シェイクスピアでまなぶ恋の秘密。ほんとうはちょっと重たいジュリエット。

シェイクスピアでまなぶ恋の秘密。ほんとうはちょっと重たいジュリエット。

【天才劇作家シェイクスピア】

ウィリアム・シェイクスピアといえば、いうまでもなく数百年前の劇作家です。

『ハムレット』や『リア王』を初めとするその作品は深い洞察と人間理解にあふれ、いまなお、各地の劇場で上演されつづけています。特に演劇にくわしくない人でも、かれの名前を知らないということはありえないでしょう。

そして、シェイクスピアといえば恋愛劇の達人、その道の先駆者でもあります。はたして本人自身が恋愛の名人であったかどうか、それはわかりませんが、とにかく恋愛を描くことにかけてはまさに右に出るものがいない人物であるわけです。

そういえば、シェイクスピアその人を主人公にした『恋におちたシェイクスピア』という映画がありました。アカデミー賞を何部門も受賞している名作で、特に衣装と脚本の美しさは絶品。

全編、明るく楽しいトーンながら、切ない印象を残す作品といえ、個人的にとてもオススメです。機会があればぜひ見てみてください。

しかし、今回はシェイクスピア自身の物語ではなく、あくまでかれの作品から、恋愛のエッセンスを学んで行こうと思います。参考に取り上げるのは小田島雄志さんの名著『シェイクスピアの恋愛学』です。

【悲劇の恋人たち】

さて、シェイクスピアのラブストーリーといって、多くの人がまず思い浮かべるのは、おそらく『ロミオとジュリエット』に違いないでしょう。

十代の少年少女の穢れなき愛情、その真実――命がけの、一切の打算を排したほんとうの恋の物語! まさに『ロミオとジュリエット』こそは、シェイクスピアの全作品のなかでも特筆すべき傑作です

悲劇の舞台となるのはモンタギュー家とキャピュレット家が争いあう街ヴェローナ。この騒乱の都市で、少年ロミオと少女ジュリエットは出逢います。

ああ、これこそまさに運命の愛――といえるかといえば、実はそんなこともないようです。最初、物語が始まる時、ロミオはすでにロザラインという女性に恋をしているわけです。ジュリエットのほうにはパリス伯爵との縁談が持ち上がっています。

ようするにふたりとも、十代前半という若さながら、まったく恋と無縁に育っているわけではないわけです。しかし、ロミオにとっても、ジュリエットにとっても、お互いがそれまでとは比較にならないほど重い価値を持っているのは間違いないようです。

そして、あの「おお、ロミオ、ロミオ! あなたはどうしてロミオなの?」というセリフで有名なバルコニーのシーンへ至るわけなのですが、ここでロミオとジュリエットは非常に対照的な態度を見せます。

【少年の無邪気、少女の純愛】

やはり『シェイクスピアの恋愛学』でも取り上げられているので、そこから翻訳を引用してみましょう。まずはロミオ。

おお、しあわせな、しあわせな夜、夜だから
これはすべて夢だということになるまいな。

一方のジュリエット。

もしあなたの愛のお気持がまことのものであり、
結婚ということを考えてくださるなら、明日
あなたのもとへ人を送りますからご返事を、
どこで、いつ、式をあげるか知らせてください。

どうでしょう、実に面白いとは思いませんか。ここでロミオは恋の幸せに溺れ、ひたりきっているのに対し、ジュリエットは早くも結婚のことを考えているのです。

ここらへんの恋人たちのすれ違いというものは、実に百年一日というか、長い時を経てもあまり変わらない性質のものであるのかもしれません。

シェイクスピアが恋を描く達人とされているのは、こういう描写が人間の本質を捉え、何百年経っても一向に古びないからであるのに違いありません。

もちろん、御存知の通り、結局、ロミオとジュリエットは結婚することはできず、不幸な運命のもと、死を遂げてしまうわけです。

しかし、どうでしょう、仮にこのふたりがめでたく結婚していたとしたら、その後も幸せに暮らせていけたでしょうか?

この最初の場面にすでに存在する男と女の心理のすれ違いを見ていると、案外、最後に待ち受けるのはいさかいと破局であったかも、という気もします。

【美しい青春の幻】

つまりある種の心中を遂げたからこそふたりの愛は永遠なのであって、もしかれらの愛がめでたく成就を遂げていたなら、それは長い年月のうちに嫉妬や猜疑によってさび、崩れ落ちていたかもしれません。

そういう意味では、ロミオとジュリエットは恋に殉じ、恋を貫き通すことができた幸せな恋人たちということができるでしょう。

一般に青春の恋はどれほど情熱的であっても仮初めのもの、十四の恋が二十四、三十四と続いていくことはまずめったにありえないのですから。

しかし、それでもなお、ロミオとジュリエットの至純のラブストーリーは、いまもぼくたちを泣かせます。それは、人が恋を貫き通すことがどんなにむずかしいかわかっているために、かえって十四の幼い恋の純粋さが胸を打つのでしょう。

そういう意味で、『ロミオとジュリエット』はまったく名作です。若々しい青春の恋――それは儚い幻であるとしても、一生を左右する影響力を持っているかもしれないということ。

あなたも、初恋の甘い(あるいは苦い)思い出があるのではありませんか? その真実を描き出しているという意味で、シェイクスピアは、まさに不滅の詩人というべきですね。詩人に感謝を!