『病院の花嫁~愛の選択~』<第2話>

『病院の花嫁~愛の選択~』<第2話>

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立川先生、松宮先輩、睨みあってる場合じゃないわ。

人命救助が第一なのに、どうなってしまうの?

 

惣一朗
「松宮先生と言いましたね、状況を把握せず先走った行動は慎んで下さい、先に6名の患者が搬送されオペに入っています、ギリギリの状態なんです」

松宮
「失礼しました」

惣一朗
「築山さん、状況聞いて」

美咲
「はい、状況は?」

救急隊員
「倒れてきた鉄柱の下敷きになり胸腹部圧迫、共に意識レベル200」

美咲
「倒れた鉄柱で胸腹部圧迫、共に意識レベル200です!」

惣一朗
「二人とも緊急オペが必要だな、だが、先に搬送された骨盤骨折のオペが、出血も少なく意識もはっきりしているが卵巣損傷があって」

松宮
「卵巣動脈が破裂したら厄介だ。後回しにできませんね」

院長
「私も加わろう」

 

受話器を手に、振り返ると院長先生が立っていた。

 

美咲
「院長先生!」

院長
「血管破裂のない骨盤骨折ならブランクのある私でも可能だ」

惣一朗
「築山さん、受け入れて!」

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院長先生のオペは2時間程で終わり、立川先生、松宮先輩のオペは8時間以上要した。

その他の医師が担当したオペも全て成功し、うちに搬送された患者は全員救われた。

私たちが帰っても、先生達はまだ帰れそうにない。

松宮先輩と一言、話したかったのに……。

一度も目が合わなかった。

私を忘れてしまったの……?


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製薬会社のMRと派手なメイクに派手な化粧の鈴恵が話す。

 

MR
「鈴恵さん、約束のコンサートチケットです」

鈴恵
「あぁ、これね。彼と別れちゃったから、もう必要ないわ」

MR
「そう、ですか……」

鈴恵
「誕生日だっていうのに彼と別れて誰もお祝いくれないの」

MR
「良かったら、これ。チケットの変わりに僕からの誕生日プレゼントです。ラッピングしてなくてすいません」

鈴恵
「あら、悪いわね」

MR
「それでは失礼致します」

 

ペコペコ頭を下げ、MRが立ち去る。

鈴恵が封筒の中身を開けると、デパートの商品券。

 

鈴恵
「10万か、新作バッグを買う足しにもならないわね」

 

一部始終を見ていた惣一朗が顔をしかめ、鈴恵に近づく。

 

惣一朗
「鈴恵、業者にたかるのはやめろ」

鈴恵
「失礼ね、私は誕生日プレゼントをもらっただけよ」

惣一朗
「業者から金品をもらう行為はリベートと見なされ処罰されるんだよ」

鈴恵
「この病院で働いていないもの、院長の娘ってだけでこの病院に関係ないわ」

惣一朗
「関係ないなら頻繁に病院に来るのはやめろ」

 

足早に去っていく、惣一朗の背中を睨みつけ、

 

鈴恵
「ふんっ、偉そうに! 誰が帰るもんですか、話題のイケメン外科医に会うまではね」

 

通りかかった看護師Bに鈴恵が声をかける。

 

鈴恵
「ねぇ、あなた、新しく赴任してきた松宮先生、知らない?」

看護師B
「松宮先生なら、中庭で見かけました」


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中庭を通りかかると、沈丁花の花が咲き乱れていた。

この花、高校の近くの公園にも咲いていて……。

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帰る方角が一緒ということもあり、偶然、帰り道で出会うことが多く、

あの公園で、よく話し込んだ。

 

美咲
「もうすぐ部活卒業ですね、大学決めたんですか?」

松宮
「医学部受験する」

美咲
「医学部! 先輩、頭いいんだ」

松宮
「医者になる夢の実現の為に必死で頑張るよ」

美咲
「きっと実現しますよ、先輩の口癖、諦めなければ何でもできる、ですよ」

 

松宮先輩は過酷な試合程、強さを発揮する。

私は、この人から『諦めない』大切さを教わった。

 

松宮
「ありがとう、お前の夢は?」

 

テニスの試合に勝ちたいなんて言ったら笑われるかな?

