【短編恋愛小説】儚き夢の恋物語其の二

【短編恋愛小説】儚き夢の恋物語其の二

第四章

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それから一年半後、昭和十六年十二月に入ると、日本軍の真珠湾攻撃によって太平洋戦争、いわゆる第二次世界大戦が始まった。そして、会津の町にも赤紙が次々と届き男達は軍へと連れて行かれた。昭夫は軍隊に入ることは怖くはなかったが、ただ冨貴子のことが気がかりで落ち着かなかった。せめて、最後の挨拶だけでもしてから行きたいと考えていた。

そして、一年が経ち昭夫にもとうとう赤紙が届いた。祝いの席が設けられ、昭夫は声高々に「会津磐梯山は宝の山よ〜」と故郷の歌を唄った。冨貴子といる時にもよく歌っていたことを思い出し胸が熱くなった。

軍隊に入ると昭夫は陸軍への所属を命じられた。毎日の厳しい訓練と上官からの罵倒や暴力で身も心も折れそうにクタクタだった。そんなある日、訓練が終わり部屋に戻ると、驚くような噂を耳にした。磐見町の朱雀楼に倒産した呉服問屋の娘によく似た芸妓がいるというのだ。上官が朱雀楼を訪れて見かけたらしいという話だった。

昭夫は遊郭に遊びに行くような気質でも借金するような男でもなかったが、この時ばかりは別と、仲間達に事情を話してカンパしてもらい、そのお金をポケットに入れて朱雀楼へと向かった。もしかしたら冨貴子に会えるかも知れないという期待と、本当に身売りされていたら…という二つの気持ちの狭間で苦しみながら、磐見町まで走り続けた。

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第五章

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朱雀楼に着いたのは日付けが変わる頃だった。昭夫は汗だくの額を手ぬぐいで拭きながら、恐る恐る初めての遊郭に足を踏み入れた。直ぐに女将が出てきて「よく来らっしたなし。くたびっちゃっしょ。さ、あがらんしょ。」と笑顔で迎えた。

そして女将はこう続けた。「兄っちゃにちょうどなあんばいの娘ッ子さ入ったでね〜 それがめんこい娘なんだ〜 かわいがってくなんしょ」昭夫は冨貴子だ!と瞬間に思った。店に入ってからというもの、女将が話す前から冨貴子の気配を何故だか感じていたのだ。そして女将の言葉で確信したのだった。ボソボソと小さな声で「その娘ッ子さ会わせてくなんしょ」と言いながらポケットからクシャクシャの札を出して女将に渡した。

女将は冨貴子を呼びに二階へと上がって行った。待っている間 昭夫の心臓は飛び出しそうにバクバクと音を立てて震えていた。階段をソロリソロリとゆっくり降りてくる足音が聞こえて来た。真っ直ぐ見ることが出来なくて昭夫は娘が目の前に来るまでうつむいていた。

「でれすけ 何で来ただ?」娘は言った。冨貴子の声だった。そっと顔を上げると懐かしい顔が目の前にあった。冨貴子は口先とは反対に泣き笑いしていた。そして「部屋さ こらんしょ」と言い昭夫の前を歩き二階の部屋へと連れて行った。

部屋に入るとそこには布団が一式敷かれ、枕が二つ並んで置かれていた。昭夫はドキッとして思わず目を反らした。冨貴子はそれを見てクスクスと笑いながら「昭夫さん ちっとも変わんねな。」と言い昭夫の手を優しく握った。

何年ぶりの温もりだろうか。昭夫はその手を自分の背中に回して冨貴子を抱きしめた。そして、初めて唇を重ねた。懐かしい冨貴子の匂いがした。窓の外から月灯りがそっと二人を照らしていた。

朝がやって来る。昭夫はもう帰らないといけない。冨貴子は昭夫の胸に顔を埋めて「会いに来てくれて ありがとなし」と震える声で言った。冨貴子の温かく湿った吐息が昭夫の胸を締め付けた。昭夫は冨貴子の身体をありったけの力で抱きしめて、唇を強く吸い続けた。冨貴子もそれに応えるように昭夫の唇の隙間からそっと舌を絡めた。まるでその一瞬に人生の時間の全てを託すかのように…そして、二人は朝陽の中で一つに溶けていった。

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第六章

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昭夫はその後、冨貴子に会いに行くことはなかったが、よく手紙を書いて送った。そして、冨貴子からは手紙の返事と共に御守りが送られてきたこともあった。それは、冨貴子が朱雀楼に入る前に叔母から手渡された御守りだった。昭夫は御守りを大切に両手で包み込みながら、戦争が終わったらお金を貯めて必ず冨貴子を迎えに行こうと決意した。そのためにも自分は生き残らなくてはと、内心強く思うのだった。

しかし、日本軍はその時すでに神風特攻隊を結成し、アメリカ軍空母への体当たり攻撃を陸軍航空兵に命じていたのだった。昭夫は何としてでも特攻隊には入らないで済むようにお腹を壊したフリをしたり、頭が痛いと言って訓練を途中で抜けたりと、軍隊から外されるよう試みた。だが、軍医の診察で身体に異常はないと診断され、避けたかった特攻隊員に任命されてしまったのだった。そして、鹿児島県知覧にある陸軍特攻基地へと向かった。

そんなことは何も知らない冨貴子は、またいつか昭夫に会えると信じて、辛い日々を励ますように昭夫と過ごした一夜のことを思い浮かべているのだった。

 

其の三に続く。。。