翌朝――
自分のデスクにつくなり、増田くんが声をかけてきた。
なんでも、今日からしばらくこの部署の手伝いだと言っていたけれど……。
「寝不足?」
(……誰かさんのせいでね)
家に帰って一睡も出来なかった。
もちろん、増田くんの言っていることを信じたわけではない。
だけど、結婚をはぐらかす理由はそこにあるんじゃないのかなって思って……。
一晩中、私は浜本さんからもらったメールを確認していた。
ところどころに見受けられる、独身であるかのようなメールの文面を見ては安心して……でも、安心をすれば増田くんの言葉がチラついて。
「西脇さん、ちゃんと考えたほうがいいよ?」
「な、なにが……」
「昨日、言ったこと」
私は唇を噛んで、増田くんを睨んだ。
「あの人は既婚者じゃない。このメール見て」
スマートフォンを増田くんの眼前に突き出せば、少しぎょっとした表情をしつつも、画面の中にある文字に視線を這わせ始めた。
「これは?」
「彼からのメール。ここに書いてあるでしょう? 「奥さんがいてくれたらな」って」
私は自分の手元にスマホを戻し更にスクロールする。
「ほら、ここも。「独身ってこういうとき寂しさを感じるよね」って書いてあるでしょ?」
息巻きながら浜本さんのメールを読み上げ続けると、乾いた笑い声が聞こえた。
「な、なんで笑うの?」
「不倫男が独身者だなんて偽るの当然じゃないのかな」
「なっ……」
「仮に、西脇さんが独身者だって信じて付き合い続けたのなら問題ないけど、もうあの人が既婚者だって知ってるよね?」
「まだそうと決まったわけじゃっ……」
言いかけた私に、声がかけられた。
電話が入ったと。
思い切り増田くんを睨み、デスクへ向かい受話器を取る。
そこから、思いがけない声が聞こえ、私は思わず言葉を失った。
声の主は、浜本さん……。
(どうしてこのタイミングで浜本さんが……)
浜本さんからの仕事関係の連絡はメールがほとんど。電話は滅多にかかったことがない。
それなのに、急用でもないのに電話をかけてこられ、運命のイタズラを感じてしまう。
仕事中の丁寧な言葉遣いなのに、話してる内容は昨日のデート。
気まずいままで別れたことを謝罪する内容で……。
(だめ、今日はうまく話せそうにないや……)
そう思い、電話を切ろうとしたときだった。
『今夜、仕切り直しをさせていただきたいのですが』
電話口で浜本さんはそう切り出した。
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