 

美咲
「テニスの試合に勝ちたいです」

松宮
「あはは、お前、努力している割に勝てねぇよな、最後の詰めが甘くて」

 

やっぱり、笑われた。

 

美咲
「実は私……子供の頃から看護師に」

松宮
「マジで? だったら、いつか病院で会えるかもしれないな」

 

思ってもないことを言った私に、嬉しそうに微笑む先輩の顔をみて、

本当に看護師を目指す決意をした。

 

松宮
「これ、やるよ」

 

テニスボール?

 

松宮
「初めて買った練習用のボール、試合の時は必ず持っていくお守りなんだ」

 

そんな、大事なもの私に?

 

松宮
「来週の試合、がんばれよ」

 

先輩にもらったテニスボールを手に、試合に臨み私は初勝利を収めた。

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高校時代の思い出に浸っていると、突然、松宮先輩の声が。

 

松宮
「あれ、築山?」

 

振り返ると、松宮先輩が立っていた。


松宮
「やっぱり築山だ、ここで看護師しているのか?」

美咲
「あの、昨日も会いましたけど……」

松宮
「昨日?」

美咲
「救急処置室で」

松宮
「あの場にいた?」

美咲
「そこの看護師、早く受け入れの返事をって私に言ったじゃないですか」

松宮
「あぁ、あれ、お前だったの? ああいう場って看護師の顔、一緒に見えるから」

 

わたしの事忘れていた訳じゃなかった。

 

美咲
「私はその程度の存在ってことですね」

松宮
「まぁ、そう言うな、10年ぶりだぞ」

 

そう10年……。

10年間、この人を一度も忘れたことがない。

医療の現場に携われば、会えるかもしれないと淡い期待を抱いていた。

きっかけは不純だったけど、今は天職と思っている。

 

松宮
「この香り……学校の近くの公園にも咲いてたな、懐かしい」

 

その言葉に、胸がしめつけられた。

「いつか病院で会えるかもしれないな」

あの言葉、先輩は覚えているかしら?

本当に会えるなんて、運命、感じていいの……?

院長先生の娘、鈴恵さんがやって来て、私達に声をかけた。

 

鈴恵
「初めまして、松宮先生でいらっしゃいますか」

松宮
「あ、はい」

鈴恵
「院長の娘の鈴恵です。素晴らしい先生が赴任されたと聞いて、歓迎会を開きたいのですが」

松宮
「じゃあ、二人で伺ってもかまいませんか?」

鈴恵
「えっ? まぁ、よろしいですけど」

美咲
「ちょっと、先輩」

松宮
「頼むよ、俺、こういうの苦手なんだ」

 

松宮先輩が、耳元で囁いた。

距離が近く、ドキリとした。

 

鈴恵
「この八方美人、前から気に入らなかったのよ。今にみてなさい」


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院長の妻、理事長の芳恵が主体となって話す。

 

芳恵
「ヘリポートに加え、一流ホテル並みの豪華な病棟の設立を行います」

 

経営陣が、ざわめく。

 

経営陣A
「小児難病センターの設立に多額の借入をした後に無謀過ぎます」

経営陣B
「この不景気な中、満席になるとは思えませんな」

芳恵
「旅行会社と協力し、外国人向けの人間ドックを開始します。豪華な病室に宿泊して、日本の高度医療での健診が受けられる、海外セレブが押し寄せるはずよ」

経営陣A
「医療ツーリズムは近年人気ですからウケそうですな」

経営陣B
「院長の方針、『患者は家族、親身に温かく寄りそう医療』が最近、疎かになってませんか」

芳恵
「あの人は甘いのよ! 病人だけが客じゃないわ、自由診療の人間ドックは儲けるのにもってこいよ、相場を知らない海外のお金持ちならいくらでも儲けられるわよ!」

経営者B
「客だなんて言い方」

芳恵
「医療だってビジネス! これからは富裕層をターゲットにした経営にシフト変更します!」

 

ため息ついて出ていく経営陣に変わり、鈴恵が入ってくる。

 

