【芦屋道顕】身に迫る危機の予兆(2)予兆とその霊的理由:死が迫ると起きる現象とは

【芦屋道顕】身に迫る危機の予兆(2)予兆とその霊的理由:死が迫ると起きる現象とは

身に迫る危機の予兆(2)予兆とその霊的理由:死が迫ると起きる現象とは

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■身の危険の予兆とその霊的理由

では(1)で挙げた予兆がなぜそのような身の危険の暗示となるのか、ここでは霊的理由も挙げていくぞよ。

◎夢の内容までは覚えていなくても「物悲しい気持ち」「寂しい気持ち」で目が覚めた

内容は覚えていなくとも、身の危険の「予知夢」であるならば「葬儀に参列していて、誰が死んだのかと遺影を見たらそこに自分の顔があり、まだ存命の親や兄弟姉妹、友人などが泣いていた」「他界した祖父母や先に死んだかつての友人、ペットなどに会い、夢の中で『ああ、自分も死んだのか』と悟った」などの夢だったやもしれぬ。ゆえに魂から浸み出すような寂しさを感じ、それが目覚めても残っているのであろう。

◎昨日までふつうに動いていた家電が、突然動かなくなる・壊れる

これは「身代わり」になってくれていることもあるが、やはり生命エネルギーの転換期にあることの表れじゃ。

◎同性同名・または下の名前が一緒で漢字が同じ人の事件事故死のニュースを目にしてしまう(自分が「真緒」なら同じ「真緒」の場合。「真央」「麻央」などは気にしないでよい)

これは「おぬしも気をつけよ」との、視えぬ存在からのメッセージじゃ。そして、やはり「身代わり」になってくれたやもしれぬ。有名人は大勢の人にその存在を知られファンからエネルギーを受け取りそれを糧に生きていくものであるが、大勢にその存在を知られていれば念も受け取りやすく、またなんぞのときには「憑代」となりやすい。ファンでなくとも同じ名前の有名人とは霊線が繋がりエネルギーの行き来が起きることがあるのじゃ。

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