ゆっくりと話始めた増田くん。
私は警戒しながらその言葉を聞いていた。
「明日、両親がマンションに来るんだけどさ、そのときに彼女のフリをしてくれない?」
「え……?」
増田くんの頼み、それは私の想像とかけ離れていた。不倫のことを黙る代わりに彼女のフリをしろだなんて、そんなバカな話があるわけがない。
てっきり、金銭を要求されるとばかり思っていたから。
「だから、西脇さんに彼女のフリをしてほしいんだって」
「な、なんで?」
「ほら、俺もそろそろ結婚の話とか出始めちゃってさ」
「け、結婚……」
今一番聞きたくない単語かもしれない。
私はうなだれながら、増田くんの言葉を待った。
「お見合い写真持ってくるって言われてるんだ。だから、西脇さんに彼女のフ
リしてもらえれば、うまく断れるかなって」
「そんなうまくいく?」
「大丈夫。あ、付き合ってるのに西脇さん、じゃおかしいか。真央って呼ばせてよ」
「は!?」
浜本さんですら呼ばない私の名前を口にされ、突拍子もない声が出てしまう。
けれど、増田くんはそんな私なんてお構いなしに、名前を呼んだ。
「真央、うん。じゃあ真央も俺のこと名前で呼んで」
「増田くんの名前……?」
「そう。涼介って」
「……涼介」
久しぶりに、男の名前を呼んだかもしれない。
思えば、出会ったのが職場だったからなのか浜本さんを名前で呼んだことなんて今までで一度だって無かった。
仕事もプライベートも互いに苗字で呼び合って。
「じゃあ、とりあえず連絡先交換しよう。あ、住所も教えとかないと」
「増田くんの家ってどこなの?」
「涼介、ね? 最寄り駅は青橋」
「ど、どうして私なの?」
そもそも、増田く……涼介なら私なんかに彼女のフリを頼まなくたっていくらでも女性社員が寄ってくる。
「彼女のフリを頼むなら、恋愛関係にならない人に頼むべきだと思うんだよね。真央なら、俺とどうこうなることなんて無いだろうから」
私が押し黙ったままでいると、さらに言葉を重ねる。
「それに、好条件だと思わない? 彼女のフリするだけで不倫のこと黙っててもらえるんだから」
「だ、だから不倫じゃっ……」
言いかけたけれど、続けられなかった。
確証は無いけれど、私は心のどこかで浜本さんを疑ってる。
だから今日だって、逃げるようにホテルの部屋を出てしまったんだ。
「……明日来てもらえなかったら、真央たちの関係、バラすから」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべた涼介は、そのまま私に背を向けた。
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