鈴恵
「お母様、今日はランチに行く約束よ」

芳恵
「待たせてごめんなさいね、ランチの後お買い物しましょう」

鈴恵
「それより、お願いがあるの、新しく赴任してきた松宮先生、鈴恵、あの方と親しくなりたくて歓迎会を開くって言ってしまったの」

芳恵
「あら、素敵じゃない、早速ご招待しましょ」


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グランドピアノがある、豪華な室内での食事会。

 

鈴恵
「赴任してきたばかりなのに、仲がよろしいのね」

松宮
「テニス部の先輩後輩ですから」

惣一朗
「そうだったんですか」

鈴恵
「まさか、高校時代に付き合っていたとか?」

惣一朗
「鈴恵、やめないか」

美咲
「ち、ちがいます」

 

動揺しすぎよ、気持ち、ばれちゃうじゃない。

 

松宮
「試合の日にち間違え一人会場で待ってるようなおっちょこちょい、女に見れませんよ、妹みたいな存在です」

美咲
「ひどい、先輩、そんな昔のこと」

松宮
「先輩はないだろ」

美咲
「失礼しました、松宮先生」

松宮
「お前に呼ばれると違和感あるな」

美咲
「だったら何て呼べばいいんですかっ」

松宮
「あはは」

惣一朗
「意外だな、築山さんにそんな一面があるなんて」

松宮
「昔から人一倍、責任感はあったから、命を預かる場で本領発揮したんでしょう」

松宮
「ほめといてやったぞ」

 

松宮先輩が、小声で呟いた。

身体が近づくと、震えるくらい緊張してしまう。

自然にしないと気持ちがばれてしまうわ。

そうなったら、こんな風に話せなくなってしまう……。

 

芳恵
「職場の話題はそれくらいにしましょ。鈴恵、松宮先生にピアノ弾いて差し上げたら」

鈴恵
「先生、お好きな曲、ありますか?」

松宮
「バッハのシャコンヌが好きです。長丁場のオペの時はいつもこれを聴くくらい気に入ってて、あまり落ち着く曲ではないかもしれませんが僕は集中できますね」

惣一朗
「私もオペの時はクラッシックですね。ドビュッシーの月の光が落ち着きます」

松宮
「いいですね、カンパネラも好きですよ」

鈴恵
「シャコンヌはピアノ向きではないので、ヴァイオリン準備しますわ」

松宮
「すごいなぁ、両方弾けるんだ」

芳恵
「幼い頃から音楽好きで、音大の成績も良かったのに、事故で腰を痛めて長時間の演奏が出来なくなって、泣く泣く好きな道を諦めたんです」

松宮
「それは、お辛かったですね」

芳恵
「明るそうに見えて、未だに引きずっていると思います」

 

鈴恵の演奏準備が整い、軽やかにヴァイオリンを奏でる。

すごい、素敵、鈴恵さん。

演奏が終わり、拍手喝采。

 

鈴恵
「松宮先生、見直してくれました?」

松宮
「素晴らしい演奏でした」

 

さっきの音楽の会話に、私、ついていけなかった。

あの頃と違う。

松宮先輩は医師になったのよ。

それに釣りあう人と、人生を歩んでいくのね……。


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松宮が帰った後、語らう立川家一同。

 

芳恵
「心強い先生が来てくれたわね」

惣一朗
「俺じゃ頼りにならないかい」

芳恵
「惣一朗は消化器専門じゃない。病院を経営する立場になるのにライバル視するなんてあなたらしくない」

鈴恵
「ライバル視は別の意味よね? お兄様」

惣一朗
「どういう意味だ」

鈴恵
「築山、美咲」

芳恵
「築山美咲って、今日来た看護師の?」

惣一朗
「バカッ、何言ってんだ」

鈴恵
「だってお兄様、二人が話している時もの凄く険しい顔で見つめていましたもの」

院長
「あの子に気があるのか? あの子はいい子だ」

芳恵
「余計なこと言わないで! 看護師に掴まるなんて許しません! うちに相応しい学歴と家柄の」

惣一朗
「誤解だよ!」

 

惣一朗は、怒って出て行ってしまった。

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医学書を広げ、オペの資料を読む惣一朗だが、美咲と松宮が仲良く話す姿がちらつき集中できない。

