ハツカダイコン事業。
それが終了したのは半年前。
簡単に育てられ、場所を選ばずに栽培出来るそれは、爆発的に売れた。
清人さんの会社の業績はうなぎのぼり。
そうして、つい先日のこと。
清人さんは、抵当に入っていた松乃宮のお屋敷を買い戻したのだ。
ハナ
「私、またここの掃除が出来るとは思っていませんでした」
清人
「……君に掃除をさせるためにこの屋敷を買い戻したのではないのだが?」
清人さんが呆れるように言った。
ハツカダイコン事業で、清人さんの会社は今やこの東都で知らない人はいないと言われるぐらい名前を上げた。
それを受けて、今まで取引していた会社の社長さんたちも、そんな有名な会社の社長が借家住まいでは示しがつかないなどと言い出し、色々と動いてくれることとなったのだ。
そうして、人手に渡る寸前のこのお屋敷をどうにか死守してくれて、清人さんはお屋敷を買い戻すことができた。
ハナ
「それにしても、たった数ヶ月でこのお屋敷を手に入れるだなんて……清人さんは本当にすごいお方ですね。旦那様の借金も全て返済できているし……」
私なんかが働いては、一生死に物狂いで働いたって返せやしない金額だ。
それをたった半年程度で稼いでしまう清人さんの商才にはただただ頭が上がらなかった。
清人
「何を言っている。ここまで業績をあげられたのは全てハナさんのおかげだ。ハナさんがハツカダイコンを栽培していなければ、そもそもこの事業じたいが成立していなかった」
ハナ
「そんな大げさな……。私がハツカダイコンを作ったのは偶然です。それに目をつけた清人さんの考えが、この実績を生んだんですよ」
清人
「いや、ハナさんのおかげだ。本当に感謝をしている」
ハナ
「だから、清人さんの……」
トメ
「はぁ、またその言い合いですか」
私たちが互いに意見を譲らないでいると、背後からトメさんのため息が聞こえた。
トメさんのため息の理由もわかる。
だって、ここ最近の私たちはいつもこうなのだから。
トメ
「ハツカダイコンのことに関しては、お2人の力で成功したことなのですから。ハナの知識がなければ成功しなかったのも事実ですし、清人さんの商才がなければ成功しなかったのも事実ですよ」
ハナ
「いや、でも……」
清人
「ふぅ、ハナさん、この話はこれで終わりにしよう。トメさんの言うとおりなのだから」
ハナ
「……そうですね」
と、納得したものの、やっぱりなんだか信じられない。
私はそんな大層なことをしたのではないのに、なんだか褒められてくすぐったい。
清人
「それより、ハナさんはもう部屋へ荷物を運んだのか?」
ハナ
「はい。私の荷物は少なかったですから」
清人
「何か足りないものがあれば言ってくれ」
ハナ
「ありがとうございます。それにしても、よろしいのですか? 私まで母屋に済ませて頂いて……」
清人
「当然だ。借家でだって共に生活をしていたのだから」
トメ
「ですが……やはり私とハナは離れに住ませていただいた方が……」
清人
「トメさんまで何を言い出すんだ。今の2人は女中でもなんでもない。私の家族と変わりないのだから。だから、気兼ねなく母屋で過ごしてほしい」
ハナ
「清人さん……」
清人
「トメさんも、何か必要な物があれば言ってくれ。すぐに用意させる」
トメ
「そのお心遣いだけでじゅうぶんでございますよ」
清人さんも、奥様も、私とトメさんを本当の家族のように接してくれる。
お屋敷に戻った今でも、女中と主の関係なんてなくて。
本当に、このまま家族になれたら……なんて、身分不相応な考えまでしてしまうこともある。
ハナ
(私は年季があけたら……村へ戻るのに)
トメ
「さ、そろそろ夕食の支度をしないとですね。ハナは洗濯物を取り込んでおいてください」
ハナ
「はい。わかりました。では、清人さん私はこれで」
トメさんが玄関へ向かうのにあわせて、私も竹箒を手にしたまま一礼しその場を去ろうとする。
