【辛口オネエ】リセットして、肩の力を抜いて生きることの大切さ【不幸な人生を自分で脱却する方法(13)】

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※この記事の内容は以下の電子書籍に収録されました。

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いよいよ最終回。この期に及んでまたしてもスピリチュアルな話に戻るんだけどね。

前に、引き寄せと占いは両立できるし、占いではうまくいかなそうな相性でも、引き寄せでなんとかできることももちろんあるって話もしてる。

だけど、それも限度があるしうまくいきやすい方向とそうじゃない方向は、やっぱりあるわけね。

■可能性は低くてもチャレンジする機会はあったほうがいい

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正直なところ、生まれつき、サッカー選手にどうしても向いてない運動神経の子はいると思う。

だけど、本人がどんな努力でもするから、目指すって言うのを、医者と親で「おまえには絶対無理だ!」って諭すのは、愛情かもしれないけど、残酷だと思うのよ。

「絶対無理」も、他人に言われて諦めるのと、自分で納得いくまでやってみて「あ、無理だったのか」って納得するんじゃ、ぜんぜんその後の人生が違うと思うのね。

だから、これを恋愛に当てはめて「告白しちゃえ」なんて言うアドバイスをする恋愛カウンセラーとか、無邪気な友達とかもいるけど、でも恋愛ばかりは相手のいることだし、フラれたら傷ついて特に歳を重ねてからの失恋は傷が深まるんで、アタシは恋愛に関しては、愛される努力はしても「告白」だけはしないで逃げ道を作っておくほうがいいって考えね。

だけど、夢や目標は、挫折する可能性があるにしても、奇跡が起きると信じて突き進んだ時間は決して無駄にならないし、ダメだったとしても「やるだけやった満足感」があると思うのよ。

例えがすごく悪いけど「もう助からない病人」を目の前にしてさ。

「もう助からないから、助ける必要なし。さ、病室を出てご飯でも行こう」ってやってて戻ってきたら「お亡くなりになりました」って聞かされるのと、それでも最後まで付き添って声かけたり手を握ったりして、息を引き取るときに立ち会うのとじゃ、気持ちがまったく違うと思うのね。

絶対、人間としては後者のほうが自己満足ではあっても(自己満足も大事って話も前にしてたわ)心が満たされるし、後悔がないと思うの。