 

惣一朗
「何でこんなに頭から離れないんだ」

 

ノックの音がして、茶封筒を手にした鈴恵が入ってくる。

 

惣一朗
「忙しいんだ、出て行ってくれ」

鈴恵
「いいもの持ってきてあげたのに」

惣一朗
「いいもの?」

鈴恵
「興信所に頼んだの。松宮先生と築山美咲は本当にただの先輩後輩ね、今の所は」

惣一朗
「人のプライベートを勝手に! どうかしてるぞ」

鈴恵
「あら、お兄様を応援してるのに、兄想いの妹と褒めてほしいわ」

惣一朗
「誤解だって言っただろ!」

鈴恵
「いいのは愛想だけかと思ったら意外と頭良くて国立看護大出ているのね、これならお母様も納得するかもよ」

惣一朗
「必要ない、廃棄しろ」

鈴恵
「実家の医療機器メーカー、不景気の煽りで相当苦しいみたい、倒産寸前とか」

惣一朗
「……」

鈴恵
「助けたら、さぞかし感謝されるでしょうね」

 

鈴恵が茶封筒を机の上に置き、部屋を出ていく。

惣一朗は、茶封筒をじっと見つめていた。


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松宮先輩と並んで写る部活の写真と一緒に大切にしまっておいた先輩に貰ったテニスボールを久しぶりに出して見つめた。

 

美咲
「私の大切なお守り、宝物」

 

看護大学の受験、看護師の国家試験の日、大切な日には必ずもって行った。

握りしめると、不思議と気分が落ち着き、先輩が励ましてくれる気がした。

ガシャーン、何かが割れる音がリビングから、響いた。

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駆けつけると、父が食器を床に叩きつけ、家具をひっくり返していた。

 


「やめてください!」


「差し押さえられたら全部もってかれちまうんだっ! だったら、俺が!」

美咲
「やめて、お父さん! その家具大事にしていたじゃない!」


「くっ、ううっ……うううっ」

美咲
「どうしたの? どこか苦しいの?」

 

お父さんが、泣いている。

 


「もう、だめだ……何もかも終わる……」

美咲
「いったい何があったの?」


「会社で不渡りが出たの、もう一度、不渡りが出たらうちは倒産……従業員を路頭に迷わせてしまう」

美咲
「そんな……」


「佐々木さんの奥さん、来月、大きな手術が、森下さんは赤ちゃんが生まれたばかりなのに……どうすればいいの」

 

泣き崩れる両親をみて、どうすることも出来ずその場に立ち尽くした。

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向かい合って座る惣一朗と美咲の父。

 

惣一朗
「お忙しい中、お呼び立てしてすいません」


「とんでもない、娘がいつもお世話になっております」

惣一朗
「築山さんの実家が医療機器メーカーと聞いて、来年度から取引できないかと」


「是非ともよろしくお願い致します! しかし、来年度となると……」

惣一朗
「どうかされましたか?」


「お恥ずかしい話、不渡りをだし倒産寸前で」

惣一朗
「お力になりますよ」


「本当ですかっ!」

惣一朗
「これも何かの縁ですから」


「ありがとうございます!」

惣一朗
「築山さん、いえ、お父さんには折り入って話が……」


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自宅に帰ると、部屋はきれいに片付いていた。

 

美咲
「ごめんね、仕事休めなくて、お母さん一人で片付けたんでしょ?」


「いいのよ、ガラスの破片かなり散らばってたから、まだ残っているかも。気を付けてね」

美咲
「お父さん、遅いね」

 

その時、酔っぱらった父がご機嫌な様子で入ってきた。

 

美咲
「こんなになるまで飲んで、心配してたのよ」


「心配なんてなーにも無くなったぞ! 美咲のお陰でな」

美咲
「私の?」


「母さん、喜べ、こいつ玉の輿にのったぞ」


「玉の輿?」

美咲
「ちゃんと説明してよ、お父さん」


「立川病院の御曹司がお前を見初めたんだよ」

 

玉の輿? 見初めたって……。

立川先生が、私と結婚したいってこと?

