【短編恋愛小説】儚き夢の恋物語其の三

【短編恋愛小説】儚き夢の恋物語其の三

第七章

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昭和二十年三月の初め昭夫に突撃命令が下された。期日は二日後。昭夫は冨貴子に知らせるべきか一瞬迷ったが、どうしても最後に手紙を送ろうと決め筆を手にした。初めて会ったヨチヨチ歩きの冨貴子が少しずつ大きくなり、昭夫の腕の中でスヤスヤと寝息を立てて眠っていたあの夜が鮮明に浮かび上がる。そして、冨貴子の温もりと匂いを記憶に焼きつけるように噛み締めながら一つ一つの場面を思い出していた。真っ白な紙に涙が落ちて墨が滲んだ。それは、昭夫が最後に綴った、「遠い空から幸せを祈っています。」の箇所だった。

そして、とうとう出撃の朝がやって来た。昭夫は冨貴子と両親、兄達に宛てて書いた手紙を特攻隊を支える撫子隊の娘の一人に託した。冨貴子に少し似ている可憐で美しい少女だった。彼女はしっかりと手紙を受け取り、「必ず届けます。」と言ってくれた。

昭夫は特攻機に乗り込みポケットから冨貴子が送ってくれた御守りを出してちょうど目の前に見える位置に吊るした。そして、撫子隊に敬礼をするともう振り返ることなく前だけを見ていた。機体がうねりを上げて走り出す。撫子隊の少女達が走りながら名前を呼ぶのが微かに聞こえてくる。昭夫はその声を振り切るかのように操縦桿を握りしめ、やがて機体は沖縄の海へと空高く飛んで行った。

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