【恋愛図書館】司書メガネ男子が恋する魂に贈るふたつの助言。

【恋愛図書館】司書メガネ男子が恋する魂に贈るふたつの助言。

【恋を集めた図書館】

(それは、地上の彼方、青空の向こう側、どもにもない場所にだけある秘密の建物――。)

おお、ようこそ、わが【恋愛図書館】へ。いまだ生まれていない魂よ、どのような用件でこの場所を訪れられたのかな?

わたしは当図書館の司書のひとり、メガネ男子。どんな用でも受けたまわろう。

何だって? 恋についてのアドバイスを聞きたい? なるほど、そういうからには、いまだ名前もない魂よ、きみもこれから恋するため地上に産まれるつもりなのだね。

しかし、わたしにいわせれば、それは大いなる愚挙、世にもばかばかしい行為といわざるを得ない。見てみたまえ、あの青い星、恋する者たちの惑星を。

あの星ではきょうも、幾千もの恋人たちが別れ、幾万もの夫婦がいさかっているのだよ。

ほら、見えるだろう。かつて甘い恋をささやいたその同じ唇で、むかし優しい愛の言葉を受けとめたその同じ耳に、辛辣なののしりを叩きつけているあの光景が。

わたしはいつも思うのだ。なぜ、ひとはこうも恋に苦しみ、愛に悶える生き物なのだろう、と。

そして、いつかはそれがこの上ない苦しみを生み出すとわかっていながらも、愛することをやめようとしないのだろうか、と。

Chrysanthemum

初めて恋をしたその時の胸の高鳴りが忘れられないから? それとも、だれもが恋愛初期の甘い夢のような日々におぼれ、暗い先行きを見通せないほど愚かだというのだろうか? わたしにはわからない。

わたしはこの【恋愛図書館】の司書としてただ人々の恋を観察するだけ。わたし自身はだれとも恋をすることは赦されていないのだよ。

いずれにしろ、いまこうしている間にも、だれかが恋に落ち、愛に人生をささげようとしていることに変わりはない。どうやら神さまはひとは恋する生き物として作られたらしいね。

【司書の助言】

さて、魂よ、まだわたしの助言を欲しているのかな? おそらく、それはきみが期待するような甘やかな内容にはならないと思うが、それでもいいと?

よろしい、それでは、この秘密の【恋愛図書館】の司書として、きみにふたつだけアドバイスを差し上げよう。

まずひとつ目は「恋に期待しすぎてはいけない」ということ。恋に過剰な期待を抱く者は、自らの期待に押しつぶされてしまうのが地上の法則。

なぜなら、恋とはしょせん相手があるもの、何もかもきみの思い通りになりはしないからだ。それが厭なら恋などやめておくことだね。

「決して自分の思い通りに動くだけではない、人形でもロボットでもない血の通った人間と巡り会いたい」と思うのでなければ、恋になどいささかの価値もない。

そしてふたつ目は、「愛に盲目になりすぎてはならない」と憶えておきなさい。

きみはこれからあの星にひとりの女性として産まれ、運命のその人を探し出すべく歩き出すことになるはずだが、たとえ、「この人こそ、そうだ」と思える人に巡り会えたとしても、決してその愛に溺れすぎないよう注意するといい。

あるいはそれはほんとうに運命の星が示すたったひとりの人かもしれないが、たとえそうであったとしても、熱烈すぎる恋はしばしば急速な破綻を迎えるもの。とにかく慎重にことを運びなさい。

わたしがいえることはそれくらいだ。ほんとうは「恋などやめておけ。一生をそのほかのことに使いなさい」といいたいところだが、どうやら、きみはそんな話は聞きたくない様子だし。

それでは、さあ、お行きなさい。

もし首尾よく「その人」を見つけ出し、きみのほうに振り向かせることができたなら、どうかその時は夢のなかででも、もう一度この【恋愛図書館】を訪れて、仔細を話して聴かせてくれたまえ。

きみの恋の物語は、きっと【恋愛図書館】に記録されるにふさわしいものだろうから。

さて、さようなら、これから生まれ落ちる魂よ。いつかきみが自分の恋について話して聴かせてくれることを楽しみにしているよ。

【残された者の独白】

――行ったか。やれやれ、よりにもよって恋を知らないわたしに愛についての助言を求めようとは。

ああいう無邪気な魂たちは皆、【恋愛図書館】の司書といえば、恋愛ごとについて知りつくしているものと思い込んでいるらしい。

しかし、ほんとうはわたしはひとの想いについてなど何もわかりはしないのだ。何しろわたし自身は恋することを禁じられた身、ただ人々のあるいは切ない、あるいは幸福な恋の出来事を記録して残すことを運命づけられているだけなのだから。

もちろん、べつに恋をしたいなどと思ったことはないが。ひとの抱える情緒のなかでも、あれほど愚かしくくだらない想いはまたとないだろうからな。

しかし、妙なものだ、時折り、この胸をからっ風が吹き抜けていくような気がしてならない。まるで、この胸には初めから穴が空いているような、あらかじめ欠けてはならないものが欠けているような――。

いや、気のせいに違いない。わたしは愛になど何の興味もないのだ。

おや、またあたらしい魂が来たようだ。早く行って迎え入れてやらなくては。まったく、忙しいことだ。

どうしてこう、だれも彼も恋について知りたがるのだろう。わたしにはまったくわからないことだ。わからなくて幸せだ! そう、幸せに違いない――。

ああ、いま行くよ、見知らぬ魂よ、ようこそ、【恋愛図書館】へ。わたしはメガネ男子。この図書館の司書のひとりだ。きみが愛にまつわる物語を抱えているなら、どうぞ聴かせてくれ。わたしはそういう話を集めているのだ。ひとの燃える想いと、それが織りなす模様のエピソードを。

そう――わたしには永遠に関わりがない、人間たちだけの想いのストーリーを、ね。

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