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立川先生の真意を知りたくて、昼休みに呼び出した。

 

惣一朗
「いい天気だ、どこか出かけたくなるな。明日、非番だよね。俺も午後から勤務ないしドライブでも行こうか」

美咲
「あの、父から話は聞きました」

惣一朗
「それで、断るために呼び出したの?」

美咲
「そう言う訳じゃ……」

惣一朗
「じゃあ、OKなんだ」

美咲
「それは……」

 

立川先生、こんな強引な人だったけ?

 

惣一朗
「こっちはOKだよね 」

美咲
「えっ?」

惣一朗
「ドライブ」

美咲
「はい……」

 

病院じゃ話しづらいし、外でじっくり話すのがいいかもしれない。

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勤務を終え自宅に戻ると、食卓には豪華な食事が並んでいた。

上機嫌でワインを飲む父、母もどこか浮かれている。

 


「ちゃんと返事したんだろうな 」

美咲
「いえ、まだ」


「うちは5000万融資してもらったんだ! 今更断れないぞ!」

 

5000万! そんな大金……。

私、なんだかお金で買われるみたい……。

 

美咲
「明日、ドライブに行くのでその時お返事します」


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車の中では話が弾まず、晴れた空の下、海辺を歩くことにした。

 

惣一朗
「病院ではあんなに話せるのに、いざ二人きりになると言葉がでないな、柄にもなく照れてるのかな……あ、そこ気をつけて、ガラスが落ちてる」

 

立川先生はクールだけど、さりげなく気遣ってくれる。

きっと、優しい人なんだわ。

 

美咲
「あの、どうして私を? 」

惣一朗
「さぁ、どうしてだろう」

 

そんな、5000万も父に融資したのに、理由なく結婚したいっていうの?

 

惣一朗
「気付くと君を探してた、目で追ってた。がんばり屋で優しくて、皆に平等で、いつも笑顔で 」

美咲
「先生……」

惣一朗
「君のいい所は沢山あげられるけど、好きになった理由をあげるのは難しいね」

 

そんなに私のこと見ていてくれたんだ……。

 

佐々木
「お嬢さんじゃないですか?」

 

振り返ると、父の会社に長年勤める従業員、佐々木さんと奥さんがいた。

来月、手術すると言っていた奥さんの顔色は少し悪い。

でも、幸せそうな顔……。

 

佐々木
「こいつが来月から入院するんで、初めてデートした場所に行きたいって 」

奥さん
「もうあなたったら、そんな事言わなくても」

 

思い出の場所に来たから、奥さん、こんな少女みたいな笑顔なんだ。

 

佐々木
「その方はご結婚相手の」

美咲
「えっ?」

佐々木
「素晴らしい相手と結婚が決まったと、社長、毎日ご機嫌ですよ」

奥さん
「おめでとうございます」

 

佐々木さん夫婦が、仲良く手を繋ぎ歩いていく。

私が結婚しなかったら、二人の幸せを奪ってしまう。

 

惣一朗
「君のお父さん、気が早いね。周りの事は気にしないで、自分の気持ちに従って欲しい 」

美咲
「はい……」

惣一朗
「お父さんから聞いてるかも知れないけど、融資の件もあくまでビジネスだから。気にすることはないよ」

 

やっぱり、立川先生は気遣いの出来る人だ。

 

惣一朗
「あ、一番の理由はこれかな? さっきの夫婦みたいに、年をとっても一緒に歩んでいける、僕はそういう相手を探していた気がする」

 

私も一緒。

手をとり、夫婦協力して、いつまでも仲良く歩んでいきたい。

 

惣一朗
「君なら、それができると思った」

 

立川先生、この人は誠実な人だわ。

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にこやかな父と緊張気味な立川先生に、母がお茶をだすのを見て、

私は、覚悟を決めた。

 


