浜本さんの言葉。
私はすぐに答えられずに黙りこんでしまった。
もちろん、会いたい。
何も知らずにいたままの私なら無条件に会う約束を受け入れていた。
けれど、今は……。
(今日会ったら……増田くんの言葉を確認しちゃいそう……)
必要以上に受話器を強く握り締めると、急かすように電話口に言葉が追加される。
『都合、悪いですか?』
「いえ……大丈夫です」
自然と、そう口にしていた。そうすれば、浜本さんは安堵の息をつく。
そうして業務用の当たり障りない電話を終えた私は思わずデスクに突っ伏した。
(本当に会っていいの……? 今の私、ちゃんと浜本さんに会える?)
返事をしてしまったというのに、頭の中では考えがまとまらない。
「さっきの電話……」
「ひゃっ!」
突然、背後から声をかけられ体をビクンと動かせば増田くんが涼しい表情で私を見ていた。
「さっきの電話、浜本さん?」
「……増田くんには関係ないでしょ」
そう言い、逃げるようにデスクを立った。
の、だけれど……。
部署のドアを出たところで増田くんに腕を掴まれてしまった。
「会うの?」
「そ、それが?」
「相手は既婚者なんだよ?」
会社の廊下。
人通りが少ないとはいえ、増田くんに腕を掴まれたまま話をしていては周囲に怪しまれる。
不毛な話し合いを早く終わりにしたくて、私は思い切り増田くんの腕を振り払った。
「資料室に用があるから話ならそこで……」
「うん、わかった」
納得したのかはわからないけれど、増田くんは爽やかな笑顔を見せる。
「で? 会うわけ?」
資料室の内鍵を閉めた増田くんは私が逃げないようにするためかドアの前に立ちはだかる。
「私が浜本さんと会うのをなんで増田くんに言わないといけないの?」
「不倫を黙って見過ごせないから」
「まだ不倫だなんて決まってないでしょ」
「じゃあ、浜本さんが既婚者だっていう証拠があれば認める?」
何を考えているのかわからない。
増田くんは資料室に入ってから顔色一つ変えていないのだから。
「証拠って何よ」
「西脇さんが納得する物なら用意するよ。結婚式の写真とか」
「結婚式の写真……?」
思わぬ証拠に、胸がドクンと高鳴った。
(もし、増田くんの言ってる証拠が本物なら……? 浜本さんの結婚式の写真だなんて……見たくない!)
「いい! 今夜、今夜ちゃんと聞くから!」
怒鳴るように言った私は、そのまま増田くんの体をどかし資料室を後にした。
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