その後ろに――。

忌々しそうに、舌打ちをして私を睨みつける芳恵がいた。

 

美咲
「ひっ!」

 

余りの恐ろしさに、私は気を失ってしまった。


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目覚めると、病院のベッドに寝ていた。

頭には包帯が巻かれている。

起き上がろうとした瞬間、右腕と右足に激痛を感じた。

 

惣一朗
「美咲、大丈夫か?」

 

張りついたような笑顔の惣一朗さんの横に目を細め、心から心配そうに私を見つめる松宮先生がいた。

思わず、こう君と呼びそうになり言葉をのんだ。

 

惣一朗
「松宮先生が今夜の当直で、処置してくれたんだよ」

松宮
「軽い脳震盪です。あとは手と足の打撲。
足首はひどく捻ったようですが、幸い骨に異常はありません」

美咲
「…ありがとうございました」

松宮
「どうして、こんな怪我を……」

惣一朗
「こいつ、おっちょこちょいな所があるでしょ。
端午の節句の飾りつけをしようと、二階から兜を降ろしていて、階段から滑り落ちたようです」

美咲
(ちがう、お義母さまに突き落とされたの!)

 

松宮先生の目をみて、心の中で叫んだ。

 

惣一朗
「そんなの、僕が帰ってからやったのに」

美咲
「……すいません」

惣一朗
「松宮先生はよくご存じの通り、色々あったせいか、やたらと何でも一生懸命にやるんですよ。
僕は、何にも気にしていないのに」

 

その発言に、きまづい空気が流れた。

沈黙を破って、松宮先生が話し出した。

 

松宮
「しかし、怪我をした場所が不自然じゃないですか?」

惣一朗
「…どういう意味ですか?」

松宮
「足を滑らせたなら、腰や背中を打つはずだ。」
まるで、後ろから力が加わって、バランスを崩したような……」

惣一朗
「突き落とされたっていうんですか? そうなのか、美咲?」

美咲
「それは、あの……」

松宮
「押された気がするのか?家に誰がいたんだ」

美咲
「お義母さまと……二人きりでした」

惣一朗
「母に押されたって言いたいのか?」

美咲
「いえ、そういう訳では……」

 

お義母さまに押されたなんて、とても言えない。

 

松宮
「心配です、しっかり調べた方が」

惣一朗
「あなたに言われなくても、美咲の事を一番心配しているのは僕だ!」

 

惣一朗さんと松宮先生がにらみ合う。

私はどうすることも出来ずにいると、婦長が入ってきた。

 

婦長
「惣一朗先生、本日オペを行った患者が痛みを訴えています」

惣一朗
「他に誰かいないのか?」

婦長
「胃がんのオペだったので、残っている先生で分かる方がいらっしゃらなくて」

惣一朗
「…すぐ戻る」

 

惣一朗さんは部屋から出て行き、部屋から重苦しい空気が消えた。

 

美咲
「私のせいで、迷惑をかけてしまってごめんなさい」

松宮
「僕が問題を悪化させたんだ。
君にいて欲しくて、帰したくなかったから……」

 

一緒にいたい、二人の気持ちは同じ。

だけど、それは許されない。

息苦しい程に切なくて悲しい。

誰が聞いているか、分からない。

いつ、惣一朗さんが帰って来るか分からない。

 

美咲
「たすけて……」

 

聞こえるか、聞こえないか、小さな声で私は呟いた。

松宮先生が、私に一歩踏みだそうとしたとき車いすを押した惣一朗さんが入ってきた。

 

惣一朗
「美咲、帰ろうか」

松宮
「頭を打っていますし、大事をとって一泊されてはどうでしょうか?」

惣一朗
「ご心配いりません。脳外科ではありませんが、僕も医師です」

 

そういうと、惣一朗さんは私を車椅子に乗せた。

処置室を出る時、背中に松宮先生のあたたかな視線を感じ、涙がこみあげてきた。


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職業柄、真夜中の病院には慣れている。

それなのに、いつも見慣れた景色が暗く不気味に感じる。

 

惣一朗
「美咲の足が、このまま動かなくなればいいな」

美咲
「えっ?」

惣一朗
「そうしたら、どこへも行かず僕の側にいてくれるだろう」

美咲
「惣一朗さん?」

惣一朗
「何も不自由はさせないし、僕がずっと世話するよ」

美咲
「そんな…私の足…」

惣一朗
「ハハハ、そんな深刻な顔するなよ。もしもの話だろ?」

美咲
(私はこの人から、あの家から、逃れられない)

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今日のお義母さまの言いつけは、家中の家具を磨く事。

「足は動かなくても、手は動くでしょ!」

そう言い放ち、お義母さまは出かけていった。

まずは、惣一朗さんが使う書斎から始めよう。

今日は、松宮先生が最後の勤務日。

最後に一言、言葉を交わしたい。

だけど、携帯を惣一朗さんに取り上げられて連絡手段がない。

 

美咲
(惣一朗さん、書斎に隠したんじゃないかしら?)

 

本棚の引き出し、机の引き出しを手当たり次第に開けた。

 

美咲
(あった!)

 

でも、やっと見つけた携帯は真っ二つに折れていた。

深い絶望の中に沈んでいると、

 

松宮
「美咲!」

 

窓を開けると、そこには松宮先生が立っていた。

 

松宮
「一緒にいこう!」

 

ドタバタと足音が聞こえ、鈴恵さんの声がドアの外から聞こえた。

 

鈴恵
「鍵をかけてやったわよ!
イヒッ、イヒヒ、これで会えないわね」

 

窓の下の松宮先生は、手を広げて私を見つめた。

 

松宮
「全部、受け止めるから!」

 

ここは二階。私は足を怪我している。でも、なんのためらいもなかった。

私は、手を広げるこう君のもとへ飛び下りた。

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ドサッ、私を抱えたこう君は地面に尻餅をついた。

 

松宮
「あいてて、ここはカッコよく決めるつもりだったのにな」

美咲
「こう君!」

 

私は、しがみつくように抱きついた。

 

美咲
(この人と一緒なら、どうなってもいい)

鈴恵
「きいぃぃぃぃーー!
あんた達、こんな事して許されると思っているの!!?」

 

家の中から、鈴恵さんの甲高い声が響く。

 

松宮
「急ごう」

 

こう君は私を抱え、玄関先に止めてあった車の助手席に乗せて走り出した。

後ろをふりかえると、髪を振り乱し裸足で追いかけてくる鈴恵さんの姿が見える。

 

美咲
(お義母さま、惣一朗さんの怒りはこれ以上だろう……私、とんでもない事をしてしまった)

 

そんな不安を察したように、運転席のこう君は片手で私の手を握って微笑んだ。
 

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