「お忙しい中、挨拶なんて、もう親子ですから、かたっ苦しいことは 」

惣一朗
「大切な娘さんをいただくのですから、こういうことはきちんと、それに、美咲さんの返事を頂いてませんし……」


「なんだって、美咲!」

美咲
「あの、このお話お受け致します、ただし、条件が」


「お前、条件なんて失礼な!」

美咲
「結婚後も、看護師を続けさせてください!」


「大病院の医師に嫁ぐんだぞ! 家庭に入り支えるのが妻の務めだろう」

惣一朗
「お父さん、僕は、今のままの美咲さんが好きです」

美咲
「立川先生……」

惣一朗
「家庭でも、病院でも僕の支えになってくれ」

 

立川先生が、私を真っ直ぐ見つめている。

この誠実な瞳。この瞳を信じてみよう。

 

美咲
「はい、約束します」


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惣一朗の突然の報告に、立川家は騒然となった。

 

芳恵
「親に相談なしに結婚ってどういうことなの! 」

鈴恵
「国立の看護大出ているし悪くない学歴よ、親は一応、会社経営しているみたい」

芳恵
「鈴恵、あなた知ってたの?」

鈴恵
「えぇ、まぁ……」

芳恵
「惣一朗の結婚相手は私が選びます!」

惣一朗
「それだけは選ばせない!」

芳恵
「惣一朗……」

惣一朗
「塾や家庭教師、付き合う友達まで母さんの好みに合わせ僕は人を選んできた。でも、これだけは譲れない」

芳恵
「それは母さんがあなたの事を一番分かっているから、だから、失敗なくここまで」

惣一朗
「僕のことを理解しているなら分かるはずだ、一生を共にする人は自分で選ぶ!」

芳恵
「惣一朗……」

鈴恵
「お母様には私がいるでしょ」

芳恵
「ううっ、鈴恵……」

 

義母の反対が強く、式を挙げず、私達は入籍をすませた。

立川美咲となった一日目の仕事を終え、帰宅する私をあの人が呼び止めた。

 

松宮
「築山、いや、これからは立川さんだね 」

美咲
「あ、はい……」

松宮
「高校の頃と大違いだ。優秀な看護師が妻になれば立川先生も心強いよ、おめでとう」

美咲
「ありがとうございます」

 

立ち去っていく松宮先輩の背中に呟いた。

松宮先輩、さようなら……。

ずっと、ずっと大好きでした。

 

それから、一か月後。

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義母が結婚を承諾する条件に同居をあげた為、私達は一緒に暮らすことになった。

惣一朗さんを激愛している義母に嫌われるのは仕方ない。

少しずつ歩みよっていけばいい。

そう思っていたけれど……。

 

義母
「明日は大事なお客様がいらっしゃるのよ、隅々まできれいにしてちょうだい!ほら、ここも、ここも汚れているわ!」

美咲
「はい」

 

昼間、お手伝いさんが掃除をしているはずなのに……。

義母は、毎晩のように用事を言いつけるので夫婦の時間がとれなくなっていた。

 

義母
「親の躾が悪いのか、ろくに掃除もできやしない」

美咲
「すいません……」

義母
「親子揃って図々しい、あなたの父親、親戚面してうちの名前の病院を出し、あちこちに営業かけてるらしいの」

美咲
「父に控えるように伝えときます」

義母
「親子揃って、人をそそのかすのが上手いのね」

惣一朗
「ただいま帰りました」

義母
「惣一朗が帰ったみたいね」

美咲
「お母様、私が」

義母
「あなたは自分の務めを果たしなさい!」

美咲
「はい……」

 

今日は、惣一朗さんが好きなビーフシチューを作ったの、喜んでくれるかしら?

私が食事の準備をしていると、リビングには義母だけが入ってきた。

 

美咲
「惣一朗さんは?」

義母
「もう休むらしいわ」

美咲
「そう、ですか……」

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掃除を終えるのに1時間かかり、寝室に入ると惣一朗さんはベッドで眠っていた。

 

惣一朗
「亭主が帰ってきたのに出向かえもなしか」

美咲
「ごめんなさい、お母様の用事を」

惣一朗
「言い訳はいいよ」

美咲
「あの、惣一朗さん、お母様のことで相談したいことが」

惣一朗
「またその話か、疲れているんだ、明日にしてくれ」

 

そう言うと、惣一朗さんは背中を向けて眠ってしまった。

惣一朗さん、どうしてそんなに変わってしまったの……?
 

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