けれど、ふいに腕をつかまれた。
清人
「待ってくれ。少し、2人きりで話しをさせてもらえないか?」
ハナ
「え?」
清人
「時間は取らせない」
ハナ
「は、はあ……?」
なんだか、いつになく真剣な清人さんの表情。
清人
「……また、先ほどの話に戻ってしまうのだが、このハツカダイコン事業の功績者はハナさんだ。ハナさんがいてくれたおかげで、松乃宮は息を吹き返した」
ハナ
「だ、だからそんなことは……」
清人
「いいから聞いていてくれ」
ハナ
「は、はい……」
清人
「会社にとっても、松乃宮にとっても、ハナさんは大切な存在なんだ。出来ることなら、年季があけても会社で働き続けてほしい」
ハナ
「え……?」
清人
「もちろん、村へ帰りたいのなら私はとめたりしない。だが、私はこれからもハナさんと共に在りたいと思っている」
まっすぐに私を見つめた瞳。
思わず、言葉を失ってしまう。
清人
「どうだろうか、ハナさん」
ハナ
「ど、どうって……」
清人
「もちろん、勝手なことを言っているのは理解しているつもりだ。ハナさんの気持ちも考えずに……だが、私はこれからも君と仕事がしたい、君と、生活がしたい」
ハナ
「そ、そりゃ私だって許されるなら今の生活を続けたいです。でも、このまま年季があけても村へ帰らず仕事を続けるだなんて……」
清人
「不都合だろうか?」
ハナ
「その、なんだか信じられなくて……。それに、私漠然と考えてたんです。年季が明けて村へ帰ったらお見合いの話がきてるんだろうなって。それで、そのまま結婚して子供産んで……何も無いままの人生を過ごすんだろうなって」
清人
「結婚……か」
そうつぶやいた清人さんは、何かを決心したように一度頷き、私を再びしっかりと見た。
清人
「今の状況でこんなことを言うなんて、自分でもおかしいと思っている。だが、私はいつからか、夢見ていた」
ハナ
「夢……ですか?」
清人
「ああ。君と共に仕事をし、君と共に寝食を共にして……。私たちが本当の家族になれる日を」
ハナ
「本当の……家族」
清人
「ああ。……いつか、ハナさんと結婚が出来たらと、考えていた」
ハナ
「っ!!」
清人
「……すまない。勝手なことを言ってしまったな。だが、今私が口にしたことは全て事実だ」
清人
「君が私に仕えてくれて、私と共に仕事をしてくれて……もう、ハナさん無しの人生など考えられないんだ」
ハナ
「清人さん……」
信じられない言葉。
ここずっと、私が夢見ていたような話。
感動からか、私の体はかすかに震え、瞳から自然と涙がこぼれ落ちていた。
ハナ
「私も……私もずっと考えていました。けれど、身分も違う相手のお方と結婚だなんて、そんなこと許されるはずもありませんし……」
清人
「身分……何を言っているんだ。今の私は庶民だろう? 身分も何も無い。私たちの関係を阻むものは、なにもないぞ」
ハナ
「あ……」
清人
「ハナさん、これからは……結婚を前提として私を1人の男として見てくれるか?」
ハナ
「……もちろんです!」
涙を拭い取りながら返事をすると、突然、優しく温かな何かに包まれた。
それが、清人さんの体だとは、すぐには気が付かなくて。
しばらくしてから、抱きしめられていることに気がついた。
清人
「そうと決まれば、君の実家に連絡をせねばな。見合い相手を探されていたら困る」
ハナ
「ふふ、そうですね」
清人
「……もう少し、仕事が落ち着いたら君の故郷へ行こう。結婚の報告を……2人でしよう」
ハナ
「はい」
私は返事と同時に、清人さんの胸へ顔をうずめた。
そうすれば、それに応えるように清人さんは更に私を強く抱きしめてくれる。
そのまま、私たちは互いの気持ちを交差させるかのように、抱き合い続けたのだった。
–END–
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